グッドデザイン賞を2年連続受賞した自慢の取引先が実はめちゃピンチだった
こんにちは。ライターの大塚たくまです。「株式会社なかみ」という、Webコンテンツの制作やSEOコンサルを行っている会社を経営しています。
今回はちょっと、ぼくがどうしても気になっていることがありまして。取材してみたところ、とんでもないことがわかったので、応援の意味で記事にしています。よかったら、お付き合いください。
自慢のクライアント「ケアウィル」
ぼくの自慢のクライアントのひとつに「ケアウィル」という会社があります。
株式会社ケアウィルは、代表の笈沼清紀さんと笈沼さんのお母さんが2019年9月に創業した会社です。
代表の笈沼さんは、ぼくの妻の元上司。妻との間に確かな信頼関係があり、紹介してもらって出会いました。「妻に恥をかかせたくない」と、緊張したのを覚えています。
ケアウィルさんは、病気や怪我、障がいがある人たちの「服の不自由」を解決するという理念のもと、服や雑貨を作っている会社です。
そんなケアウィルさん、けっこう凄くて。実は開発した「アームスリングケープ」「洗濯ネットバッグ」と立て続けに、グッドデザイン賞を受賞したんです。
グッドデザイン賞を受賞するには、新しさに加え、高度さ、価値観の創造や社会貢献などで評価を得なければなりません。受賞率は約30%ほどです。
受賞は言わずもがな、創業わずか3年で2商品もグッドデザイン賞に出品できるような製品を開発できていること自体が素晴らしい。いい物をつくって、しっかり評価されているという点で、ぼくの自慢のクライアントなんです。2023年1月には週刊エコノミストからも取材を受けていました。
ちなみに、代表の笈沼さんはもともと、楽天やJINSで執行役員、KDDIの革新担当部長を務めるなど、ぼくからすると雲の上のようなキャリアの持ち主。
▲笈沼さんのKDDI時代の記事
笈沼さんは、そんなキャリアを積み上げていく一方で、持病で21年間闘病生活を送り、その後認知症を発症した父親を介護する日々を送っていました。
笈沼さんは、お父さんが病院で着ていた、囚人服のような無機質な服を見て「尊厳が失われている」と感じたそうです。お父さんは亡くなってしまいましたが、笈沼さんには「患者の自尊心を守り、家族の想いを尊重した服づくりをしたい」という想いが残りました。これが、創業のきっかけです。
笈沼さんはこれまでのキャリアを置き、洋裁講師(洋服の作り方を教える先生)であったお母さんと一緒に「ケア衣料」の事業をスタートさせました。
そんな笈沼さん、創業してすぐに結果を出します。
笈沼さんが提案したビジネスプランは、東京都が主催するビジネスプランコンテスト「TOKYO STARTUP GATEWAY2019」(応募総数1,803件)でファイナリスト10件に選出。
2019年12月1日(日)開催の最終審査会では来場者約400名による共感投票の中で最多票を獲得した人に授与される「オーディエンス賞」を受賞したのです。
実際のプレゼン
その後、製品開発に向け、創業資金を調達。わずか3年で「アームスリングケープ」(三角巾と一体化した服)と「洗濯ネットバッグ」(洗濯を支援する多機能バッグ)を開発し、両方ともグッドデザイン賞を受賞したというわけです。
ぼくはまさに「飛ぶ鳥を落とす勢い」だと思っていました。そんなある日。ぼくは、笈沼さんがアルバイトをしていることをTwitterで知りました。
そして、笈沼さんから「資金難の状況を打破するための相談がしたい」という連絡を受けることになります。ちょっと待って。どういうこと?
ぼくは、相談を受けると言いつつ、インタビュー取材させてもらうことにしました。
資金難の原因は「金融機関の方針変更」
──ちょっと笈沼さん。資金繰りが危うい状況になっているって、どういうことですか?
金融機関からの借入を急遽断られたことが大きな原因です。現在借入している先って、信用金庫と地銀があるんですけど。そこから、追加の融資を受ける話があったんです。それが急遽断られまして。
──えぇっ。急遽断られるなんてことがあるんですか。どういう理由で……?
一つ環境が変わった要因があるとするなら、国がやっていたコロナの緊急融資というのがあって。それが昨年の9月に終了したんです。そこから、貸し渋りが起き始めていて……。
──そうなんですか。全然知らなかった……。
弊社は別に飲食業じゃないですし、コロナには関係のない「創業融資」という、事業が軌道に乗るまでを支援する融資でした。
──その「創業融資」の貸し渋りが、コロナ以前よりも厳しくなっているということですか。
その通りです。信用保証協会の審査が一気に厳しくなりました。
──「信用保証協会」って、何ですか?
