「面倒くさい問い」は、すり替えてしまえ!
ふだんは行く先々で出合うものすべてについて、直感的にぱっぱっと感じたり判断したりする。
相手をよく知る前から好きか嫌いか決められるし、なぜと理由はわからなくても、初めて会った人が信用できるかできないかがわかる。
(『ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか?』より)
『ファスト&スロー』を読んだ感想、第9回です!
第1回:人の意思決定プロセスは、2種類ある
第2回:「瞳孔」を手がかりにする心理学
第3回:2種類の「注意力」
第4回:「言霊」と「笑う門には福来たる」の科学的根拠
第5回:「ウソ」を信じ込ませる方法
第6回:「因果関係」の杜撰さ
第7回:僕たちは早とちり
第8回:過剰に器用な脳
きのうのnoteでは『レベル合わせ』と『メンタル・ショットガン』という、2つの人間の情報処理について書きました。
きょうはそれに関連した『置き換え(sub-stistution)』という情報処理について書いていきたいと思います。
置き換えとは一言でいうと『本来受けていた、答えるのに難しい質問を、自分の頭の中で簡単な質問に変換して答える』という操作のことを指します。
本中では、もともとの答えるべき質問を『ターゲット質問』、代わりに答える簡単な質問を『ヒューリスティック質問』と呼ばれていました。
答えるのに難しい問いを、自分でも答えられるように簡単な問いにするのは、脳の一種の戦術です。
では具体的には、どのようにしてぼくたちは『置き換え』を行っているのでしょうか。
本中の図を引用します。
『ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか?』より
左がターゲット質問(本来の質問)、右がヒューリスティック質問(変換された簡単な質問)です。
たとえば、一番上のターゲット質問、『絶滅危惧種を救うためにいくら寄付するか?』という問いに対して、瞬時に適切な金額を答えることは難しいです。
しかし、そこでヒューリスティック質問、『瀕死のイルカを見かけたらどんな気持ちになるか?』という問いに置き換えれば、その問いに対しては、比較的簡単に誰でも答えることができます。(たとえば悲しい!など)
それを踏まえたうえで、言ってしまえば、『絶滅危惧種を救うためにするべき寄付額』と『瀕死のイルカを見かけたときになる気持ち』は直接的には関係ないのですが、無理やり結びつけることで、『悲しい気持ちになるからたくさん寄付しよう!』みたいな、(安直な)結論を出すことになります。
右欄の質問は左欄の質問からたやすく思いつくし、答えるのも容易である。
瀕死のイルカや金融詐欺に対する気持ち、自分のいまの気分、候補者の政治的手腕の印象、大統領のいまの人気などは、すぐに思い浮かぶことだろう。
ヒューリスティック質問は、難しいターゲット質問に対しても、すぐさま答を容易してくれる。
(『ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか?』より)
しかもやっかいなのが、ぼくたちはこの『置き換え』という操作を、無意識的に行っているということ。
脳内で質問を簡単なものにすり替えていることにも気づかないし、本来答えるべき難しい質問に対して、実は答えていないことにも気づいていません。
もうひとつ、本中の実験を紹介します。
実験参加者の学生には、次の2つの質問に答えることが要求されました。
①あなたは最近どのくらいしあわせですか?
②あなたは先月何回デートしましたか?
この実験を考案した人は、仮説として①と②の答えに高い相関性が出ることを期待していたそうです。
たくさんデートした人は、自然と幸福度も高いだろうと。
しかし、実際には①と②の数値に、相関性は全く見られませんでした。
①で『しあわせですか?』と聞かれたときに、実験参加者は『先月どれくらいデートしたか?』という質問に意識的に変換したわけではなかったのです。
全くの別物と捉えて、回答していました。
そして、実は一方で①と②の聞く順番を入れ替えて尋ねた実験参加者のグループもあったのです。
つまり、最初に『あなたは先月何回デートしましたか?』と聞いて、その後に『あなたは最近どのくらいしあわせですか?』と尋ねるという順番です。
すると、2つの質問の答えの相関性は、1つの実験グループと全く違うものになりました。
最初に『あなたは先月何回デートしましたか?』と尋ねると、2つの回答の相関性がとても高くなったのです。
つまり、これらの結果から導きされれるひとつの結論は、実験者が思っていたほど、実験参加者であった学生にとって、デートが学生生活の中心的な存在ではなかったということです。
だから最初に『あなたは最近どのくらいしあわせですか?』と聞かれた1つ目のグループでは、デートの回数としあわせ度合いに相関が見られませんでした。
そして2つ目の結論は、最初に『あなたは先月何回デートしましたか?』と尋ねた2つのグループでは、実験参加者が『置き換え』を行っていたということです。
デートの回数を答えた記憶が残っている状態で、幸せ度合いを聞かれて、『うーん幸せの度合いなんて答えるのは難しいなあ。あれ、でもそういえばさっきデートの回数について答えたな。自分ってもしかして幸福度高い(低い)んじゃね?』と、『デートの回数』と『自分の幸福度』と結びつけました。
「最近しあわせか」というのはひんぱんに自問するようなことではないし、簡単に評価できることでもない。
適切に答えるためには、たくさんのことを考え合わせなければならないだろう。
だが、デートのことを質問されたばかりの学生は、あれこれ考える必要がない。
すでに彼らは本来訊かれている質問の代わりに、答が用意されている質問に答えたわけである。
(『ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか?』より)
時と場合によって、こうやって置き換えを行ってパッとそれに近い結論を出してしまったほうが、てっとり早いこともあります。
しかし、じっくり考える余裕があるときや、真正面から向き合うべきだなと判断した問いに対しては、パッと答えを出すことが難しくても、腰を据えて向き合い続けていきたいですね。