#2 DHMモデルからプロダクト戦略へ
この記事は、NETFLIXで最高製品責任者(CPO)を務めていたGibson Biddle 氏によるプロダクト戦略に関するエッセイ、2. From DHM to Product Strategy の翻訳記事です。(翻訳許可取得済み)
※ ここまでのあらすじ:DHMモデルという、顧客の喜びから考えるプロダクト戦略の前提となるフレームワークを示し、必要な観点を紹介しました。(前回の記事はこちら)
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優れた戦略とは
DHMモデルを活用し、あなたのプロダクトやサービスの仮説を定義したあと、次のステップでは、「顧客の喜び (Delight)」、「他社が模倣しにくい点 (Hard-to-copy)」、「および利益の上がる仮説 (Margin-enhancing)」のそれぞれを組み合わせた、高水準の仮説を引き出します。
重要なのは、一つの戦略で、顧客の喜びと利益の両立、また、3つのポイントを網羅することが、優れた製品戦略の中心であるということです。
以下では、Netflixが15年間に渡って検討した10あまりの高水準の仮説と、それぞれの簡単な説明をします。結果として、これらの戦略の半分は失敗しました。しかし、成功した仮説の多くは、顧客の喜びを実現し、利益を向上させ、模倣することが困難なものばかりです。
1. パーソナライゼーション
現在のNetflixのパーソナライゼーションは、コピーが難しく、利益をより高める方法で、顧客に喜びを提供しています。20年以上にわたる改善で、おすすめのコンテンツから視聴される割合は2%から80%に増加し、ユーザーは好きな映画を見つけやすくなりました。
また、パーソナライゼーションにより、Netflixオリジナルコンテンツを視聴するユーザー数を予測できるようなりました。これにより、ビジネス側の動きをサポートし、Netflixオリジナルコンテンツへの投資を、適切に行えるようになりました。
2. シンプルであること
Netflixのリリース当初は、シンプルな使い勝手ではありませんでした。時が経つにつれ、シンプルな体験にしていきました。ユーザーが重視する機能を追加し、そうでない機能を削除することを学んでいったのです。
2018年の驚くべき事例として、映画レビュー機能を削除する決定が行われました。ユーザーはいつでも「再生」または「終了」をすばやく押すことができるようになったので、レビューは必要なくなりました。
3. ソーシャル
Netflixは「Friends」(友人の見た映画のレコメンドなどの施策) を6年間試しました。当時の仮説は、「友人が素晴らしい映画を提案するだけでなく、コピーが難しいネットワーク効果も築くのではないか」というものでした。しかし、この取り組みは有料会員の6%にしか使われなかったため、2010年に機能を廃止しました。
4. 独自の映画検索ツール
2005年のビジョンは、パーソナライズされた映画のプレビューが各メンバーのホームページで再生され、喜びと利益の両方を提供することでした。
しかし、その努力は失敗しました。ユーザーはプレビューを煩わしく感じていることに気付き、重要な戦略になることはありませんでした。
5. 価格とプラン
継続的なビジネスモデル実験の必要性を考えると、継続的な価格とプランのテストを行う必要がありました。
2018年Netflixの価格
6. 広告と中古DVDの販売
2006年、Netflixは2つのビジネスモデルの検証をおこないました。広告とDVDの販売です。どちらの事業も利益を生み出しましたが、当時利益の柱であった、DVDレンタル事業が利益率を高まってきたため、2008年には、広告もDVD販売も取りやめました。
7. 翌日のDVD配達
DVDが翌日郵便で届くことは、ユーザーの喜びに直結していました。Netflixでは、自動配送基盤を自社独自につくり、これを実現しました。ユーザー規模が拡大しても「翌日に届く体験」を高い再現度で提供するには、何年もかかりました。
8. ストリーミング
現代において、ストリーミング配信を行うことは、サービス戦略として明らかな成功ですが、当時 (2005年あたり)は、Netflixがいつストリーミングサービスを開始すべきか、そして自社でどうコンテンツを抱えるかも明確ではありませんでした。
今日の、ストリーミング配信を行うためのビデオ暗号化技術は、模倣するのがとても困難です。(視聴中のNetflixをスクリーンショットできないのはそのためです)
また、ユーザーは、いつでもどこでも映画をすぐに見ることが大好きなため、ストリーミング配信は非常に有効な戦略と言えます。
9. エンターテインメント
2005年、Netflix製品チームは自社のプロダクトについて『差別化されていない、いわば「(DVDの)自動販売機」になってしまっているのではないか』と心配していました。
そのため、(差別化のために) Netflixは「Max」(ゲーム機PlayStationのアニメーションホスト) をテストしましたが、実験は失敗しました。ユーザーの喜びは徐々に増加したものの、結果的には、かけたコストを上回ることはありませんでした。
また、「(DVDの)自動販売機」は「映画の楽しさを、手軽に」というブランドで、サービスを提供していた証でもあったので、チームの心配は杞憂に終わりました。
10. オープンAPI