信用保証協会は、中小企業が金融機関から、融資を受ける際に「公的な保証人」になってくれる機関です。そこの審査が、今とても厳しい状況です。
──なるほど……。審査の厳しい「信用保証協会」はスルーして、金融機関から直接融資を得ることはできないんですか?
金融機関から直接融資を受ける「プロパー融資」というものがあります。
──では、そっちを使えばいいのでは……?
それがですね、年商で5000万円以上はないと、プロパー融資は使えないというふうに言われてしまって。
▲当時のツイート
──年商5000万! え、事業が軌道に乗るまでを支援する融資ですよね。それはちょっと厳しいんじゃ……。
創業3年で年商5000万円に達する企業なんて、そうそうないですよ。
創業3年で年商5000万でないと融資できない
もともとは「3期目も利益が出れば融資は可能」というお話だったんです。弊社は3期目も黒字でした。すると、突然「利益の有無ではなく、売り上げの規模が大きくないと融資できません」と、言うことが変わってしまって。
──それじゃ、笈沼さんに限らず、他の企業の方も困りますよね。
実際に倒産する企業が出てきています。そもそもコロナ禍関係なく、創業後3年で廃業する割合は約半分だと言われています。だから、3年というのは分岐点なんですね。
──なるほど。つまり創業した初年度の融資は受けやすいけど、3年程度経過した一番苦しいタイミングでの支援は薄いということですね。
そうです。それはコロナ前から、もともと存在した課題でした。それがもっと厳しくなったという状況です。
──でも、ケアウィルは2年連続でグッドデザイン賞を受賞したり、実績はあるじゃないですか。それって、融資の時に評価してもらえないんですか。
はい。銀行は8行、支店で言うと22支店に相談しましたが、全部ダメでしたね……。
▲当時のツイート
──そうだったんですか……。全国的に有名な賞を獲るほど商品が評価され、期待されていて。今まさに利益が出始めているタイミングですよね。
そうです。でも、審査基準としては「今」の売り上げがどうかというところなんです。「このままいくと、売り上げは1.5倍になると計算できます」と説明しても、あくまで「今」の数値で見られます。
──融資って「未来の収益を確保するために、今これだけ投資したい」ってものだと思っていたんですけど。今の収益ばかり見られる違和感……。
もう創業して3年経過しているんで、貸す側からすると「もう創業期間は終わってますよね」という解釈なんです。この3年間はコロナ禍だったんですが、そんな事情への配慮はなく、問答無用で3年。それで、プロパー融資への移行を促されます。
──でも、これまでケアウィルが融資を受けたお金をつぎ込んできたのは「いい製品をつくるため」じゃないですか。
そうですね。それが目的で融資を受けましたので。
──いいオフィスをつくったわけでもない。とにかく対象者のことを思って、製品開発に奔走した結果、製品は評価されて賞を獲ったし、結果を出しているわけですから……。
でも、プロパー融資は年商5000万円からなんですよ。
──そのこれまでの経緯を無視したようなやり方、あまりにも雑すぎません? チャレンジする人を応援するための融資じゃないと……。
まあ、大きな利益が出ていないことは事実なので……。正念場ですね。
──これから長く事業を継続させるために、融資したお金を使っていたのに、準備ができたタイミングで方針が変わり、「売り上げは?」というのは、きついですね。
今のケアウィルの売り上げの内訳は?
──現在のケアウィルの売り上げは、目玉商品の「アームスリングケープ」と「洗濯ネットバッグ」の販売による収益ということになるんですかね。
そうなんですが、現状だとそれだけだと足らず、他にも収益源を立てなければならないので、昨年まで法人向けのコンサルもやっていました。1年目は、コンサル業で1000万円近い年商を出しました。
──まあ、そうですよね。笈沼さんのこれまでのキャリアを考えると、ただ「稼ぐ」ということだけを考えると「コンサルティング業」に集中した方が圧倒的にいいですよね。
もちろん。それはそうなんですが……。今はコンサル業に割く時間を減らしています。
──え、なぜですか?
ケアウィルの事業を進める時間が奪われるからです。今、ケアウィルは私が全てを兼ねています。製品開発室の室長でもあるし、広報もマーケティングも営業も。ECサイトの販売出荷業務も。固定人件費をかけられないので、全部やります。だから、時間が必要なんです。
▲出荷業務まで自分で
多忙な笈沼さんがアルバイトに取り組む理由
──今、笈沼さんはアルバイトもされていますよね。それは……それも会社の売り上げに入れてらっしゃるということなんですか?
いや、週何時間っていうのを超えないようにして、個人で入るバイトですね。ケアウィルの仕事が日中はできるように朝6時からのバイトです。今、役員報酬を極端に減らしていまして。私と妻で合わせて、月に約8万円程度なんです。
──は、8万?
