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桶川さんぽ!入魂式の神社

東和銀行のATMを出て
きゅう中山道なかせんどうを眺め 振り向くと

市神社の跡

市神社いちがみしゃあと

桶川は 江戸時代の初めから中山道の宿場として
繁栄していました
また「五十ごとういち」と言って
毎月五と十のつく日
(五日・十日・十五日・二十日・二十五日・晦日)に
宿内の路上で米穀を中心に この地方一帯の
農産物の商取引が行われ大変賑わったと伝わります
そして
この市と宿内の人々を守る神様として祀られたのが市神社です
今から280年以上前に
この旧中山道と菖蒲街道しょうぶかいどう(現:稲荷通り)の三叉路の中央に
東南に向けて建てられていました
明治9年1876に交通の妨げになるとの理由で
近くの稲荷神社に移され
現在も八雲社として祀られています

昭和63年3月 桶川市教育委員会

それにしても
昔の桶川郵便局ってこの辺だったよなぁ?

さんぽ 地図

なんて思いながら歩き出す
信号機のある三叉路交差点を渡り
【稲荷通り】今日はここからSTAR

桶川さんぽ!

稲荷通り

このまま進むと国道17号
【北一丁目交差点】

途中右折しても稲荷通り

中山道桶川宿の街道筋から東側に
少し入った閑静な住宅街に

桶川寿おけがわことぶき稲荷神社いなりじんじゃは鎮座します

鳥居

稲荷神社 桶川市寿ことぶき2-14-23(桶川字欠折)

社伝によると 嘉禄年間1225-1227の創建で
桶皮郷
(現在の桶川市と上尾市にまたがる
地域に比定される)の惣鎮守として奉斎し
神体として宝剣を祀った

下って元禄七1694年に代官 南条金右衛門が
幕府に乞うて社地三反五畝3471.074㎡が除地として許された
その後 享保二1717年に
神祇管領吉田家から正一位に叙されたと云う
別当は 倉田村明星院の末寺であった南蔵院
『中山道分間延絵図』を見ると
当社から南西に六〇〇メートルほど離れた
桶川宿の東(現在の東1・2丁目辺り)に位置し
その開山 長祐は慶長十五1610年の寂である

拝 殿

『風土記稿』桶川宿の項によれば
当社のほかに 宿の鎮守 神明社
白山社も南蔵院の持ちであったが同院は
稲荷山 南蔵院 延命寺と号していたことから
当社とのかかわりが深かったことが推測されます

明治初年の神仏分離を経て
当社は明治六1873年に村社となり

明治九1876年に
現在の西1丁目から八雲社(市神)が
当社境内に合祀されました

一方 宿の鎮守であった字西ノ裏の
神明社は無格社となったため
明治四十1907年に
字西ノ裏の白山社・字浜井の若宮社
・字牛久保の稲荷社
三社の無格社と共に当社に合祀されます

白山社=神楽殿

この時 字西ノ裏から
白山社の社殿が当社境内に移築され
以後神楽殿に使用された このほかに
時期不明 当時の桶川郵便局の西隣から
浅間社も合祀されました

この浅間社せんげんしゃ昭和三十1955年ごろまで
旧地に
高さ二・七mほどの富士塚が築かれていました
この塚は 地元の富士講の人々が富士山に登拝の度に
黒ボク」と呼ばれる溶岩を一つずつ持ち帰り
これを積み上げたものでした
毎年七月一日には初山はつやまと称して
その 一年間に生まれた子供が母親に抱かれて
この塚に詣で額に神印を押してもらい
愛児の無事成長を祈願しました。

一間社流造いっけんしゃながれづくりの本殿は 文化十四1817年に
幕府御用大工であった江戸の立川小兵衛という
棟梁により造営されたと伝わる由緒ある社殿です

社 殿

昭和四十三1968年には氏子崇敬者の総意をもって
本殿の覆屋の解体復元が行われました

神仏分離の後 南蔵院は明治四年1871に廃寺となり
『郡村誌』の古跡の条に
南蔵院跡 竪六十一間・横十四間一分、
面積八百六十三坪、宿の東方にあり(中略) 
民有地となる」と記されています
(「埼玉の神社」より)

御祭神・宇迦御魂命うかのみたま
御神徳・五穀豊穣 商売繁盛

末   社・八雲神社 阿夫利神社 琴平神社 雷電神社  

御祭日・元旦祭(1月1日)
    春例大祭(4月上旬)
    祇園祭(7月15日・16日)
    秋例大祭(10月上旬)


まとめると!
稲荷神社は 近郷の氏子や崇敬者により
鎮守として祀られています
かつて この地は芝川の水源地帯で

高崎線の線路近くにあった湧水が中山道を横切って
この付近を流れ 一帯は豊かな社が広がっていました
創建は長承31134年とも嘉禄年間1225~1227ともいわれます
元禄61693年に桶川宿の鎮守となり
明治61873年に桶川町の村社となりました
約1,200坪の境内地には本殿 幣殿 拝殿 手水舎 

手水舎
社務所

神楽殿 社務所のほか

左から 琴平社 八雲社 阿夫利社

雷電社 琴平社 八雲社 阿夫利社が祀られています

雷電社

また かつての桶川宿の繁栄を偲ばせる
文化財なども大切に守られています
(桶川市教育委員会掲示より)
(埼玉県・桶川市掲示より)