2006年 にFacebook、LinkedIn、およびその他の企業がAPIを公開し、デベロッパーが彼らのサービスを使って、新たなサービスをつくりあげられるようにしたとき、Netflixも同じくAPI公開に踏み切りました。いくつもの周辺サービスが生まれ、プラットフォームとしてNetflixが大きくなることを意図していましたが、何も起こらず失敗に終わりました。一方で、その後、公開されたAPIはNetflixのデバイスエコシステム (TV, PCなどのさまざまなデバイスでNetflixを視聴できるシステム) の基盤となりました。
11. デバイスエコシステム
Netflixは、2007年1月にPCでのストリーミング配信を開始しました。Macでの配信も間もなく行われるようになりました。しかし、Netflixユーザーは、(PCではなく) テレビで、映画をストリーミングしたいと考えていました。
そのため、ハードウェアメーカーとのパートナーシップが必要でした。2008年後半に、XboxでNetflixが使えるようになり、その後、Playstation、Wii、Roku、Samsung、およびほとんどのDVD・Blu-rayメーカーで、Netflixを配信できるようになりました。
2012年までに、Netflixのハードウェアパートナーは、目標数を超えました。ユーザーは「いつでも、どこでも」ストリーミング配信を見てたのしめ、他社にはコピーが難しいネットワーク効果を作り出したのです。
12. 独占配信コンテンツ
DVDレンタルを提供していた時代、Netflixは「Red Envelope Studios」を介して、他社には配信できない、独占的なコンテンツを検証しましたが、Netflixが現在持っているユーザー規模ではなかったため、その努力は失敗に終わっていました。
13. オリジナルのコンテンツ
Netflixは、2012年に最初のエピソードTVシリーズ「Lilyhammer」をリリースしました。2013年には、「House of Cards」がヒットし、1億ドルの投資が報われました。
14. インタラクティブなストーリー
2019年、 子供向けの「choose your own adventure」を実験した後、Netflixは成人向けの、インタラクティブストーリー映画、Black Mirrorの「Bandersnatch」を公開しました。
※ choose your own adventure:自分で選択して冒険を進められる、Netflixの子供向けコンテンツ
※ インタラクティブストーリー:通常の映画のようにずっと視聴するのではなく、自分でエピソードの分岐点を操作する、ゲームのようなコンテンツ
この実験はまだ始まったばかりなので、その有効性を評価することは困難です。ただし、「The Unbreakable Kimmy Schmidt」のインタラクティブバージョンが間もなく発売されることは明らかになっています。
15. 高品質の映像とサウンド
Netflixが初期に学んだことの1つは、コア製品をより良くすることに集中し続けることの重要性でした。Netflixの映像と音声、両方を改善するための継続的な取り組みは良い例であり、これを行うために必要なテクノロジーは非常にコピーするのが困難です。
そして今日Netflixは、高品質の映像とサウンドを提供する、より高額なUltra HDプランを通じて、高い利益を生み出しています。
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上記のすべての取り組みは、模倣が難しく、利益を増やしながら、ユーザーのエクスペリエンスを改善したいという欲求によって動機付けられています。
以下では、DHMモデルに対する分析とともに、有効だった機能とそうでなかった機能の簡単な要約です。(「✔︎」は、目標を達成したことを意味します。)
このような、顧客に喜びを提供し、模倣が難しく、利益を高める戦略は、プロダクトの長期的な価値を大幅に高めるアイデアとなります。
Netflixにおける15のハイレベルなプロダクト戦略
Netflixが採用したプロダクト戦略
Netflixは、上に記載したすべてのアイデアを、検証することはありませんでした。Netflixは毎年約4〜6の製品戦略を採用し、2005年に取り組んだ重要な戦略は次のとおりでした。
・パーソナライゼーション
・シンプルさ
・ソーシャル
・利益の強化
・独自の映画検索ツール
・翌日のDVD配達
これらの取り組みにはそれぞれ、エンジニア、デザイナー、プロダクトマネージャー、データサイエンティストで構成される専用のチームが割り当てられていました。
プロダクト戦略をつくるためのエクササイズ
「1. DHMモデルとは」のエクササイズで行った、あなたのプロダクトが「どう顧客を喜ばせるのか (Delight)」「他社に模倣されにくくするか (Hard-to-copy)」「利益を生み出すのか (Margin-enhancing)」という仮説の中で、来年または再来年にテストしたい4〜6つの仮説は何ですか?
次のエッセイでは、2005年に実施した「6つのハイレベルの仮説を具体化して、首尾一貫したプロダクト戦略をつくる方法」を示します。
次の記事: 3. 戦略からメトリクス、戦術へ
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このシリーズの索引
0. いかにプロダクト戦略を定義するか
1. DHMモデル
2. DHMモデルから製品戦略へ
3. 戦略からメトリクス、戦術へ
4. 事業仮説を正しく測るプロキシメトリクス
5. 戦略を実現する施策の出し方
6. Netflixにおけるパーソナライズ戦略
7. 戦略からロードマップへ
8. 製品ビジョンを探索する強力なチームづくり
9. 組織のフォーカスを決めるGEMモデル
10. 戦略を議論する場の設計について
11. プロダクト戦略のケーススタディ:Chegg
12. プロダクト戦略作成の手引き