だから、シンプルに我が家の生活費の足しになるように、アルバイトをしています。
──ん?生活費の足し? 笈沼さん、貯金は……?
自己資金はもう、全部つぎ込んでいます。だから、もう今、貯金はありません。
──えっ? 嘘でしょ。え??
本当ですって!なんで嘘をつくんですか。
──マジですか……。
1500万円あった貯金は、事業に全部注ぎ込んでいます。
──1500万円……。貯金を全部使い果たしたんですか。ちょっと、何してるんですか。
もう本当に生活が厳しいのでアルバイトをしているだけです。嘘でもなんでもなく。
──そんな……。ちょっと理解が追いつかない。ぼくはてっきり、何かこう、物流の勉強とか、何か目的があってアルバイトをされているのかとばかり……。
もちろん、アルバイトから学べることは多いですよ。それは間違いないです。でも、そのためにアルバイトをしているわけではありません。もう、本当に今がギリギリなんです。瀬戸際です。
▲まさか笈沼さんが生活のためにバイトをしているとは
「起業家であることを諦めたくない」
──笈沼さん、なんでそこまで……。ぼくだったら、バイトを生活のためにしなきゃいけない段階で諦めると思います。
いや、でも楽しいんですよ。今は大変だし、困難な状況ではありません。でも、辛いわけではありません。楽しいんです。
──コンサル業をやった方が、確実に今よりも生活は良くなりますよね。
皮肉ですが、現状ではそうだと思います。確かに自分の生活だけを考えると、そうした方が今よりよい暮らしができるでしょう。でも、それは今の私の価値基準として、楽しいとは思わないですね。
──どうしてですか?
これまで世になかった物を作り、その物を通じてでなければ得られない、対象者の声というのがあるので。それはやはり、何物にも代え難いですよ。
▲このような出来事が笈沼さんを支えている
──事業内容を見る限り、非営利団体として、やってもいいのかなとも思うんですが……。
私は、起業家でありたいと思っていますし、起業家であることを諦めたくはないんです。JINSであったり、楽天であったりで、物を売って、利益を出して、多くの方に流通するということをやってきて。それが、私の存在意義だと思っています。
──笈沼さんは、あくまで起業家でいたいと思っているんですね。
だからこそ、やっぱりケアウィルは前に進み続けなければならないと思います。将来的に結果を出せるように頑張るので、今の時期を応援していただきたいです。
──まさかそんな状況だったとは……。今度、福岡にいらっしゃったり、僕が東京に行くことがあったら、ごはん奢らせてもらってもいいですか?
ありがとうございます!喜んで(笑)
一番まともと思っていた人が一番変態だった
笈沼さんは精神力が強すぎる。忍耐力が強すぎる。そして、賢すぎる。だからこそ、本当は諦めなければならないタイミングで、諦めることができないんじゃないか。頑張っていれば、光が見えてくると思ってしまうから、どこまででも突き進んでしまうんじゃないか。
正直、ぼくはそんなふうに思ってしまいました。
ぼくの周囲には「変だけど尊敬できる人」がたくさんいます。明太子が好きすぎて無職のまま福岡移住して貯金を使い果たした人とか、せっかく入れた一流の建築事務所を退職してど田舎の古民家に移住した人とか。たくさん、ぶっ飛んだ変な人を見てきました。かく言う自分も、そこそこ変な人だと思います。
笈沼さんは、自分の周囲にいる人間の中では珍しい「真っ当な尊敬できる人」だと思っていました。コツコツと努力と共にキャリアを積み重ね、ビジネスマンとして確かな実績を踏み、社会課題にチャレンジして成果を出している、素晴らしい人物。ただただ、そう思っていたんです。
しかし、それは笈沼さんのほんの一部でしかなかったようです。
笈沼さんは、自分のやりたい使命のためなら、普通はしがみついて離したくないものまで、手放してしまう人でした。切なくなるほど、淡々と。
人間誰しも、深く知ると変態なのかもしれません。そして、それこそが人間らしさなのかもしれません。ぼくはまだ、笈沼さんの大部分を知らないのでしょう。そして今、笈沼さんはさらに自分と向き合い、自分の知られていない部分を知ってもらわなければならない状況にあるのだと思います。
これからもぼくは笈沼さんに注目せざるを得なくなってしまいました。そして、笈沼さんの変態性が形になっている「ケアウィル」の目撃者であり続けなければなりません。
ぼくは一生懸命な、情熱ある変な人に協力するのが大好きです。これからも変な人に協力することで、自分一人では見られない知らない世界を旅したいと思っています。だからこそ、ぼくは笈沼さんに期待します。一緒にケアウィルの未来に注目しましょう。