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ワインに深入りしないワインの話(17)~ 和食の最適伴走者・甲州種の底力
甲州は、地方名でありブドウ品種名であることは言うまでもないことですが、いまや世界のワイン愛好家が注目する品種となりました。
甲州種の魅力を一言で店番個人の見解を申しますと、和食との相性です。
そんなことならわざわざ書くまでもないのですが、真理とはえてしてシンプルなものです。
一言で済む中に複雑な事情も混在しています。
和食が洋食と甚だしく異なる諸点には魚介系の出汁(東南アジアに広く分布する魚醤やスペインのパエリアの下味に用いられる魚介のスープなどもあり、和食の専売とも言い切れないのですが)、生魚、味噌醤油がよく挙げられます。
店番はこれらのほかに、牛蒡、ウド、小松菜、ミョウガ、ニラ、蓮根、といったアクの出る強い繊維質の野菜の本性を活かしたまま(つまり苦味やえぐみをそのまま受容する調理法で)頂くことも特質ではないかと勝手に考えました。
以上のような和食の特性を一網打尽に引き受けてくれるのが清酒であり、清酒を出しておけば和食全般なんにでも対応できるのですが、ワインではどれか1つに相性が合ってもほかの科目は不得手ということが多くて、料理とワインの相性をうるさく言う評論家の跋扈を許す原因になっていました。
その点で、甲州は幅ひろく和食全般に良い相性を示します。
店番が20歳代のときに山梨県庁の業務に従事し、県庁の職員の方々と夕食の席で当然のようにワインが注文されることにいささか驚いたことを思い出します。
年の頃40から50歳台で、いかにも居酒屋に巣食うオヤジさんたちが、まさに大勢が入れ込みになって、日本中共通メニューである一般的な庶民の料理が並ぶごく普通の大衆居酒屋で、まったく相談も議論もなく至極当然の第一選択肢としてワインを注文していました。
銘柄や品種にかんする議論は一切なく、店員さんに「ワイン!」というだけで、一升瓶に入ったワインが運ばれてきて、地元の人たちは当然のようにそのワインについては一言も言及することなく、ガブガブと飲み干してはお替りしていました。
これこそが、酒類のあるべき姿と思います。
酒は主役になるべきものではなく、料理と会話を引き立てる脇役どころか黒子というのがはまり役だと思います。
べき論ではないので異論も結構ですが、そのほうが食事が楽しいのではないでしょうか。
ともかく、そのように地元ではまったく生活の一部として溶け込んでいる甲州ブドウのワインです。
甲州ワインも作り方はいろいろです。
土壌や気候もありますし、醗酵工程やタンクの材質にも左右されるのはどのワインでも同じことです。
甲州種のワインには、持ち味のえぐみを「じと~」と残しているタイプ(誉め言葉です)と、えぐみをそこまで感じさせることなくスッキリとキレイにまとめているタイプとがあります。
今回お届けするのは後者のタイプになります。
エレガンスを満面にたたえた気品のあるタイプです。
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木樽を用いずにステンレスタンクで醗酵していることも寄与しています。
色は薄くて頼りないのが甲州の特徴です。
香りも抑制的で、これといった芳香が元気に立ち昇るわけではありません。強いて言えばこのワインにはライチのような香りが感じられます。
1口目は、甘みのニュアンスを感じ、次いでフルーツを噛んでいるような瑞々しい酸味と果実味が現れます。
1口目で「あっ、美味しい!」と発してしまう味わいです。
そこに、こんどは甲州種特有の苦みが出てきて、いきなり複雑になっていきます。
苦味と同時にやや濃醇なアンズの熟したようなイメージも加わってきました。
さすが甲州とうならせたのは、醤油との相性です。
家庭の和食では、醤油を大量に用いた煮物だったり、あろうことか出された料理に自分で醤油をかけて食べるという作法が当然のようにあります。
欧州系ブドウ品種と醤油は基本的に相性があまりよくないのですが、甲州の場合には禁忌ではないどころか「良く合う」ところがまったく異なります。
冷奴におかかとポン酢、これが双方を高め合ってしまうのです。
法蓮草の胡麻和え、これにも合致します。
法蓮草のえぐみが甲州のえぐみと同士討ちして、両者が敗退するのではなく、双方がまったく新たな高みに至るアウフヘーベンの境地、日常生活において止揚を実感できる機会はそんなにないことで、ちょっと感慨深いものがあります。
キャベツの味噌汁には良く合うというのを超えて、ワインが太く逞しくなることが感じられます。
相互作用です。
蛇足ですが、大きなコンテストで「天ぷらに合うワイン賞」を受賞してるワインでもあります。
酒言葉=汎快