蝉(せみ)
「助けて〜!」
自宅のベランダから妻の悲鳴が!
僕はすぐに駆けつけた。
妻「早くなんとかして。洗濯物が干せないよ」
僕「ん?どうした?」
ベランダに出てみると蝉の死骸が。蝉は仰向けに倒れていた。
妻は蝉が大の苦手だ。
僕は蝉の死骸を片付けようと蝉に触れた。
刹那!
蝉は羽根をバタバタさせ動き出した。飛び立とうとしたが、またバタンと仰向けに倒れた。そして動かなくなった。
僕はもう一度、蝉に触れた。また羽根をバタバタさせて、今度は飛び立つことが出来た。
蝉はベランダを後にして公園の方へ消えていった。
*
数日後、今度はマンションの駐車場入口付近に蝉が仰向けに倒れていた。
先日のベランダの件を思い出した。
〈生きているのでは?〉そう思い、蝉に触れた。
バタバタバタっ!
蝉は生きていた。羽根を目一杯動かし飛び立った。
しかし、コンクリートに囲まれた状況の中、上手く飛ぶことが出来ない。コンクリートの壁にぶつかり、また仰向けに倒れた。
僕はまた蝉に触れた。
バタバタバタっ!
蝉は飛び立った。今度は壁にぶつかることなく飛び立った。
壁を抜けたところに樹木がある。蝉は樹木に止まった。
蝉は樹木に抱きつくように止まっていた。まるでここが自分の居場所のように。
〈やっと自然に帰れた〉蝉はそう思ったのかもしれない。
〈もうコンクリートジャングルに迷い込んじゃダメだよ〉僕は心で呟いた。
*
毎年この時期になると、仰向けに倒れている蝉を見かける。マンションの階段によく転がっている。僕は今まで死骸だと思っていた。しかし、今回の出来事で違うことがわかった。
きっと蝉は仰向けになると動けなくなるのだろう。仰向けだと羽根が下になる。体の重みで羽根を動かすことが出来ない。ましてやコンクリートだと平坦なので、下になった羽根は逃げ場がない。だから、ますます羽根を動かすことが出来なくなる。そんな気がした。
でも自然界だと違うかもしれない。地面が土だし、葉っぱが落ちていて草も生えている。デコボコな状態なので仰向けに転がっても羽根の逃げ場がある。だから、羽根をバタバタさせて復活出来るのではないか?そんな気もした。
*
自然界の生き物は自然がホームグラウンド。
僕のマンションの近くに大きな公園がある。蝉たちはそこから人間が作り上げたコンクリートジャングルへ迷い込むのだろう。
そう思うと切ない。
今度また、コンクリートに仰向けに倒れている蝉を見かけたら、助けよう。
蝉を手に取ってパァっと放してあげれば良い。
それで復活するはず。
暑い夏の日の午後だった。