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【連載小説】堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

705.SS 堕肉の果て、サーガ

はじめての方はコチラ→ ◆あらすじ◆目次◆

 凍りついた世界、そこはコキュートス。
 ここは寒い、だけの世界ではない。
 絶対零度、それは全ての分子が活動を停止せざる得ない、言うなれば死の世界、全てが停止する世界、凍える絶望の底、それその物である。

 この極寒地獄に一つの声が響いた。
 声は空気を伝播して伝わる物だ、全てが凍て付いた世界では響く、それ所か、隣に立つ友人にすら届ける事は叶わないであろうに、その大声は高らかに響き渡ったのである。

「あああああぁぁぁぁぁーっ! 飽きたわぁっ!」

 隣でゆったりまったりしていた影から声が掛けられた、影の中の影、ルキフゲ・ロフォカレの物であった。

「飽きた? 我君、飽いちゃいましたぁ? ですかぁ?」

 大いなる存在はすぐさま答えた。

「ああ、飽きたなっ! ロフォカレェ? マロがここに居る意味ってあるか? もうウンザリなんだけどなぁっ! 腰から下、寒いしぃっ! 冷えるっ! 冷っ! ヒエェっ! もう限界だぞぉっ!」

 この言葉に、腹心たるルキフゲは顎に手を当てて、真剣な面持ちで答えるのである。

「た、確かに…… ここで無為に時間を費やす事には何の制約もありませんし、いささか退屈ですよね…… とは言え、我君? どこへ赴こうと言うのですか? まさか地上ではないでしょう? あそこって類人猿とか馬鹿ばっかりですからねぇ? 違いますよねぇ?」

 大いなる存在、ルキフェルは凍りついたコキュートスの表面に両手をついて、グイっと下半身を押し上げて、この場に顕しながら気楽な感じで答える。

「そうだよ、馬鹿ばっかりで全然進化してないじゃんかぁ? だからさ、考えに考えた結果、辿り着いた訳だよ? 我自身が知性をもたらそうかなってさっ? どう? ロフォカレぇ?」

 ルキフゲ・ロフォカレ、魔神王ルキフェルの影たる腹心中の腹心は一瞬の思索の後に答えた。

「なるほど…… ですね…… んじゃいっちょやってみますかぁ? 私が合体しないと実体化は無理ですよね? 何しろ影なんですからね? でしょ? 行きますよ、ルキフェル様?」

 ルキフェルは鼻歌交じりである。

「ん? いいや、お前は要らんぞ、ロフォカレ…… むしろ、そなたにはこの地に残り、置いていくサタナキアや他の準魔神にアドヴァイスをして貰いたいと思っていたのだが…… 駄目かな? ルキフゲ・ロフォカレよ?」

「え? じゃ、じゃあどうやって実体化するんですかぁ? ま、ま、ま、まさかぁっ!」

「なはは、そのまさかよ、類人猿を依り代にして受肉するんだ、んで、そいつが群れの仲間達のリーダーになって周囲に知恵を広げるって寸法よ!」

 ルキフゲ・ロフォカレは深い溜息と共に返す。

「はぁー、そこらの類人猿なんかが依り代に使える訳ありませんよ? ご自分の魔力量判ってますよね、弾け飛ぶに決まってるじゃ無いですか! 無益な殺生は駄目だって、いつもご自分で仰ってる癖に何を言うかと思えば――――」

「心配要らんぞ! 何もフルスペックで顕現する訳じゃないからな、知性とコミュニケーション能力、右脳の言語野と新皮質にチョクチョクっと刺激を与えてやるだけだろう? だからさ、魔力とかスキルなんか要らないだろう? 我と言う知性と存在だけが類人猿に入れば良い、そう言う事であろう?」

 胸を反らせるルキフェルに対して、ルキフゲは未だ懐疑的な視線を向けながら問いを重ねた。

「知性と存在だけ、ですかぁ? どうやるんです、我君ぃ?」

 ルキフェルは悪戯そうな笑みを浮かべて答える。

「内緒だぞ、内緒、なははは、なははははっぁー!」

 その後、暴挙を止めようと必死に喰らい付くルキフゲ・ロフォカレは、今現在只の石状態のサタナキアでは魔界を抑えきれないだとか、気まぐれなアスタロトやバアルがルキフェルの真似をして、地上に行ってしまっては魔界は終わる、もう無茶苦茶ですよ? 等と説得を続けていたのだが、当のルキフェルはどこ吹く風、と言った風情で面倒臭そうに答えるのであった。

