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「リスペクト」を欠く局に未来はない/「宇野昌磨選手引退報道」に見るテレビ局&新規メディアの「格差」

フィギュアスケート選手の宇野昌磨さんが競技からの引退を発表してから1か月近く。その後の各種メディアによる引退関連報道に、私は著しい「質の格差」を感じました。

特に先週末の日本テレビ「news zero」は酷い内容でした。

TVドラマ「セクシー田中さん」問題の調査報告報道のすぐ後に宇野昌磨さんをスタジオ生出演させたのですが、SNSでは調査報告報道の内容&宇野選手の扱いの酷さについて強い批判が飛び交いました。

一方、トヨタのオウンドメディア「トヨタイムズスポーツ」で配信した引退報告会見は一般視聴者からかなりの高評価を得ました。「トヨタやニンテンドーなどの大企業が動画オウンドメディアを強化するのも当然だな」と痛感。

今回は、宇野昌磨さん引退報道に見られたテレビ局と新規メディアの「格差」について考えてみます。


宇野昌磨さんに失礼過ぎた「news zero」(5/31深夜日テレ放送)


予告は”宇野昌磨に聞く「これから」”


先週末の日本テレビ「news zero」は放送前にこのような宣伝ポストを行いました。宇野昌磨さんファンは”▽生出演…#宇野昌磨 に聞く「これから」”の文字に当初は大喜び。

この日の番組開始は24:05で、宇野昌磨選手が生出演したスポーツコーナーは24:30過ぎ。

スポーツコーナー前には、日本テレビ制作ドラマ「セクシー田中さん」の原作漫画家が亡くなられた件に関する調査報告書について、かなりの時間をとって放送していました。(今思うと、最も長尺だったこの企画を上記の事前予告ポストから省いているのは姑息ですね)

各社が報道しづらい金曜夕方に資料を公表し記者説明会の場は撮影不可、自社でのテレビ報道は深夜12時を過ぎたニュース枠内…と反感を呼びそうな条件が揃っていたこともあり、放送開始後SNSでは「セクシー田中さん」関連での日本テレビへの批判が飛び交いました

そして、その数分後に始まった宇野昌磨選手の生出演コーナーでも、日本テレビの姿勢に対する強い批判が続くことになったのです。



ゲストに他人の話ばかりさせる謎構成


宇野昌磨さん生出演コーナー用に番組が準備していた構成は、世界のトップアスリートに対してあまりにも失礼過ぎる内容でした。

番組が用意していたトーク項目は以下の3つです。

現役引退 宇野昌磨に『聞きたい3つのコト』

羽生&浅田との関係は
1)引退後の生活の変化
2)3歳年上の絶対王者 羽生結弦選手のスゴさ(VTRあり)
3)フィギュアに導いた浅田真央(VTRあり)

5/31(金)深夜「news zero」内表記の引用

本人の話題は冒頭に最近の日常生活について軽く聞いただけ。あとはず~~っと他人についての質問ばかり。「聞きたい」の主語はどこの誰なんだよ!と、コーナー冒頭の段階で既に不快感MAX。

しかも戦績を「日本男子初の世界選手権連覇」ではなく「世界選手権 羽生結弦に並ぶ2度の金メダル」と紹介。事実としては間違いではないものの、他のメディアは通常「日本男子初の世界選手権連覇」「五輪2大会で3つのメダル獲得」と紹介しています。この言葉の選択には違和感どころか悪意すら感じました

また、過去を振り返る流れの中とはいえ羽生結弦選手(当時)のみを絶対王者と連呼することもどうかと思いました。全試合成績からいって平昌五輪以降の「絶対王者」と呼ぶべき人物はネイサン・チェン選手だったことも、2022-23シーズンは宇野昌磨選手が「出場試合全てで優勝」を果たした絶対王者だったこともまるっと無視でしたからね。

2つめテーマのトーク中は平昌五輪時の羽生結弦選手(当時)の演技映像を長々とインサートしたあげくキャスターが「負けて悔しかったですか?」と過去の心情を質問。羽生さんの成績を上回り銅メダルを獲得した北京五輪は写真すら一切出さず

3番目のコーナーでは過去にさんざんメディアで取り上げられてきた浅田真央さんとのエピソードを紹介。かろうじて最近の浅田真央さんとのエピソードを少しだけ聞けましたが、予定された3つの項目のうち本人主体の項目が1つしかないうえ、予告していた「これから」の話なんて一度もまともに聞いていない

テレビ局が流してきた宇野選手引退報道の中には「この報道の主軸はいったい誰…?」という違和感や不快感を覚える企画が複数ありましたが、「news zero」の不快度はブッチギリNo.1「深夜の生放送に来てくれた本人を前によくそんな失礼ができるな」と呆れました。

