学校の先生が、学校に感じるモヤモヤの理由がわかった。
久しぶりの投稿です。本当に間が空いた更新になりました。
今日は、ここ数年ずっと感じていた学校へのモヤモヤを言語化します。
この記事を書いている人:
現職教員としてはたらく20代。教育改革や職場改革に奔走するも、心身不調により休職経験あり。教育についての自分の経験や専門的情報、心身安定に関する情報を発信しています。
久しぶりにうなってしまった記事がある。
先日、こちらの記事を読み激しくうなずいてしまった。
「社会の発展と学校の発展に乖離がある」ということを「ティール組織論」に基づいて話されている。
その中で、引用されていた下の図にびびっと来てしまったのだった。
引用( https://tebanasu-lab.com/pickup/5183/attachment/5つの組織モデル-001/ )
今の学校の多くはレッド衝動型かアンバー順応型がほとんどで、オレンジ達成型が目指されてるかな?という段階。
ところが今の社会組織では大体がオレンジ達成型なんだけど、働き方改革などでライフスタイルの見直しを経て、グリーン多元型にシフトする動きが出ているという。成果だけに注目するのではなく、個々が持つ能力の違いを発揮してもらうような組織デザインに注目されるようになってきている。
ここに社会の目指す形と、実際の学校組織の形の乖離を見ることができる。
これらの視点を得て、私は、自分が今感じているモヤモヤの正体に気づいたのだった。
私はグリーン多元型を目指したいのに、この価値観は学校ではマイノリティなのだ。
生徒とのコミュティでも先生同士の職員室文化でも、私はできる限りグリーン多元型でありたいと願っているのに、実際マジョリティなのはアンバー順応型だし、下手したらレッド衝動型に囚われている方もいる。ここに私は行きにくさ、未来の見えなさを感じているのだ、と。
もっと、平たく言ってしまえば、教育を通じて何を目指すのかが全く違う方向になっているのだ、ということがわかってしまった。
最も、こう感じているのは、今の職場がそうなだけの可能性もあるし、どの学校も全然大差ないのかもしれない。
それでも、私は思う。
自分が居心地悪い場所に留まる必要があるのか、と。
風の時代よろしく、軽やかに、自分と同じゴールを見つめている人たちを探し求めていいのではないか、と。
ゲームで言えば、そろそろ次の町に行くときなんじゃないかな。
いつまでもきずぐすりばっかり買い漁ってないで、
レベル上げばっかりしてないで、
先に進みながら強くなっていこう。
決めるときは、決めちゃおう。
新しい環境に移る準備、始めます。
🖋あとがき
ここまで記事を読んでくださった方、ありがとうございました😊
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< 自己紹介 「7つの習慣と教師とわたし」>
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