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日曜の早朝から可愛いすぎるアマゾン配達員と「西行」で意気投合した話。

いま、急ぎこれを書いている。今朝はいつもより少し早い時間に目が覚めた。太陽がのぼる前だった。枕元に本がある。それを手に取って読んでみる。

このマンションのこの部屋では私以外にまだ誰も起きていない。朝、静かに本を読みながら「日曜の朝から本を読んでいる日本人なんて数えるほどしかいないのでは?」と井の中の蛙のように考える。

突然インターフォンが鳴った。

誰だろうか。こんな朝早くに。来訪者が誰なのかをリビングにある画面で確認してみる。誰も映っていない。おかしいなと思っているとまたインターフォンが鳴った。家族が起きるから何度も押さないでほしい。もう一度画面を確認しても、やはり誰も映ってない。一応「は、はい」と応答してみた。

すると女の人のような声で「Amazonから来ました〜」と言う声が聞こえた。

あ、Amazonか。そっか、そういや昨日の夕方に本を頼んでいたっけか。「西行の全歌集」を頼んだんだ、と思いだすも、それにしても朝早すぎないか? と訝しみつつ「はーい、お願いしまーす」とオートロックを開けた。

しばらくして、マンションの私の部屋のインターフォンが鳴った。あれ? 置き配を指定してたはずだから、インターフォンは鳴らないはずなのに。



「はーい」と言いながらドアをストンと開けると、そこにいたのは2羽のペンギンだった。

仲良くならんで立っている。



「あ、あ、あ、Amazonからきました〜」ペンギンにしては、やけに毛むくじゃらの小さなペンギンが、か細い声で言う。となりにいるもう1羽の白黒の大きなペンギンが「イトーさんですね〜」と頼もしく言う。私を見上げるためにクチバシを上に向け「お届けでーす」とAmazonの包装に包まれた本をくれたのだが、毛だらけのほうは恥ずかしそうにうつむいている。

「お子さんなんすか?」

私が尋ねると、白黒のペンギンが「そ、そうなんです〜。一緒に行きたいって言うので〜」と両羽をパタパタさせて言う。お母さんなのだろう。

毛だらけの子ペンギンはやにわに「それ......何を注文したんですかっ?」と聞いてきた。

「これ? 本だよ」

私が答えると、子ペンギンは不思議そうに「だれの本ですか?」とたずねてくる。私はこの子に言ってわかるかなと思いながら、でもいいやと「えと、西行っていうね、昔のね、えらい人のね、歌をまとめた本だよ」と教えてあげた。

すると子ペンギンは、まっすぐ私をみつめてぼんやりとした顔で「西行の歌? 『春死なむ』のやつ?」と言う。母ペンギンは驚いた様子で「まあっ!」とその場で足をぺたぺたしている。

私も驚いて「よ、よく知ってるね。そうだよ。西行の『願わくは花のもとにて春死なむ』の歌。よく知ってるね」と言うと、子ペンギンは全身を横によちよち揺らして「ぼくはその続きも知ってるよ。『その如月の望月のころ』と続きますっ」と言った。たしかにそのとおりだ。合っている。

母ペンギンはおでこの黒い毛をブルブル震わせながら仰天した様子で「どこで知ったの?」と聞く。すると子ペンギンは「......どこだろう?」と首をかしげる。

この子はずいぶんすごいなぁと思ったので私は「よく知ってるね。ちなみに歌の意味はわかるの?」とちょっとイジワルして聞いた。すると子ペンギンは、ぽけっとした顔をして「わかんない」と答えた。

私は「じゃあ、また今度きたときに意味を教えてね」と言うと、子ペンギンは足を揃えなおして「うん!」と言う。

子ペンギンは満足したのか、ぺたぺた音を立ててエレベーターのほうに向かっていくので、母ペンギンはその子を追いかける。

追いかけながら私にむかって何度もおじぎをし「ありがとうございます、ありがとうございます」と言っていた。

お礼を言うのは私のほうなのに。


〈あとがき〉
宮沢賢治の童謡を読んでいると、やけに動物が出てきます。どの動物も本当に可愛らしく描写されているもんですから、もしも自分が同じようなことを身の回りの話で書くとしたらどう書くだろうと思いまして。西行の本は買ってもいません。今日も最後までありがとうございました。

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