見出し画像

初燕

空高くで声がしたから見上げてみると、それはツバメたちのにぎやかな談笑であった。
私はかつての平城宮の跡地にいて、頭上には電線の無い広い広い青空が広がっている。そこに南から帰ってきたばかりの三羽のツバメが景気よく鳴き交わして、せわしなく羽ばたきながらジグザグと凱旋飛行しているのだ。
何とも清々しい初燕たちである。

その年初めてウグイスのさえずりを聞くことを初音はつねというのは知っていたが、初めて見るツバメを初燕はつつばめと呼ぶことは知らなかった。けれど彼女たちが帰って来た最初の日はいつだって嬉しかったし、初燕とは呼ばずとも、やはり初燕だと思ってほのぼのと眺めていた。
平城宮の大空を一周し終えると、今年の初燕たちはあっという間にどこかへ飛んで行ってしまった。

ここから私は八年前の淡い恋の思い出など交えながらロマンチックな物語を書くはずであったが、下調べにツバメの巣作りについて検索しているうちにそんなロマンチックな気分は雲散霧消してしまったのである。
つまりそれは彼女たちの浮気性についての話なのだが、浮気をするのは何もツバメに限らず、他の多くの鳥たちの間でも盛んに行われていることだ。もちろんそれは我ら人類も全く同じことで、男の浮気はいかんともしがたいと御立腹の女性ははなはだ多いようである。ただし浮気の多いのは女だって同様で、その一番の違いは、女は男の浮気をきっと見つけてやろうと目を皿にして見張っているのに対し、男は女が浮気してもできれば気づきたくないと思って目を伏せっているところにある。
一方ツバメのオスは妻の浮気は絶対に許さんぞと、抱卵中のメスの様子をそばにとまって四六時中監視しているのである。夫が卵を抱くのは妻が空腹にたえかねてエサを採りに出かけた時だけなのだ。

「ねえあなた、私お腹が空いちゃった。何か美味しいものとってきてちょうだいな。」
「いかん。さっき食べたばかりだろう。」
「さっき食べたって空くものは空くのよ。ねえ、あなた、行ってきてちょうだいよ。私こうして大人しく卵を抱いているわ。きっとよ。」
「いかんと言ったらいかん。」
「いけずねえ。だけど私本当にお腹ペコペコなの。もう我慢できないわ。私が死んじゃったってかまわないの?」
「うるさいやつだな、そんなに言うならお前が自分で行ってとってきなさい。」
「へい、じゃああなた、ちょっと卵を抱いてて下さいな。すぐに帰ってきますからね。」

このようにメスはオスの厳しい監視下にあるにも関わらず、産まれた子どもの中には夫以外のDNAをもつ子が混じっていることが少なからずあるのだという。腹ペコの妻はエサを採るのに必死になって、よもやその間に浮気することはなかろうと夫は油断しておるが、どうやらメスの浮気性をすこぶる見くびっていたようだ。

これよりさらにヒドい話がある。
冬の間を南の国で越冬したツバメたちは、春になると日本に帰ってきて昨年子育てをした巣の近くでパートナーと待ち合わせをする。もっともすでに命を落としてしまったりして二人が再び会えるとは限らないが、オスが先に到着するとけなげに数日間は妻の帰宅を待っているのだそうだ。ところがメスが先に到着した場合は話が違う。彼女たちはそこに夫がいないと見るが早いか、すぐさま別の男を求めて飛び去っていくのである。
メスの浮気性はいかんともしがたい。だからオスは必死になって、何とかいち早く日本にたどり着こうと血まなこになって、この地を目指してはるばる南の国から飛んで来るのだった。

つまりこんなことを調べているうちに、私のロマンチックな恋の思い出もすっかり興ざめしてしまったというわけである。



スキ♡はnote会員以外の方でも押すことができます。会員登録していない方の場合はどなたが押して下さったのかは分かりませんが、♥は執筆の励みになりますので、面白いと思って頂けましたらぜひスキ♡→♥お願い致します🖋

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?