見出し画像

止めた両脚、重みを増して

 走る走る二十キロ。脇見もせずにひた走る。動き疲れた三十五キロ。目的地等に縛られぬ。溜息混じりの五十キロ。上半身は最早お荷物。どこまで行くかの七十五キロ。止まり方すら、分からんらしい......。

 人はこの様にして前を向いて歩き、走り、苦悩しながらもまた手足を動かす。いったいどこへ向かうのやら、などと言った外野の意見もなんのその。風を切る音に耳を傾け、罵詈雑言も聴こえまい。時に盲目、夢中となって、僕らは何かをただ目指す。途中で君とはさよならだ。道は複雑に入り組んで、迷う事等ザラにある。間違えたのなら踵を返し再び歩き出せば良い。

 挫折がある。嫌になる。誰しもが語らぬ後悔がある。自己嫌悪がある。それでも僕ら、立ち止まる訳にはいかないよ。歩いて、走って、踵を返し、歩いて、走って、実感を得る。生命の実感だ。これが努力の実感だ。誰の力でも、偶然などではない。それこそが自らの脚で運命を手繰り寄せた、僕らの力強い命の鼓動なのだ。

 年を取る......違う。成長する......少し違う。だだひたすらに生きる......そう、その通りだ。殻の中身は皆弱虫だ。誰も苦しみたくはない。だから我々ひた走る。ただ、がむしゃらにひた生きる。


 ──実は、内緒で立ち止まった事があった。こんな偉そうな言葉を並べながら、皆に内緒で立ち止まってしまった事がある。
再び繰り出す一歩の重み。気付いてしまった、ある事実。僕らの身体は熱で稼働し、冷めると当分動かない。

興味の熱が人を動かし、夢から覚めれば脚は、手は......腐り落ちてしまうのかもしれないな。どこへ向かう、どこへゆく。答えは自分が知っている。だから今日もひた走る。だから今日もひた生きる。生きてゆく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?