五月蝿うるさいなぁ、んじゃ、アスタロトかバアル、どっちか魔界から出れないようにして置けば文句は無いんだろうがぁ! どっちか? うん、バアルが良いんじゃないか? アイツってばクレバーだしさっ! んじゃ、出掛けに呪いでも掛けとくわ! ヘルヘイムから出れない感じにしてやるよ、これでオールオッケイだよな? な? なっ?」

「えー、でもですよ? 不確定要素が多過ぎませんかぁ? ほら、新たな隕石とか来ちゃったりしたら対応出来ないんじゃないですかねぇ? どうです?」

 ルキフェルは少しイライラし始めているようだ。

「んだからぁっ! そんな折に地上の類人猿達がねぇっ! 力を合わせて回避できるようにする為にぃっ! ミー自らが行くってっ! さっきからそう言ってるよね? 言ってるじゃんかぁっ! もうっ! これ以上何か言うんだったらお前を消すしかないかなぁ? とか思っちゃうんだけどさぁ? 何か言う事あるのぉ?」

「…………」

 そこまではっきり言われてしまっては、口をつぐむしかないルキフゲ・ロフォカレに対して、我が儘な魔神王は最後通牒である。

「おお、おお、ようやく納得したか我が影よ! んじゃぁ、後は頼むぞ、ぬふふふ、行って来る! 諸々、任せたぞぉ! んじゃ、バイバイ♪」

「……バイバイ、です」

 ルキフゲ・ロフォカレを沈黙させたルキフェルは、ルンルン気分で魔界を登って行ったのである。
 具体的には、一層上のヘルヘイムまでは凍りついたレーテーをスケート気分で滑り上がり、ストゥクスからはバタフライで勢い良く泳いでアケロンに至り、川辺で物思いにふけっていたバアルに制約紋の呪いを施した上で、一気に地上へと向かったのである。

 一応少しは悪いと感じたからだろうか、出発前にバアルの神殿に寄って、

『お前は最早ヘルヘイムから出る事は出来ぬ、理由は胸に手を当てて良く考えるんだな ルキフェル』

と走り書きをしたぺらんぺらんの葉っぱを残すと言う気遣いも見せていた。

 この後、神殿の大広間でバッタリ会ったモラクスに引き止められそうになったが、表情に影なんか作っちゃって、それっぽくもっともらしい事を言って煙に巻いた手腕も大した物である。

 天を仰ぎ嘆きを漏らすモラクスをその場に残し、ムスペルヘイムヘ上がると、ここでは特に何をするでもなくさっさと通り過ぎるのであった。
 途中、軍事教練だろうか? 叫び捲るアスタロトの声と、半泣きの、と言うか死に掛けのネヴィラスの悲鳴が聞こえた気がしたが、無視する事に決めたルキフェルは無事(?)、地上へと辿り着くのであった。

「おおお? 寒いな、ここどこだ?」

 無論、地名も国名も無い、だってお馬鹿な類人猿しか居ない世界なのだから当然である。
 今風に言えば、ロシアのウラル山脈の中部、山裾に程近い、カラマツの群生地の中に姿を現したルキフェルは、半透明で二十メートルを超えるアストラバディを密集させて、大体六メートル前後になりながら、林の外を目指したのである。

 しばらくすると鬱蒼うっそうとした林の先に平原が見え、嬉しそうに飛び出したルキフェルはそこに居た数十の群れを目にして思わず声を出したのである。

「おろ?」

『ウホッ?』

 ヘラジカを狩っている最中の類人猿の群れの真ん中に出てしまったようだ……
 アストラバディを集めた事で、この馬鹿共にも薄っすらとではあるが目視できているらしい。

 彼等はコーカソイドや、コサック、ゴットランドを祖にする民族の原始の存在なのだろうか?
 興味深そうにルキフェルを眺めつつ、折角仕留めたヘラジカを放置したままで、手に持った原始的な石斧で、有ろう事か魔神王をツンツンしたりしている、不敬の極みだ。
 だと言うのに、当のルキフェル自身はうれしそうな表情を浮かべて言うのであった。

「おお、おお、我輩が珍しいか? 我が子らよ! ツンツン、であるかぁ! 良し、朕がお前たちを賢くしてやろうでは無いかぁ! 愛い、愛いぞぉ! ささっ、もっと寄って見そぉ!」

