カブトムシが見つからない。
「北海道にはカブトムシがいない」という説を聞いたのは小学生のときで、それを証明するかのように、私は野生のカブトムシを見たことがない。田舎で育ったにもかかわらず。
代わりにクワガタは大量にいた。
コクワガタ、ミヤマクワガタ、ノコギリクワガタ。
しょっちゅう見たのはコクワガタで、たまにミヤマクワガタ。ミヤマクワガタは割と大きな体をしているのだが、すぐに死んでしまうイメージ。
ミヤマクワガタが死んでしまったあとには、ポロリと頭部が取れるので怖かった。
ノコギリクワガタはフォルムがかっこいいのだが、めったに見ることができない。体の大きさもちょうどよく、ノコギリのネーミングの通り、かっこいいアゴの形をしている。
カブトムシは憧れの存在だった。
まず、でかい。そしてあのフォルム。
イカしてる。なによりレア感。テレビや本ではたくさん見るのに、実際にこの目で見たことがない。だって、北海道には生息していないのだから。
でも、探した。
いるんじゃねーかと信じて。
小学生のころ、本を読み漁った結果、カブトムシはクヌギの木や、コナラの木に集まるとの情報を得た。クヌギとコナラの葉の特徴を頭に入れて、半袖短パンで地元の裏山に繰り出す。木を探す。
なんか、日中に蜂蜜を木の皮に塗りたくって、夜に見に行くと虫がそこに集まってるみたいな光景ってあるでしょう。いかにも夏って感じがして。自由研究って感じがして。これもあこがれた。
でもやらなかった。
蜂蜜が手に入らなかったから。
お母さんに「蜂蜜がほしい」とは言えなかった。
そもそもクヌギの木もコナラの木も見つけられなかった。
暑い夏。
カブトムシは腐葉土が好きで、タマゴを腐った木に産む、との情報も手に入れた。家の近くに切り株を見つけた。ちょうどカブトムシが好きそうな木。
腐っているので、ホロホロと木の皮もめくれる。カブトムシ以外の虫は多く出てくる。タマゴはないか、幼虫はいないか。探しに探した。
でも、この目でカブトムシの幼虫を見たことがない。だって、北海道には生息していないのだから。
なので、いつの間にかカブトムシはあきらめて、代わりのほかの生き物を見つけることに熱中した。
家の裏の田んぼでゲンゴロウやタガメ、ドジョウ、タニシ、カエルにオタマジャクシにヤゴ。
田んぼの水が流れる用水路の奥には、水のたまり場があり、ゴツゴツした岩、うっそうと生える草花。
この素晴らしい環境を私は、水族館と名付けた。
といえば、ペンギンやイルカを見に行くためではなく、ゲンゴロウとカエルを捕まえるためだった。
それでカブトムシのことはすっかり忘れた。
もっと魅力のあるものを知ったのだ。
何かに似ている。
あこがれの何かがあって、そこにたどり着こうと努力をしたけれど、結局かなわず。代わりのものを見つけてそこに楽しみを見出すこの状況。
何かに似ている。
大学進学にも似ているし、就職活動にも似ている。転職活動や独立に向けた動きにも似ているし、恋人探しにも似ている。
あこがれの何かがあって、そこにたどり着こうと努力をしたけれど、結局かなわず。代わりのものを見つけてそこに楽しみを見出すこの状況。
…
中学3年生のとき、好きな女の子がいた。
お互いに両思いだとわかってるけど、進む高校が違うので、わざわざ告白することもない。だけど、一緒のクラスでよく話し、偶然同じラジオを聴いていて、隣の席でお互いの夢の実現を応援しあう存在。
そういう人が私にもいた。
中学卒業後、互いの高校3年間を過ごし、18歳になる。
探した。
麻生駅のケーキ屋さんにいないか、札幌駅のパン屋さんにいないか、どこかにいないか。いるはずもないのに探したものだ。
なんなら目は充血して、鬼を探す不死川 玄弥みたいな表情をしていたと思う。
カブトムシを探すように探した。
どこにもいませんでした。
あこがれのものを探しているとき、私たちは必死になる。あこがれの場所に行きたいとき、私たちは必死になる。夢中で探す。試行錯誤する。
カブトムシの場合、北海道に生息していないのだから、いくら探したって会えやしない。
正しい目標設定、正しい方向性の努力、正しいやり方というのがあるはず。試行錯誤しながらやるしかない。が、誤った目標設定だと、最初から無理な話になる。
カブトムシは北海道に生息していなかったが、中学3年生のときに両思いだった女の子とは、19歳で本当に再会することになる。
なんなら、15歳のときのあの教室の思い出を語り合った結果、本当に付き合うことになった。
で、しばらくしてフラれる。
私にとって、彼女はカブトムシそのものだったが、彼女にとって、私がカブトムシだったかどうかはわからない。
ただ、きちんとフラれているということは、いざ手に入れてみたときの私は、魅力あるカブトムシではなかったということの証拠だろう。
あこがれの存在、カブトムシ。
手に入れたら手に入れたで、すぐに死んでしまう。
やっぱり、何かに似ている。
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