2018/06/29 東北大学病院 斎藤先生との再会
仙台2日目。
今日は、1年前に旦那さんの命を主治医の新田先生と一緒に救ってくださった、
治験を手術してくださった斎藤先生に会いに東北大学病院へ。
旦那さんは、治験を受けた時は意識がなかったこともあって手術中の事はあまり覚えてない様子。
久しぶりにお会いしたS先生はとてもお元気そうで、うきうきされていて、
旦那さんの立ち座り、歩行の様子を見て本当に驚いていらした。
当時に入院していた病棟で撮影するから、
と病棟へ移動して旦那さんが文字を書くところや、旦那さんが立ち上がり杖歩行で前に進んで途中方向転換して車椅子へ戻る、
の動画を撮っていただいた。
同じ病気の患者さんに見せてあげて元気を出して欲しいから、とおっしゃっておられた。
私たちも同じ思いだ。
去年治験の説明受けた時、
成人の患者がごく稀なこと。
ほとんどが小さな子供がかかるもので治験を受けても効果が出る前に亡くなってしまう事。
その為CED治験の生還率が低い事。
左から右へ生還した患者さんの生存数のグラフが小さくなっていた。
これは、夢の手術ではないんです、
と静かに事実を説明くださる先生の言葉が今でも耳に残る。
あの説明を受けた時、右端のあの小さな小さな棒グラフを見た時、
私は旦那さんとこのグラフをもっと右へ大きく伸ばすんだと誓ったのだ。
東北大学病院の治験の後、ガクッと具合が悪くなり、
呼吸もできず、意識も低下し、常に痰や鼻水で呼吸困難を起こし気管切開をしても辛い夜を送っていた。
万が一は覚悟してください、とS先生に言われたことも一度あった。
それでも諦めずに、旦那さんは持ち直し、東京女子医大ヘ戻る時にS先生に約束したのだ。
必ず良くなってまたお礼を言うために会いに来ます、と。
先生が学会でいい報告ができるように壇上に立てるように、と。
これが果たせたのだから私は本当に旦那さんが誇らしかった。
彼の頑張りは本当に頭が下がる。
諦めることを知らない私が、
1人になりたくなかった私が、
化学療法も、治験も、週6日のリハビリも、倦怠感が出やすい免疫療法も、美味しくない食事療法も、
みんなみんな、私が頼み込んで旦那さんにやってもらった。
苦しかったろうし、辛かったろうし、やめたかったろうし、頑張ってるのにさらに私は頑張れ、もうちょっと、とお尻を叩き続けてその上彼は仕事すらこなした。
その頑張りが今実って花開いて治療チームのたくさんの人たち皆に笑顔を、そして、同じ病気で苦しむ患者さんの、一緒に悩み戦っているであろうご家族へ勇気を与えるかもしれないことになる。
今年の目標は、運転再開、通勤!
S先生にたくさんお礼を言った帰り、病院では、私が昨年入院付き添いの時に毎日食べていた院内の美味しいパン屋さんのパンを旦那さんと食べた。
旦那さんはパン大好きなので大喜び。
帰りは仙台の美術館にも寄りました。
緑がキラキラしていてとても気持ちよかった・・・!
また来たいな。
記録はまだまだ続きます。
旦那さんの病気の発症についてはこちらからどうぞ→発症時の日記 2016年12月 医師の告知