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ミャンマー初のリベラルアーツ大学創立に参加しよう

目指すは、ミャンマー初の民間によるリベラルアーツ教育を提供する大学(the first private non-profit residential liberal arts and sciences university in Myanmar)の創立です。

私が初めてKyaw Moe Tunさんに出会ったのは、ミャンマーに移住して2年も経たない2016年頃だったように思います。紹介者はその後ミャンマーで複数の事業を立ち上げることになる友人でOpen Gate代表の小沼さん。彼は大学時代の海外インターンシップでe-Educationのミャンマー事業を立ち上げたミャンマーの先輩でもあります。恐らくお互いに青臭く教育の問題や事業構想について語っていた時だと思いますが、小沼さんが当時勤めていた日本のイケイケの人材会社を辞めてまでミャンマーに戻ってきて起業したい理由を、数名のミャンマー人の友人の名前を出しながら語ってくれたのです。

「例えばKyaw Moe Tunというアメリカのトップ大学の一つを卒業して、ミャンマー初のリベラルアーツの民間大学を作ろうとしている友人がいるんですよ。ミャンマーは今が国造りの時期で、僕もそんな時期に彼らと一緒にこの国でチャレンジし、貢献したいんですよねぇ。」

実際の言葉は覚えていないけれど、こんな内容の会話でした。静かな衝撃でした。年齢もあまり変わらない人が、国や社会のためにその国初の大学を作ろうと人生をかけて取り組んでいることに、、、以来、小沼さんに機会があればぜひKyaw Moe Tunさんを紹介してほしいとお願いしていたのです。

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Kyaw Moe Tunさんとの初対面での印象は、「穏やかなる風格」といったところでしょうか。小さな専門学校程度の規模の私塾のような学校でしたが、すでに世界中に支援者がいて、理想の教育機関の創立に向けて邁進している様子に圧倒されされました。「岐路に立つミャンマーには、国際社会の中で国の未来を作り上げていくために、真のリベラルアーツを学んだリーダーが必要だ」との強い信念が伝わってきました。以来、小さなお手伝いをいくつかしながら、無謀とも思える彼の挑戦がドンドンと実現に近づいていく様子を見てきたのです。

日本初の私立大学が設立されたのが1920(大正9)年のこと。早稲田、慶應義塾、一橋、同志社、法政、明治、中央、日本の8校がほぼ同時に認可されたようです。さらに遡ると、大隈重信による早稲田の前身となる東京専門学校の設立は1882(明治15)年、慶應に至っては福沢諭吉がその起源となる蘭学塾を江戸の中津藩中屋敷で開いたのは1858(安政5)年のこと。Kyaw Moe Tunさんがミャンマーで成そうとしていることは、日本において江戸時代の福沢諭吉や明治時代の大隈重信が行ったことと同じような、大きな大きな挑戦なのだと思います。

話は戻りますが、Kyaw Moe Tunさんは着々と国内外で支援者を集め、広大なキャンパスの確保や具体的な設計図まで完成しています。ミャンマーの財界からも1人で億単位の寄付をする方も現れるなど資金調達にも邁進しています。

振り返ると、私自身も立命館アジア太平洋大学(APU)という新設大学に学びました。町(別府)自体が一つのキャンパスや寮のような環境で学んだリベラルアーツの知識や経験が、今の私を形作ってくれていると強く感じることも、Parami Uni.の可能性を信じる理由かもしれません。

さて、なんと現在、一口(USD 5000)寄付すると、別の篤志家の方がさらに一口上乗せしてくれ、1万ドルの寄付となるキャンペーン中です。笑 "21 Friends for 2021"と銘打ち、Paramiの「友達」となってくれる方を大募集中ですので、Parami大学や寄付について興味がある、という方がいらっしゃいましたら、お気軽にご連絡下さいませ!


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