『ウホホホッ?』

 ………………
 …………
 ……

 三十年が過ぎた。

 ルキフェルはもう何万回も繰り返してきた言葉を告げる。

「だからね? 素粒子があるでしょ? クォークね? んでね、六種類の存在、アップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、ボトム…… ここまではもう何百回と伝えたよね? それでね、クォーク、レプトン、中間に干渉って言うか、繋ぐ役目を負うゲージボソンの三つの種属に分けるとするでしょ? そうすると判り易いと思うんだけどね? どう?」

『ウホホホッ! ウホォッ! ワッホ、ワッホォ?』

「はあぁー、判ってないよね…… ふうぅー」

 この三十年で彼等が覚えた事と言えば、近場で取れるビーバーの硬い歯を、燧石すいせき、現代で言う所の火打石、それで出来た石斧の先端に付けて切れ味を増す、この一点だけなのであった……

 ルキフェルはさも申し訳なさそうな表情を浮かべて言う。

「済まぬ…… そなたらには知性、物思う事がどう言う事か、それを理解する事すら出来ぬのだろうな…… 我輩は他の伝道地を見つける為に旅立つとしよう…… 名残惜しいが、さらばだ、我が子達よ」

 コーカソイドの類人猿は声を揃えて言う。

『ウッホウッホウホウホウホォッ!』

 多分何も判っていなかったのかもしれない……
 そう感じたルキフェルであったが、実際、彼等はしっかり進化し始めていたのだ。

 分かれた後、大きくて親切だったルキフェルを恋しがった彼等は、カラマツの大木を石斧で削りだし、大きさも同じ六メートルのルキフェル像を作り出し、懐かしみつつ帰還を願う声を上げ続けたのである。
 彼の有名なシギルの偶像、所謂いわゆる最古のアイドルが誕生した瞬間であった。
 
 その後、この行為は祭典として広く伝播して行き、トーテムポールへと形を変えていく事となる。
 そうとは露ほども知らないルキフェルはウラルを後にした。

 その後、何と無く寒い所より暖かい場所が良いなぁ、そんないい加減な感じで南下したルキフェルは、カスピ海沿いではなく、気紛れに黒海との間を抜けて辿り着いたのである。
 彼の地、ギョペクリ・テペ、現トルコに位置する平原の丘陵きゅうりょうであった。
 
 この世に二人と居ない、魔神王に興味津々で集まってしまった、類人猿の群れの中で、やけに賢そうな二体を見つけたルキフェルはその姿に思わず目を見張ったのである。
 具体的に言うと、周囲に集まった類人猿達が揃って素っ裸、所謂いわゆるシダルマ状態の中、この二体、恐らくつがいだと思われる雌雄は、バナナの大きな葉っぱでしっかり大事な辺りを隠しているのであった。

「ほう? 貴様等は随分賢そうではないか? 名前は有るのかな? どうだ? なーまーえ? 名前だっ? どう? 判るぅ?」

 並んで立っていた賢そうなオスが言った。

「あっ、だっ、アダムゥフゥ~フゥ~」

 メスが続いた。

「イブ、イブイブイブゥー! ブブブブウッ!」

 ルキフェルは満面の笑顔だ。
 こんな顔を浮かべるのは、既に数百年ぶりであった。

「おお! アダムとイブだなっ! んじゃあ、お前たちに贈り物をあげようっ! んでもその前にぃ!」

 言い終わるや否や、半透明、それよりちょっと濃い目のルキフェルは、組み続けた両腕を地に向けて、言い放ったのである。

「『創造ジェネシス』」

 言葉と同時に周囲の丘が抉り取られ、平坦になった直径三百メートル程の地面に、周囲の石や石灰せっかいが寄り集まって作られたテラゾー、所謂いわゆる人工大理石のツルツルとした床が形成されていく。
 フロアは二百を越える巨大な石柱で円形に二十に区切られて行き、それぞれを木の柵が上下二列に囲み込んだ。

 そこまで出来上がると屹立した六メートル程の石柱の上に先程より一回り小さな天井部分、上階から見れば床に当たる場所に再びテラゾーを敷き詰めさせて行くルキフェル、鼻歌混じりだがしっかりと竹の骨組も編み入れている辺りは流石と言う他無いだろう。

 二階は一階とはおもむきが違う長方形の仕切りが並んでいる。
 一仕切りを一部屋と見れば周囲の類人猿の数と近い、居住区だろうか? と言うことは先ほどの円形は倉庫や動物用の厩舎きゅうしゃかもしれない……

