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大羊春秋~羊務執筆者党史~(9)
この「大羊春秋」(だいようしゅんじゅう)とは、私 前多昭彦が主宰していた同人誌サークル「羊務執筆者党」(ようむしっぴつしゃとう・略称SSP)の活動を振り返る「回顧録」です。
水谷優子公認F.C.のこと
若い頃、私はいわゆる声優の公認ファンクラブにいくつか入会していました。
高校時代からアニメのアフレコスタジオ前で“出待ち”をやるほど声優が好きだったのです。
平成元(1989)年のある日、角川
大羊春秋~羊務執筆者党史~(8)
この「大羊春秋」(だいようしゅんじゅう)とは、私 前多昭彦が主宰していた同人誌サークル「羊務執筆者党」(ようむしっぴつしゃとう・略称SSP)の活動を振り返る「回顧録」です。
GELBE SONNE 1
平成元年(1989)年の4月か5月のある日、I上と私は散策(本の物色)のため神田神保町へ向かっていました。
交通手段はI上の好みで渋谷駅東口から都営バス「茶81系統」を利用しました。ちなみに、こ
大羊春秋~羊務執筆者党史~(7)
この「大羊春秋」(だいようしゅんじゅう)とは、私 前多昭彦が主宰していた同人誌サークル「羊務執筆者党」(ようむしっぴつしゃとう・略称SSP)の活動を振り返る「回顧録」です。
『BokyBoky』のこと
平成元(1989)年は1年に3回も「コミックマーケット」が開催されています。
これは前年の“冬コミ”が会場が取れず開催できなかったため、それが延期されて6年振りとなる春の開催となりました。
こ
大羊春秋~羊務執筆者党史~(6)
この「大羊春秋」(だいようしゅんじゅう)とは、私が主宰していた同人誌サークル「羊務執筆者党」(ようむしっぴつしゃとう・略称SSP)の活動を振り返る言わば「回顧録」です。
『SCHAFS NACHRICHTEN』定期発行時代
当時、私が思い抱いていた同人誌サークル像とも言うべきもがあります。それは、かつて所属していた「高橋留美子総合F.C. U&R」のような会員を募り、その会員の投稿による機関誌
大羊春秋~羊務執筆者党史~(5)
この「大羊春秋」(だいようしゅんじゅう)とは、私が主宰していた同人誌サークル「羊務執筆者党」(ようむしっぴつしゃとう・略称SSP)の活動を振り返る「回顧録」です。
黎明期の羊務執筆者党
「羊務執筆者党」の名が初めて世に出たのは、成人向漫画雑誌『レモンピープル』のコーナー「お知らせ伝言板」の「同人誌通販」欄においてです。1987月12月号でした。
昭和62(1987)年12月のある日のこと、I
大羊春秋~羊務執筆者党史~(4)
この「大羊春秋」(だいようしゅんじゅう)とは、私が主宰していた同人誌サークル「羊務執筆者党」(ようむしっぴつしゃとう・略称SSP)の活動を振り返る「回顧録」です。
誕生! 羊務執筆者党
生まれて初めて作った男性向同人誌である『四面楚歌 -第弌号-』は、昭和62(1987)年8月9日(日)開催の「コミックマーケット32」で初陣を飾ります。
終了後、私は頒布結果の報告書をI上へ郵送しました。
「そ
大羊春秋~羊務執筆者党史~(3)
この「大羊春秋」(だいようしゅんじゅう)とは、私が主宰していた同人誌サークル「羊務執筆者党」(ようむしっぴつしゃとう・略称SSP)の活動を振り返る「回顧録」です。
四面楚歌 -第弌号-
I上のサークル「羊書房」が企画・編集、私のサークル「面妖本執筆者党」が発行所というカタチで発行された男性向同人誌、その名は『四面楚歌 -第弌号-』といいます。
名付けたのはI上です。
『四面楚歌 -第弌号-』
大羊春秋~羊務執筆者党史~(2)
この「大羊春秋」(だいようしゅんじゅう)とは、私が主宰していた同人誌サークル「羊務執筆者党」(ようむしっぴつしゃとう・略称SSP)の活動を振り返る「回顧録」です。
面妖本執筆者党の誕生
お世話になった「高橋留美子総合F.C. U&R」ですが、昭和62(1987)年7月に私はトラブルを起こし自ら退会します。
時は戻ります。
その前年、I上が「赤貧対策委員会」という同人誌サークルを単独で起ち上げ
大羊春秋~羊務執筆者党史~(1)
唐突ですが、私は「羊務執筆者党」(ようむしっぴつしゃとう・略称SSP)というサークルを主宰してアニメなどを題材とした同人誌を製作し、「コミックマーケット」をはじめとした同人誌即売会に参加していました。
……過去形なのは、先月14日にそのサークルを解散し、同人誌活動を言わば引退したからです。
理由は相撲取りの引退会見ではありませんが「体力と気力の限界」です。
あと、原稿執筆などのデジタル(CG)化に