ちなみに宇野昌磨さんは引退会見の夜にフジテレビの「ニュースα」のスポーツコーナー「すぽると!」にも生出演されましたが、そちらは「news zero」とは大違いの「ゲストへのリスペクトが感じられる充実した内容」だったことを付け加えておきます。


一般視聴者から批判多数


キャスターからの失礼な質問にも宇野昌磨さんは終始にこやかに回答していて、懐の深さを感じさせました

しかし、視聴者の中には彼に対する失礼な扱いに対して不快感を感じる人が多数いたようです。

上記に掲載した二つの「news zero」の広報ポストにも視聴者からの苦言は書き込まれていますが、放送時間~翌日までのX(Twitter)をnewszero で検索するだけでもかなりの数の批判を確認できます。

宇野昌磨さんのファンよりも、「セクシー田中さん」報道から引き続きスポーツコーナーを見ていた一般視聴者の方が声を強く上げていた印象です。「何で本人のことを聞かず他人のことばかり話させるんだ?ゲストに対してあまりにも失礼過ぎる」と。

「ゲストへのリスペクトを欠いたシナリオを用意し、それに従わせるのを当然とするような体質の局だから『セクシー田中さん』の悲劇を生んだのでは?」という主旨の批判を複数見かけましたが、同意しかありません。

「原作者へのリスペクトがないスタッフ」と「ゲストへのリスペクトがないスタッフ」は同類にしか見えなかったです。


スタッフと視聴者の「感覚のズレ」


理解不能なスタッフの感覚


私が全く理解できないのは、このような構成を「良し」とした番組スタッフの感覚です。

世界的に有名なアスリートをスタジオに呼んでおきながら、別のアスリートを主軸にしたVTRを2本も準備。
ー誰も「失礼」だと考えなかったのでしょうか?

「これから」を聞くと宣伝しておきながら、今後について一切質問せずに2018年以前の話ばかりさせる進行台本。
ー誰も「おかしい」と感じなかったのでしょうか?

宇野選手と同時期にサッカーの長谷部誠選手も引退を表明されましたが、スタジオに長谷部さんを呼んで本田圭佑さんや三浦知良さんとのエピソードばかり聞いて近年のブンデスリーガでのエピソードや今後の予定をろくに聞かないなんてこと…ありえますか? それぐらい失礼で不自然な構成だったのに、誰も止めようとしなかったことが怖いです。


20歳男性の頭を撫でる行為には不快感を感じる層も


そもそも日本テレビは宇野選手の引退報道において、羽生選手が宇野選手の頭を撫でたり、写真撮影時に笑顔を促そうと頬をつねったりしている映像を最もたくさん流した放送局でした。
ースタッフはあれを「微笑ましいシーン」だと本気で思っているのでしょうか?

今春、岐阜県岐南町町長のハラスメント報道で”「頭ポンポン」はハラスメントか否か?”は各種メディアでかなり話題になりました。「部下や同僚の頭を触る行為はパワハラやマウンティング行為を想起させ、不快に感じる人がいるかもしれないと想像する人は誰一人いなかったのでしょうか?

平昌五輪当時でも、あの行動にやんわり苦言を呈した番組出演者は複数いました。一般視聴者の間でも「ライバルへの敬意に欠ける失礼な行動」との批判が相当数あったのに、この映像・写真を頻繁に使うメディアが多いのは納得がいきません。

あれらの行動を宇野昌磨さん本人が受容していたとしても、あのような場面を不快に感じる層は確実に存在するのです。二人が笑顔でいるシーンなら他にもあるのに何故あれを使い続けるのか。平昌五輪時に何度も流したから&「微笑ましいと感じる層」がいるからーというのを理由に、「不快感を強く感じる層」を無視しないでほしいです。


オウンドメディア「トヨタイムズ」の力


引退記者会見は「自社メディア」で


過去に宇野昌磨選手に関する報道について不満を感じたことが多々あったため、私は引退会見で話した内容がテレビ局側に都合のいい部分だけを切り取られ、都合のいいように報道されるのではないかと強い不安を当初抱いていました。

その不安を軽減してくれたのは、宇野昌磨さんが所属する「トヨタ」のオウンドメディア「トヨタイムズスポーツ」での配信で引退記者会見を行うーという発表でした。

平日の14時台という時間ながら、会見中の同時接続者数は一時1万1千人を突破。私も配信を見ていた一人です。

会見映像は様々なWEBメディアに提供され、各社が時差配信を実施。引退会見フル動画の総再生数は5月末時点でおよそ20万回に達しています。(youtubeのみ&ダイジェスト動画は除いた数値です)


トーク番組風会見は「前代未聞」?


