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アダム・グラント「Think Again」を読んで(後編)

学んだことを忘れよ

「Unlearn what you’ve learned(学んだことを忘れよ)」とはスターウォーズの中でジェダイマスターのヨーダが言う名セリフですが、この言葉が昔から好きでした。

長い間生きている中で、「これはこういうものでしょ」と信じ切っているもの。その中には、実際には自分がただそう思い込んでいるから、というものがあるかもしれません。人間は安きに流れるもの。ついついこれまでのやり方に安住しがちです。現実を疑う、ということは、いままで当たり前だと思っていた世界が突如より不透明で予想できない世界になってしまうということ。そしてそれは、万人にとって住みやすい世界ではないかもしれません。

この本の中で著者のアダム・グラントは「自分の中でゆるぎないアイデンティティだと信じているものや、これまで自分を助けてくれた知識や意見を信じ込んでいるがゆえに見えていないものがあるとしたら?」という、まるで不思議の国のアリスやマトリックスのネオのような、自分自身の根幹を疑うきっかけを与えてくれます。

とは言うものの、自分が一番大切に思っている価値観を真っ向から否定されたら、自分も含めて多くの人達は、とっさに自己防衛に走るか、相手を説得しようとするか、もしくは受け流そうとするでしょう。対立する意見に耳を傾け、その中に自分には見えていない大事な真理はあるかを問うことは、なかなか難しいはずです。

自分をきれいに映すのではなく、
正しく映す鏡としての第三者の真摯な意見こそ大事

つい最近のことですが、自分が勝手にメンターとしてリスペクトしているベンチャーキャピタリストと久しぶりに話す機会がありました。彼は、前職で交渉相手として対峙した人物でした。その交渉自体は決裂し、仕事で一緒になることはなかったのですが、結果としてその仕事を離れてもずっと付き合いを続けられる非常に良い関係を築くことができました。

そんな彼と最近の事業についての相談をしている際に話してくれたのが、「以前と比べて今は事業運営が楽になっているか?」という視点。確かに業界が成熟し、大きな成果をあげる同業他社も出ている中で、自分たちがやっていることの手応えを感じることはあるものの、そういう視点で事業を見ていなかったことに気づきました。

振り返ってみると10年近く前に数人で始めた事業が、今では数十人のスタッフと共に運営できている。人数が増え、多くのスタッフがリモートで働かなければいけない状況下においては決して楽なことばかりではないかもしれないけど、今自分たちがやっていることを全く同じ形で行っている会社は、世界中どこを探しても存在しないこと。そして行っている事業を通じてさまざまな事業をサポートし、人々にワクワクを届けられているという実感があること。そして実績を積めば積むほど、成功だけでなく数々の失敗を通じて多くの経験を積めている実感を日々感じられていること。それは言い換えると事業運営が楽になっている、ということなのかもしれないと感じたのです。

「Think Again」の中で著者に何よりも共感するのは「人生そのものが学びの連続である」という点です。ここでいう学びとは、単に知識を蓄えるということではありません。自らの経験を通じて小さな失敗や成功を重ねつつ、自分にとって心地よい話だけを受け入れるのではなく他人からの異なる意見に耳を傾け、自分自身がより深く考えるきっかけとなる刺激を通じて、自分自身の人生の意味やその目的を探し続ける、というようなことだと思います。

「なりたい人物像」と「やりたいこと」

本を読んでいて興味深かったのは子供に「大人になったら何になりたい?」という質問をしてはいけない、とあったこと。聞くべきは「何になりたい」ではなく「何をやりたい」だと。確かに「医者になりたい」ではなく「人と関わり合いを持ちながらたくさんの人達を健康にしたい」と「職業」ではなく「やりたいこと」に定義しなおすだけで、目の前に広がるキャリアの選択肢は一気に広がります。

「なりたい人物像(what do you want to be?)」と「やりたいこと(what do you want to do?)」の違い。ふと、ずいぶん前に自分でも同じようなことを考えて話したことを思い出しました。自分自身のアイデンティティを「職種や役職」で理解するのではなく「やろうとしていることの目的や意義」で理解するだけで、自分も腹落ちし、周りからの共感も得やすくなるというような内容でした。

そういえば、自分が今の事業を始める時にも前述のベンチャーキャピタリストのメンターに相談する中で、「君が今からやろうとしていることは、これまで君から聞いたどの事業のアイデアよりも良いと思う。なぜならそれは、君がずっとやりたいと思い続けられることだと思うから。」と言われたのを思い出しました。