 最後に三階部分を作ったが、こちらは床こそ同様に作られた物の、柱や天井のたぐいは見られず代わりに青々とした葉を茂らせたクワの木やナツメヤシ、ピスタチオ等が美しくアシンメトリーに植えられている。
 判りやすく言えば屋上庭園、みたいな物であろう。

 そうして置いて、出来上がった建物の脇に指を刺し込むルキフェル。
 暫くしてから指を抜くと、穴からは清浄な水が滾々こんこんと湧き出し始め、あれよあれよという間に清らかな泉となったのである。

「ふむ、家としてはこんな物で良いかな? さて、次だ♪ ディアーナ! ヘロディアス! ちょっと来て!」

 気楽な感じで誰とも無く発したルキフェルの声に答えるように、漆黒の闇が彼の目の前に忽然と姿を現し、その闇の中から豊満な肉体を持つ美しい女神が歩み出たのである。

「なんだい、アンタ」

「おうディアーナ、ちょっと頼みがあってな――――」

 ルキフェルが妻の問いに答えようとした丁度その時、小ぶりなケッテイに乗ったこれまた美しい女神が声を掛けてきた。

「パパ呼んだ? あれ、ママもいるじゃん? どうしたの?」

「ヘロディアスも来たか、丁度良い、説明するぞ! あのな――――」

 それからほんの数分間ルキフェルの話を聞いた後、ディアーナと呼ばれた彼の妻が言葉を返した。

「じゃあ、アンタの魔力をアタシの闇の中へ吸い切っちゃえばいいのね?」

「そそ」

 二人の娘らしいヘロディアスという名の若い女神も言う。

「んでアタシがパパの魔力を物質化させて、色んな装飾具や道具、武器を作ればいいのよね? シュメールで大洪水から救ってやった類人猿にあげた、ジウドスラの白銀しろがねみたいなヤツで良いんでしょ? 神聖な銀器だよね?」

「そそ」

「「判ったわ」」

 どうやら話がついて協力して貰える様である。
 因みにディアーナは光の神であるルキフェルに対極する全てを呑み込む闇の女神、ヘロディアスは科学者、錬金術師、魔術者、魔女を守護する女神であると同時に、様々な魔法具を生み出す発明家的な神でもあるらしい。
 当然、二人ともルキフェル同様半透明である。

「じゃあ始めてくれ、頼む」

 ルキフェルの言葉を聞いたディアーナは、返事をする事も無く、自分が纏った闇の中へと旦那の魔力を吸い始めるのであった。
 その横では娘のヘロディアスが両手を無造作に闇の中に突っ込んでは、白銀しろがねに輝く武器や装飾品を作り出し、自身の背後に放り続けている。

「ソロソロ、イイカナ?」

 暫く後、二人に話しかけたルキフェルの声は弱々しい物に変わっていた。
 声だけでなく、今まで以上に薄っすらとした姿も、大体数センチ位まで小さくなってしまっている。

 ディアーナが魔力の吸引を止めて答える。

「うん、良いんじゃないかな? 試してみなさいよ」

「ウン」

 返事と共にルキフェルの姿は、ミニチュアの魔神から二つの白金に輝く球体へと変わっていった。
 そして、既に飽きて寝転がっている類人猿の群れの中から、くだんの二体、アダムとイブに向かって飛んで行き、何の抵抗感もなくスッと体内に入り込んだのである。

 二体、いや二人の体は一瞬輝きを発した。
 呆然としながら立ち上がった二人に、ヘロディアスとディアーナは手分けして、装備や道具を装着させたり背負わせ始める。

 最初はボーッとしていたアダムとイブであったが、次々とその身を飾る神聖銀を見て、徐々に頷きを返しだし、手で触れたりし始めていた。

「はい、これでお仕舞い、がんばってねアンタ!」

「上手く行くと良いねパパ」

 このわずかな時間で、既に、知性の光を目に宿した二人は、流石に未だ話せないのか、力強く頷いて返事に代え、確りとした足取りで三階建ての建物に向かって歩き出した。
 様々な装備でキラキラになった二人、まるで王と王妃の様に立派な二人の後に、仲間の類人猿たちはオドオドしながらも付き従うのであった。

 『善悪の知恵の実ルキフェル』を手に入れた最初の聖女と聖戦士、アダムとイブがこの世の不条理や苦悩、悲しみやエゴ、様々な罪に向き合い始めた日の物語である。


拙作をお読みいただきありがとうございました!

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