主人が酒宴でもらったモノ 狂言柑子 壱
和ろうてござるか〜
主人と太郎冠者二人が橋掛かりを通って本舞台へ
主人は常座で名乗り
シテの太郎冠者で主人の後ろに座ってござる
このときまだ太郎冠者は別の部屋などで控えている設定でござる
主人は前夜酒宴にお呼ばれして
その途中お土産に何か貰って太郎冠者に預けてござる
それが何かは忘れたけれど
まず太郎冠者を呼び出して訊いてみようと呼ぶ
太郎冠者に訊いたれば
隣の部屋で饗応されてずいぶんお酒にも酔っていて
何を預かったか忘れたと答えまする
想い出すよう主人に云われ
考える太郎冠者
実は何かはよう覚えているのでござる
それは三つ成りの柑子でござった
主人は預けたつもりでござったが
太郎冠者は自分が貰ったモノと思うて
三つとも食べてしまったのでござる
言い訳得意な太郎冠者の真骨頂
わずか数秒で言い訳を思い付くのでござる
主人も三つ成りの柑子であったと思い出し
太郎冠者に出すよう迫ると
ちょっとお話を聴いてくださいと
前夜の帰り道を振り返りまする
大事なお土産の行方
滅多に無い三つ成りの柑子なので大切に手に捧げて
お帰りのお供をしておりましたれば
門を出る間際に一つ(柑子の)ホゾが抜けて
門の外に向かって転がって行ったと
その転がる柑子に声を掛けたと申しまする
驚く主人「して、何と声を掛けたぞ」
太郎冠者「ヤアヤア、こうじ門の出でず、と云う。やるまいぞ、やるまいぞ」
と云うたそうでござる
これは狂言得意の秀句でござる
好事門の出でず、悪事千里を行くと云う諺をもじったものでござる
すると
太郎冠者の言葉を聞いた柑子は葉を立てて留まったそうでござる
ホゾが抜けた柑子は役に立たないと判断した太郎冠者は
皮を剥き、中の白いスジまで取って、食べたのでござる
主人に預けたモノを食べるということがあるか!
と叱られまするが、まあ食べてしまったものはしょうがないと許され
残った二つを出すよう云われまする
すると
さきほどの振り返りに戻り
今度はホゾが抜けて落ちないように懐に入れて
再びお供をしていたれば
道すがら何やら懐が冷たくなったので探ってみると
太郎冠者「イヤ申し、大事なことがござった!
例の長束の大鍔に押され、一つ潰れました!」
主人「南無三宝!して何とした」
主人が驚き尋ねますれば
太郎冠者は懐から取り出し皮も白いスジも取らず
「ただ一口に〜食べました」
主人はまた叱るものの
やはり食べてしまったものは仕方ないと許し
残った一つを出せと申しまする
さて最後の一つはどうするのか
続きは次回の講釈にて
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