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春の蝶

満開の桜がはらはらと散る。そんなはかない無常に美を感ずるのが我ら日本人の常である。
若い緑の芝生には世の無常を知らないセイヨウタンポポが点々と花開いていて、ここにひとひらのシジミチョウがとまっている。タンポポの溌剌はつらつとした黄色に比べていささか地味な色合いの彼は、ヤマトシジミという名前らしい。
ヤマトシジミは春の日差しを受けるためにそっと羽を広げる。すると青灰色の羽表の縁がきらきらと光る。光の角度によって微妙に鱗粉りんぷんの輝きがかわって、ときどき鈍く明るく光る。風が吹くとそれをすぼめて灰色のくすんだ羽裏をぱたぱたとはためかせる。風がやむとまたそっと羽表を開く。
どうやら彼もまんざらおしゃれに無関心ではないようだ。

むかし水野忠邦が天保てんぽうの改革を行ったとき、着物でも浮世絵でも、派手な色を使うことを禁止するおふれを出したという。しかし江戸の庶民も負けていなくて、梅鼠とか藍鼠とか、くすんだ色のバリエーションを次々と増やして「これなら派手とは言えませんでしょう」と役人を皮肉りながら、そんな時でもなかなかおしゃれを楽しんでいたらしい。
西洋タンポポの上で蜜を吸うシジミチョウは今だにそんな天保のスタイルにこだわっているのだろうか?
だけど今はもう何を着たって個人の自由なんだから、彼も蝶々らしくもっと派手な衣装にかえたらどうだろう。ほら、たとえばベニシジミの鮮やかなオレンジの羽とか、アオスジアゲハのエメラルドの飾りのように。それともこのタンポポみたいな溌剌はつらつとした黄色がいいかな。何たってチョウは春の季語なんだから、あんまり地味な色をしていては主役が張れないだろう。

するとヤマトシジミはパッと羽を開いて桜の並木の方へと飛んでいく。せわしなく羽を振るって舞い上がると、はらはらと散る桜の花びらにまぎれて姿を隠してしまった。
きっとヤマトシジミにはヤマトシジミのこだわりというものがあるのだ。私はまた余計なことを言ってしまったらしい。



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