新しい鼻緒が足にここちいい。太一のはずんだ息が白くぽわんと広がって、すんだ空気にとけていく。新しい年が明けて間もない朝。下駄の音が、カラコロとうれしそうに海辺の町に響いている。太一はおとなりの庭に飛びこんで、「レン兄ちゃーん」と大きな声を出そうとして、はっと息をのんだ。 椿の木の根もとに、一羽の鳩がおちている。 大きな赤い花がきれいな形のまんま、ひとつだけ、灰色のその小さな体によりそっている。とつぜん目に入ったその景色は六歳の幼い太一の目に、こわいというよりは美しい
小学校の下駄箱って、やっぱちいせぇな。 懐かしい昇降口をちらっと覗き、校舎のわきをぐるりとまわる。 埃っぽいグラウンドの中央には、高さ六メートルはありそうな竹のやぐらが組みあがっている。 「名前のご記入をお願いしまーす」 受付の人に声をかけられ、[生徒ご家族・六年二組]に名前を書く。と、エプロン姿のおばちゃんがびっくり顔でオレを見た。 「かっちゃんのお兄ちゃんの智己君よね? まぁ大きくなって」 う。このおばちゃんだれだっけ? ええと顔は分かるんだよ顔は。でも名前が。同じ登校
冬眠から目覚めたその美しいへびは、すぐに気がつきました。守り続けてきた小さな家の気配が、眠る前とは違っていることに。 その白いへびは、むかしむかし、とある川の神様として大切に祀られていました。祠のあるふもとの村は、たとえ大雨が降っても川が暴れることはなく、長いこと守られていたのです。しかし時がたつと村人の数は減り、神様の存在を言い伝えるものが少なくなりました。へびは少しずつ力を失くしていきました。 私は、用済みということか。 へびは初めて「怒
午後イチの古典の授業っていったら、そりゃあもう地獄っしょ。 始まってまだ十三分。どうあがいてもまぶたがくっつきそうで、俺はノートをとるふりをして、すでに六回はあくびをかみころしている。新学期早々、居眠りをするわけにもいかないし。 いや、まてよ。 眠気と戦おうっていう崇高な態度だからこそ地獄なのであって、この心地よさに身を任せてしまえば、まさにここは天国なんじゃないか? なんたって二年になって最初の席は窓際で、今日も心地よい春風が吹いていて、しかも右斜め前にはあのコが座ってい
六月半ばのある朝、月曜七時半。 眠気を吹き飛ばそうと、洗面台で顔をジャブっと洗う。上を向いた瞬間、鏡の中の俺の右肩あたりで何かがモニョリ、と動いたような気がした。 赤と白の、しましま? 何かいけない物を見てしまったような、イヤな予感がして眼鏡をかける。鏡の中にはボサボサ頭の俺。九百九十円で買った白Tシャツの右肩に、ちょこんと乗っているのは、小さい、じいさん。 じいさんっ? 推定身長十三センチ、年齢は……よくわからん。七十は優に超えてる?
小説 ああそうか。一年ぶりだ。 姉の家の玄関で、靴を揃えながら唐突に思い出した。あの日、おろしたての靴を見て、亜希ちゃんに似合ってる、と笑美子さんは言ったんだ。ひとり頷きながらゆっくり立ち上がると、 「家内の顔を見てやって」 次郎さんにうながされ、体が硬くなる。 私は、ご遺体をこの目で見たことがない。 「あ、はい。あの、手を洗ってきてもいいですか」 とりあえず洗面所に向かう。柔らかいタオルで手を拭くと、少し落ちつく。 「よし。だいじょうぶ」 鏡の中の私に言った。 リ
ご挨拶ペンネーム、はやの志保です。児童文学を書いています。 ぼちぼち、作品を公開していきます。 どうぞよろしく。