自分たちは、何も知らない

この本に書いてあるようなことを日々考え、実践している人たちがいます。

3月22日に放映された『プロフェッショナル 仕事の流儀「庵野秀明スペシャル」』。4年もの気の遠くなるような歳月をかけて記録された、シン・エヴァンゲリオンの完成に至るまでのドラマ。そこには病的なまでに既成のアニメ作りを否定し「自分にも思いつかない」ような映画作りを探求し続ける、天才クリエイター・庵野秀明の生みの苦しみが描かれていました。

期せずして、本書の発刊にさきがけて「ロスト」や「スターウォーズ」「スタートレック」の監督として知られるJ・J・エイブラムスと著者のアダム・グラントとの対談がポッドキャストで公開されています。

庵野秀明とJ・J・エイブラムスの二人に共通しているのが「欠けている人の方が魅力的」という視点。稀代のストーリーテラーの彼らが語ると説得力があるのですが、自分に足りない何かに渇望している人たちのストーリーは人々の心に強く訴える何かがあると。そして、何よりも彼ら自身が「自分だけではダメ、自分には足りないものがある」と言い続けているのが興味深いところです。彼らの映画作りにはテンプレートは存在せず、こうでなければならない、とかこうであってはならない、とかを敢えて作らない。そのためにも自分を否定し続け周りからのインプットにも耳を傾けつつ、自分でも分からない「何か」をひたすら追いかけ続ける。そんな「永遠の探求者」であるところに、彼らが現在の高みに登ることができた理由を見た気がします。

同様に、ものづくりの世界ですぐに思い浮かぶのは、とんがっている面白いプロダクトを次々と世に出しているデザイナー集団「アイドントノウ」。その名前の通り「僕たちは、何も知らない」をテーマに、日常何気なく使っているものに新たな光を当てて、皆が気づいていなかった価値を見出しています。そんな彼らの考えていることはこの本の内容そのもの。だからこそ、彼らの商品が人々をワクワクさせ続けるのだと改めて思いました。

「アイドントノウ」結成前夜のトークショーの内容から

日本語訳が早く読みたい!

興奮気味に色々と書いてしまいましたが、それほどまでに様々な示唆を受けたこの本。日本でも人気の著者だけに、もちろん既に日本語訳も出版に向けて準備が進んでいるのではないかと思います。日本語版出版の暁には真っ先に読んでみたい!と思います。

ただ、原書を読む(今回はハードカバー版、Kindle版に加え、自動車通勤の中ではオーディオブック版を聞くというマルチモーダル的な読み方でした)個人的にはアダム・グラント本人が自分の声で語ってくれるオーディオブック「Audible」がおすすめなのですが、彼の話す内容が心地よく頭にすーっと入っていくのは、単にその語り口だけでなく、書きぶりも平易な英語を使いながらポイントポイントで韻を踏んでいたりと、耳にとても心地よいのも影響しているな、と思いました。

また敢えて前回のサマリーでは意識的に使わなかったのですが、心理学の専門用語が沢山出てきます。(ダニング=クルーガー効果、インポスター症候群、アイデンティティフォークロージャー、プロセスアカウンタビリティ、同等性、複終局性)それをそのまま日本語で書いてしまうとひょとすると読み進めるのが難しくなってしまうかもしれないな、と変な心配をしたり。

著者自身が前々作「Give & Take」で物事をシンプルに整理しすぎ、前作「Originals」でそれを修正したつもりが今度は修正しすぎた、というように自らが書いたことを振り返っているのも面白いと思いました。途中まで進めたものを一から作り直す、書き直すことを厭わないのもThink Againできる人たちに共通することのようです。ふと考えると自分の人生も同じかもしれません。これまでこうだったから、この後もこうでなければならない、という必要なんかまるでない。

最後になりますが、全編を通して驚くのは、まるで小説のようなどんでん返しやサプライズが幾つも仕込まれている点。普通に読み進めていくと、自分の思い込みが良い意味で心地よく裏切られる。これもこの本の「思い込みを疑え」ということに気づかせるための著者の巧妙な仕掛けなのだと感嘆しながら読みました。

どんな人が読むと気づきを得られそう?

・自分のキャリアに迷いがある社会人
・仕事が思い通りにうまくいかず困っている管理職や経営者の人たち
・就職活動に悩んでいる学生
・これからの人生に意味を見出したいと考える壮年期の人
自分が知らないことを知りたい、好奇心旺盛なありとあらゆる年齢層の人

まつざき


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