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エッセイ)ぼやけた星
23歳の冬。
仕事終わりの電車の中、久しぶりに日付けが変わる前に家につきそうだ。この時間の車内は人もまばらで、ボーっと流れて行く景色を眺めていた。
〇〇駅に電車が止まるとテンションが高めの若い女性が2人乗り込んで来た。そして、私の顔を見るなり近づいてきて。
「あれ。kesun4君やん。久しぶり。覚えてる?
す ず き」
と声をかけられた。
鈴木は中学の時と印象が変わり綺麗になっていた。甘い香水の匂いと少しお酒の匂いがしていた。卒業以来8年ぶりの再会だったが、あまり仲が良かったという記憶はない。
卒業後にどうしていたかとか他の同級生はどうなったとか、久しぶりに会った同級生同士のあるあるネタで少し盛り上がった。
すると鈴木が不意に
『私、kesun4君のファンだったんだよ』と…。
えっ!ファン…?。
ファンなんて言葉は野球部のエースとか学年一の男前に送られるべき言葉の筈。もしかしてパンと聞き間違えたか?
いや…『kesun4君のパンだった』では意味がわからない。
私は昔から目立ちたがり屋で色々とはしゃいでいたから、そう言う意味では目立つ存在だったかもしれない。しかし、イケメンではないし、寧ろポッチャリ体型で…。
成績も普通も部活も補欠で…。
『ファンだった』と言われる程のモテ要素があったとは思えない…。
もしかしたら、彼女のいない自分に神様が贈り物をしてくれたのでは?来たぁ!チャンスターイム!と心の中で西武にいたデストラーデばりにガッツポーズをしていたら、
『kesun4君が書いた俳句。今でも覚えてるよ』
と鈴木が…。
…俳句…。
修学旅行の時に課題として書かされたものだった。
後から人気投票をして、その結果、自分の書いた俳句が1番、票を集めたのだけど、先生からは
『私はこの俳句がいいとは思いませんが…』と酷評されて複雑な気持ちになったやつだ…。確かに春先にオリオン座は見えないし…季語もなければ意味もないし今思えば酷評も致し方なしだ。
鈴木はその俳句を覚えているかと私に尋ねて来た。
本当は覚えていたけど…。
『えっ?覚えていないなぁ』って誤魔化したら、
『覚えてないの?私は覚えてるよ。
見上げても 見えぬ夜空の オリオン座
これ、カッコよくてキャーキャー言ってたんだよ』
私は番号交換をしようと思って、右手に握っていた携帯をそっとポケットにしまいなおした。
『バイバイ。またねぇ』
駅を降りて見上げた夜空には少しぼやけたオリオン座が見えた。
そして、それ以来“またね”は未だに来ていない。
終わり