小説【ツイン・プログラミング】その1:「ニコのはじめての『Hello World』」
2020年6月
日本ではITが遅れているって言うけれど、そんなことはないと思う。
そう思ったから、わたしは今学校で義務付けられているプログラミング教育を熱心に受けているし、担任の先生たちもITに興味を持つ大人になってくれるよう指導してくれる。
とは言え、わたしは学校でやらされてる、scratchはあまり好きじゃない。だっていかにも教育用って感じがして、飽き飽きしちゃうんだもの。もっと大人達がやってるような、ゾクゾクするようなプログラミングを組みたいの。ケータイの画面に映った好きなものを指で当てるだけで画面がシフォンケーキみたいにフワッとなって買いたいものを買えたり、家電に言葉を話すだけでいつどこで何をすればいいのか学習してくれる、そんなプログラムを。
でもその夢は6月15日、まさにジェミニ生まれのわたしと双子の妹のキラの誕生日に叶いそうなの!
だって誕生日プレゼントに新型ノートパソコンを買ってもらうから!
わたしの名前は沢渡仁子(さわたりにこ)。妹の名前は綺蘭(きら)。双子はどこの家庭の子達も同じなのかもだけど、わたしたちは2人一緒に育ってきた。もちろん顔つきも体つきもほとんど一緒。見た目だけなら親ですら間違えられることが多いくらい。だからわたしは髪型をポニーテール、キラはツーサイドアップにしてる。でもその髪型をとくと、まるでドッペルゲンガーみたいにそっくりさん。さすがに自分が自分じゃなくなる感覚になるほどじゃないけどね。
わたしたち4人家族は、2年前までアメリカのサンフランシスコに住んでいた。わたしのパパはエンジニアさんなの。パソコンを使ってプログラミングをして、いろんなアプリを開発してきたのよ。今でもよくアメリカに単身赴任に行く。わたしは聞いたことがあるの。
「仕事って楽しい?」
するとパパは満面の笑みを浮かべながら
「そりゃ、夕食がM&M'sだったときと同じくらい楽しいかな」
その発言はちっとも楽しそうに思えなかった。プログラミングも、そのジョークも。でもそれは口だけで、本当はとっても楽しいに違いない。
だからこそおねだりしたの。小学6年生でMacBook Proを。
しかも双子揃って買ってもらえるなんて、嬉しいことこの上ない。
2人分の初期設定をパパにやってもらって、早速動作確認する。わたしは隣にいるキラに
「どっちが先に、『Hello World』ってブラウザに表示できるか、競争しよう」
と持ちかけた。
「負けて挫折して早速プログラミング嫌いになっても知りませんからね」
「言ってな。よーいドン!」
2人は、自分で言うのもなんだけど仲がいい。けど同じくらい、競争やケンカばかりしてる。時には両方ウサギになって両方カメになる。そしてわたしはアメリカンジョークを言うのも聞くのも大好きで、キラは皮肉屋。そーゆーところも似ているのだ。
わたしがテキストエディタに書く文字、と言うか言語はもう決まっていた。JavaScript。世界で一番シェアも人気も高い言語。HTMLみたいにマークアップじゃなく、れっきとしたプログラミング言語。
さて、2人揃ってテキストエディタのインストールから始める。それが終わった瞬間、わたしは素早くテキストエディタにこう書いた。
<!DOCTYPE html>
<html lang="ja">
<head>
<meta charset="UTF-8">
<meta name="viewport" content="width=device-width, initial-scale=1.0">
<title>初めてのプログラミング</title>
</head>
<body>
<script>
'use strict'
console.log('Hello World');
</script>
</body>
</html>
書いた……はいいけれど、ブラウザ上には何も出ない。どうして? 初めてのプログラミングは「Hello World」で、JavaScriptの場合はこれが一番最初の一歩って知っていたのに。
わたしは十数分悩んだ。けれど、キラの方はもっと苦戦していたっぽい。他のプログラミング言語をインストールしているみたいで、Macに付属してあるコマンドを操れるターミナルでしか目的の文字を出力できない。その間、わたしは検索して「これだ」と思うものを見つけた。
真っ白画面から右クリックで「検証」を押すと、ブラウザの右横に小さいバーが現れたので、そこに書いてある「Console」をクリックした。すると、わたしが書いた「Hello World」が出力されているじゃありませんか。わたしは「できた!」と声をあげると、キラは振り向き、こう答えた。
「ブラウザ上での出力ではないじゃないですか。あくまでコンソール画面じゃないですか。それは認められません」
「いいの! とりあえず画面上にうつせたんだからわたしの勝ち!」
「画面上にうつせて勝ちだというのなら、先にターミナルで出力できたわたしの方が勝ちです。負けを認めなさい」
「うるさーい!」
二人ともケンカになった。もうプログラミングどころじゃない。2人はお互い睨み合って、早速今日のプログラミング作業は二人揃って終わってしまった。
続く