力石ちからいしは 神社などの境内に置かれ
若者などがこれを持ち上げて力比ちからくらべなどをしました
稲荷神社の力石は
長さ1.25m 厚さ0.4m 重さ610kgの
雫のような形の楕円形で
力比べに使った力石としては
日本一重いと言われています

表面には「大般石」の文字と
嘉永51852年 2月
岩槻の三ノ宮卯之助がこれを持ち上げたこと
続いて ともに当時の桶川宿の有力商人であった
石主1名と世話人12名の名が刻まれています

三ノ宮卯之助(1807~1854)は
旧岩槻藩三野宮村(現越谷市)出身で
江戸へ出て勧進相撲をつとめ 江戸一番の力持ちと
評判の力士でした
三ノ宮卯之助の名がのこる力石は 埼玉県内の他
千葉や神奈川 遠くは長野や兵庫でも
確認されています
三ノ宮卯之助がこの力石を持ち上げた嘉永5年2月は
稲荷神社の大祭と考えられます
卯之助の怪力ぶりに 集まった観衆は大いに驚き
拍手喝采を送ったことでしょう
(桶川市教育委員会掲示より)

紅花商人寄進の石灯篭

稲荷神社拝殿の正面にある一対の大きな石燈籠です
かつて中山道の宿場町だった桶川宿は
染物や紅の原料となる紅花の生産地としても栄えました
この石燈籠は 桶川宿とその周辺の紅花商人べにばなしょうにんたちが
桶川宿浜井場にあった不動堂へ安政41857年に寄進したものです
明治時代となり神仏分離策などの動きの中で
やがてこの稲荷神社へ移されました

浄念寺 境内 不動堂

また 不動堂は現在 浄念寺境内へ移築されています

紅花商人石灯篭と拝殿

燈籠には計24人の紅花商人の名が刻まれており
桶川おけがわのほか 上尾あげお菖蒲しょうぶの商人の名前もあります
かつての紅花商人たちの繁栄を伝える貴重な文化財です
(桶川市教育委員会掲示より)

毎年 7月14日 夕方~
榮町祇園祭実行委員会・八雲祭典委員会
武州桶川宿本街保存会・相生祭典委員会
下日出谷御輿保存会 各会の輿こし

この稲荷神社境内に 一列に並び
宮司さまより入魂式が行われ
神輿みこしとなります
そして!
翌 15日と16日に桶川祇園祭おけがわぎおんまつりが開催されます

ここだけの秘密
武州ぶしゅう桶川宿おけがわしゅく本街ほんまち保存会ほぞんかい
山車・御輿庫は

山車・御輿庫

稲荷神社の裏横にあります・・

そしてこちら

中山道パーキング

そうだ!この駐車場こそ
元桶川郵便局の跡地でした🌟

桶川祇園祭おけがわぎおんまつり 本番 一週間前の
本街の山車!

武州桶川宿本街保存会の山車

雨除けのシートを纏った山車

同所 本街の会所

会所の骨組み出来ていました

旧中山道

きゅう中山道なかせんどうの提灯は
南は富士見通り交差点から
北は桶川市役所入口交差点まで続いています

桶川駅前交差点

4年ぶりに
凄い【密】になるのでしょうか?

桶川祇園祭
桶川市役所ギャラリーより
道路にガムテ

旧中山道にガムテ!祭りの賑わいを
予感させる【ばみり】だわ

【ばみり】とは
舞台上で役者の立ち位置や小道具の場所などに目印を付けること
 語源は「場を見る」という説もある
目印はガムテープや蓄光テープなどを使用するのが一般的
つけられた目印自体のことは「ばみり」という

Googleより

歩道や車道に何か書かれたガムテープ
これは
屋台や露店など出店の場所取りのマーク
ここは「245番 焼そば屋」が出店の意味

バナナ

チョコバナナでしょ?

レモネード?

「レモネードの剥き身が好きだった」?
「レモネード飲む君が好きだった」?
永遠の謎・・・やっくんの奥石川秀美さん

ケンちゃん的 手探てさぐり桶川グルメ

手打ちうどん松屋
店内

創業は太平洋戦争 前からと聞きます
80年以上続く 老舗うどん屋さん

もりうどん(並)

もりうどん
濃い目の醤油つけ汁に鶏肉が
サブマリンのように沈み
箸で持ち上げると結構大きい!
シンプルで 美味いんです
これで650円ってコスパ最高!

肉汁うどん(大盛り)

濃い目の醤油つけ汁に大き目な豚肉
この豚肉の甘みが旨味になって😝テヘ
THE・肉汁うどんは【武蔵野うどん
麺のよじれぷりがいい塩梅です

僕の中では チョイ
優しい方の【武蔵野うどん】

土曜・日曜は開店前から列ができる程
人気にんき10

住所:桶川市 寿1‐11‐18
営業日:火水木金土日 曜日
開店時間:10:30~13:30
定休日:月曜日
麺がなくなり次第終了
駐車場:中山道パーキングを利用
60分無料←時間帯により 変わります

ごちそうさまでした

いよいよ今週末は 桶川祇園祭!に
🎉来てくださいたま🎊

noteから嬉しいお知らせ

いつも見て!読んで!スキを押して頂き
🌟感謝🌟感激🌟雨霰🌟
これからもよろしくお願いします🙇

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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