会見前半は宇野昌磨選手の紹介VTRを上映したり、戦歴表を見せつつトヨタイムズキャスターと二人で話したり。和やかな「トーク番組」風スタイルに「前代未聞の新しさ」を感じた記者もいたらしく、こんな記事まで出ていました。

「金屏風と大量のマイクがセッティングされた会場に選手が現れ、大量のフラッシュを浴びる中マイクを片手に引退理由を語り、涙をこぼす」というパターンを予想していたのでしょうか。

私はトヨタイムズスポーツの企画を何度も見ていましたから(所属スポーツ選手たちの企画が結構面白いです)、おそらくキャスターさんとのトーク形式で進めるだろうし、宇野昌磨さんのキャラから言って笑いもある明るい会見になるだろうと予想していたので、一部メディアの驚きように逆にビックリ。

まぁ私も配信終盤の「スクショタイム」の導入までは予想していなかったので、そこはかなり受けましたが(笑)


不安だった質疑応答リスク


配信の後半には、通常の記者会見と同様に質疑応答タイムがありましたが、私は会見前日に下記のような不安を自分のサイトに書いていました。

フィギュアスケートという競技のことをろくに知らない記者さんが混じらないだろうか?質疑応答の際に、彼の引退会見なのに別の人を主軸にした話題に持って行くための誘導質問をしたり、ゴシップネタ狙いのゲスな質問をしたりしないか?
<中略>
引退理由の説明や質疑応答内で現状の採点ルールやシステムに触れた場合、その発言が変に曲解されて内外に広まらないかーもちょっとだけ心配です。

下記の筆者投稿記事「明日の会見が、ちょっと怖い」からの引用

宇野選手が出場した昨秋のNHK杯は、異常に厳しい採点があり世界中の関係者から問題視されました。試合後の宇野選手の発言を「採点批判」をしたかのように報道するスポーツ紙もあったので、引退会見時の言葉を拡大解釈して「引退の引き金は採点への不満」と書き立てるメディアがないか心配だったのです。

(それが実際の引退理由ならばよいのですが、彼は一貫して採点への批判は口にしておらず、今年の世界選手権前に撮影されていたインタビューでも採点システムやジャッジへの不満が引退理由ではない旨を明言しています)

※NHK杯の採点についての詳細はこちら。


巧妙だったリスク回避策


しかし「トヨタイムズスポーツ」は、私が案じていたリスクを次々に回避していきました。

中でも、宇野昌磨選手の昨年9月のインタビュー動画を前半で流したのは「さすがだな」と思いました。

「表現を頑張っても現状の採点システムでは点の伸びしろに限界がある。それでも表現に力を注ぎたい」という主旨の発言は過去にもしています。現行ルール批判に受け取られかねないリスクがあることを「今の彼」ではなく「過去の彼」に語らせたことで曲解されるリスクを防げた気がします。

そして、「今の彼」は「ジャンプ・スピン・ステップ等を自由に入れ込んだ自分自身が楽しく挑めるプログラムを作ることへの喜び」を明るく語ったので、彼が今後目指す方向性がポジティブなものとして伝わったように思います

集まった記者も「バンキシャ」的な方が多かったようで、別の人を主軸にした話題にするようなしつこい誘導尋問やプライベートネタの質問もなく、会見は和やかに終わりました。ファンとしては深堀りして聞いてほしいところもありましたが、過不足のない説明がされて大満足の会見配信でした。


今後の視聴者は「報道を審査する側」


それでもその後の報道の中には、納得のいかない切り取り方&まとめ方をした番組や記事は散見されました。

しかし、会見の全編はネットで公開されています。違和感を感じたら元の発言・元の映像をいつでも確認することができます。つまり、私達は「どのメディアが会見内容を適切に伝えているか」「どのメディアが恣意的な切り取り方をしているか」を自分で判断し、「受け取るべき情報」を取捨選択できます。

「トヨタイムズスポーツ」配信内の「スクショタイム」で撮った画像

今まで不本意な報道の数々に悔しさを感じていた者にとっては、これはとてつもなくありがたいことです。記者たちと同じ情報を同時に得ることで「情報を待つ側」から、「メディア報道の妥当性を審査する側」に回れたからです。

不満を感じる報道は私が予想していたよりは少なく、会見内容にプラスアルファの情報をつけ、素晴らしいまとめ方をしていると感じた地方放送局の企画や活字メディアは想像以上に多数ありました。日本のメディアの中には頼もしい記者やディレクターさんもこんなにいるんだーと思わせてもらえたのは収穫だったと思います。

マスコミを介することなく事業者が直接情報発信をする「オウンドメディア」提供コンテンツが、今後既存メディアのカンフル剤になることを願います。そして「自分たちが作り上げたいストーリー」を重視するあまり、他者へのリスペクトを見失っているメディア関係者には、「自分たちが今、一般視聴者にどのように見えているのか」に気づいてほしいです。



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