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ハインラインのジュブナイルSF『大宇宙の少年』は、あとがきまで魅せる。
タイムトリップSF『夏への扉』で知られるR.A.ハインライン。
そんなハインラインのなかでも、夏とジュブナイルがすきな我のイチオシは、こちら。
『大宇宙の少年』(創元SF文庫)
ハインライン1958年作で、日本では福島正美の訳で、SF児童文学のジャンルとして発行されていたそうな。
創元SF文庫での初版は1986年。
最近新装版がでたらしい。
かんたんにあらすじを説明しよう。
宇宙にあこがれ自分で納屋を改造して研究室までつくっていた高校生のキップ。そこへ月世界旅行が当たるという石鹸会社の標語募集の懸賞があることを知る。さっそく必死に石鹸の包み紙を集め、標語を出しまくるキップ。その甲斐あり、なんとキップの書いた標語が選ばれるが、同じ標語を書いた人が何人もいて時間差で負けてしまったのだ。
がっかりするキップのもとに、残念賞として届いたのは……
中古の宇宙服だった。
と、ここまでは物語の序盤にすぎない。
さぁて、この中古の宇宙服からはじまり、とんでもない大冒険がはじまるわけだが……いやもう、ここまででも、めちゃくちゃ面白いのだ。
この物語の時代、もう観光で月に行っちゃう人もいるけど、やっぱり庶民には遠い話で、主人公キップ君はまだ高校生。町のドラッグストアで、意地悪なクラスメートにばかにされながら、必死に働いたりしている。
そこへやってきた、中古の宇宙服。
今はオンボロだし、地上では役に立たない。石鹸会社では、引き取りも可能。そのかわりに、それなりの金額をさしあげますよといっている。
でも、キップ君は、あきらめない。
ここからは、あとの解説(三村美衣)でも「夏休みSF史上に残る名場面」といっている、最高のシーンが描かれる。
キップ君は、この宇宙服をオスカーと名づけ、とてつもない熱意をもって復活させるのだ。
たとえ月に行けなくても、宇宙空間で本当に使えるほどに。
その必死の工程が、キップ君の熱い鼓動をうつして、微に入り細に入り描かれていて、読んでいるだけでわくわくしてしまう。
もちろんハインラインだから、そこからがまた奇想天外に面白い。
なにしろ、キップ君ができあがった宇宙服を試しに着ていたら、たまたま謎の通信を傍受して、不思議な少女に出会い、いきなり謎の宇宙船に誘拐されて、ついには大宇宙に飛ばされてしまうのだから。
『大宇宙の少年』
ジュブナイル+夏+SF 好きには絶対おすすめの一冊だ。
さて、この本は、翻訳者が二人いる。
矢野徹氏と吉川秀実氏。
矢野徹氏は、『デューン砂の惑星』(ハヤカワ文庫)などの翻訳もしておられたSF作家。(※ 今出ているのは新訳)
矢野氏が「嬉しいあとがき」として、最後にしたためている。
そこには、当時大学生だった吉川氏の翻訳の持ち込みによって始まった、この本が出版される経緯が描かれている。
この話もまた、いいんだ。
さらに、三村氏の解説も、とても読みごたえがあるし、楽しい。
物語の楽しみどころをここで再確認できる。
本書や作者への言及もちょうどいい塩梅だ。
この解説を熟読すれば、なんだかわかったぜという気分になるし、思わずほかのハインラインの本を全部読みたくなるのだから、文庫本の解説好きの我としてはたまらない。
もし一切合切未読なら、まずは物語を読んでいただきたい。
そして、「あとがき」と「解説」を三つ巴で楽しみたい。
この本が、熱い思いで包まれていることをいっしょに体感できるはず。
ところで、
物語って、時代に追いつき追い越せ的なところがある。
現代の物語なら、よほどの事情がないとスマホやネットなしではありえないし、下手な流行語をとりいれると数年後には死語となっているおそれもある。SFの世界はもっと厳しいだろう。「構想10年」なんていって、ネタをあっためている間に、現実が物語の未来を追い越してしまう可能性もある。
でもね、本当におもしろい話は、そういうことが、全然気にならなくなってしまうのよ。
だから古びない。