不可測的な状況でも生きていく力
この3000年ほどで地球上に人間が作り上げた文明や技術が発達していき、現代はとても生きやすい便利な世の中になりました。程度の差はあれど、今地球上で生きている人間のほぼ全員がこれらの恩恵にあずかっているのではないでしょうか。
しかし、便利な反面、生物としての人間の観点が損なわれやすくなっているのも事実としてあります。
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もしエレベーターが止まったら階段を登っていけるか
もし電車が止まったら歩いて目的地に行けるか
もし飲食店が廃業したら日々料理はできるか
もし不作になったら食べ物を食べずに生きていけるか
平和な世の中に身を置くとこれらのことができなくなってしまうのではないでしょうか。人間は頭脳を発達させることにより、生存競争で生き残り、力では勝てない相手よりも有利な立場に立ってきました。これらの便利さも、全て人間の頭脳によって発明され、生産、流通してきたものです。
しかし、状況が変われば、それらが安定して供給している法則も変わってくるのではないでしょうか。
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今ウクライナでこの状況と似た人々がいます。同じ地球で起きている以上、自分が住んでいる地域で同じことが起こる可能性があることも認識しておく必要があります。特に、日本は豊かで発展した国なので、人々は日々便利な物に囲まれて、不便を全然感じずに生活できているのではないかと思います。日本もロシアの隣国である、という地政学的側面だけでなく、いつでもどこかで何かが起こる、といった不可測的なことを個人の単位で考えづらくなっているのが現状です。
今起きている円安や徐々に大きくなっている食糧危機などが、これから先もっと大きくなってしまう可能性があります。僕は、それらが起きた時にどう生き延びるかを常日頃考えていく必要があるのではないか、と思っています。
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例えば、(極端な例にはなってしまいますが)もし食べる物がなくなったらどうしましょう。
食べ物を探しつつ、しばらくは食べずに生き延びていくしかない。場合によっては今まで食べることのなかった昆虫などに手を出す可能性もあります。
そのような状況に置かれた時に有効なのは、一日三食食べていた健康的な食習慣よりも、たまに断食をしてオートファジーを働かせていた経験なのではないでしょうか。断食は栄養失調や骨粗鬆症などの病気になるリスクがあるからやるべきではないという医者もいます。しかし、それはあくまで世の中が平和であることが前提で、飢餓の局面に遭うリスクについては考えられていないと思います。
もちろん健康であるべきだし、病気にはなりたくないです。その観点では考え方は一致していますが、僕は目の前がどんな状況に陥ってでも、生き延びていきたい、という思いがあります。だから毎日の16時間断食や年に一度の3日間断食を行っています。
食べ物以外でも、日々エスカレータやエレベーターではなく階段を使ったり、電車やタクシーではなく徒歩で移動してみたり、日々小さいながらに運動をする習慣をつけることで、いずれ危機的状況に直面した時に、大きな差になると思っています。
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人によってどの考えを支持するかは異なるし、僕の考えを押し付けるつもりはありません。そもそも人はそれぞれ違う遺伝子を持っているし、体型も異なります。なので、その人にはその人にあったものを採用すべきだと思います。
でも、僕はどんな状況でも生き抜いていきたいし、誰が何を言おうがそのための準備は怠りたくないので、この生物としての人間という立場を忘れずに日々を過ごしていきたいなと思っています。
仮に、目の前に火星人が現れても。