『コミュニケーションを増やすことによって栄えた人類はコミュニケーションの増やしすぎで亡びる』
「中途半端に終わったものは記憶に残りやすく、逆に『終わった、解決した』と感じたものはすぐに思い出せなくなる」という心理的現象があり、この現象は発見者の名前からツァイガルニク効果と呼ばれています。
TVのCM等で、盛り上がったところでやめ『続きはwebで』と言ったり、クイズ番組等で『正解はCMの後で』やったりするのはこの効果を使って、記憶に残りやすくしようとしているのです。
この間、ある有名事件に関する報道や記事を調べていたのですが、裁判で刑が確定するとその後の報道がほぼゼロになり、誰も話題にしなくなりました。
刑が確定することで『終わった、解決した』と感じ、ツァイガルニク効果によって興味関心が薄れ、思い出されなくなったのでしょう。
しかし実際はその事件の背景にあったと思われる社会的問題は残っていますので全く終わっていませんし解決もしていません。
ところで、このようなツァイガルニク効果が起こるのは、脳がそのリソースを節約するために『今後必要がないと判断された記憶は検索や想起をされにくくする』という仕様になっているからです。
そして、脳はできるかぎり節約したいと思っていますので、脳内会議で『いや、まだ本質的な点で終わっていない…』という声が出ても無視されがちです。
つまり、社会的な問題がなかなか解決しないのは『我々の脳がそのリソースを節約しようとしているから』も原因の一つです。
しかし、リソースを節約することはとても大事です。そうしないと不必要な情報の検索や想起が、必要な情報の検索や想起を邪魔してしまいますから、これをやめさせるわけにはいきません(そもそも、脳の仕様を変えることは今のところできません)
そこで人類は言語や文字を発明し、身体以外の媒体による、情報の保存と検索及び他者との共有ができるようにしました。そしてその解決策はある程度成功し、さまざまな問題を人類は乗り越えてきました。
しかし、そういった身体以外の媒体による情報処理を飛躍的に高めるメディアやネットが発明された現代社会においては、上記のように逆に問題解決が阻害されています。
ひょっとすると、これは『ある特徴によって栄えたものは、その特徴を伸ばしすぎた結果、その特徴の負の側面も拡大し、滅びる』という歴史で良くあるパターンかもしれません。
恐竜は体を大きくすることで栄えた結果、その体を維持するカロリーをとれない時代を乗り越えられず滅びました。
また、ローマ帝国は領土を拡大することで栄えた結果、その領土内の反乱を抑えられなくなって滅びました。
人類は身体以外の媒介による情報処理によって栄え、そういった媒介の情報処理能力を高めすぎたことによって、大量の情報の取捨選択を常に迫られるようになり、その結果、捨ててはならない情報も『終わった、解決した』と判断して捨てざるを得ないので、問題解決能力を失い滅びるのではないでしょうか?
じゃあどうすればいいんだ?という感じですが、冒頭のツァイガルニク効果にあるように未解決の問題は印象や記憶に残りやすいですから、『どうしたらいいのでしょうね…』という中途半端なところで、この投稿を終わります(笑)