PMFへの第一歩: バリュープロポジション (フォーカスと再現性)
先日Atama Plusが51億円のシリーズBラウンド、CADDiが80億円のシリーズBラウンドの調達を発表しました。どちらも2018年にDCMからシード投資を行った企業です。2つの企業は創業から順調に事業を伸ばしていますが、共通していることがあります。
2社に共通していることはプロダクトローンチ前のシードラウンドと数十億円後半を調達するラウンドで説明されている「バリュープロポジション(value proposition)」が同じということです。
(↓のCADDiの今回のピッチデックのバリュープロポジション。これと全く変わらない実際のシード資料の数ページをこのnoteの中で添付します。それを見たい方はそのパートを是非)
「バリュープロポジション(value prop)」とは企業がユーザーに提供する価値を表したものです。僕が個人的にプロダクトローンチ前の企業に投資するときに最も気にするのがこの「バリュープロポジション」です。なぜならばそれがPMF(product market fit)に行けるかどうかの精度の高い予測となり、CADDiやAtama Plusなど"強い"バリュープロポジションがある会社は、ローンチ後も順調に伸び続けるからです。
一方創業時点でバリュープロポジションが確定していないケースも多いです。2018年にDCMからシード投資した10Xもその一社でした(DCMから2018年に3社に投資を行いましたが、それがAtama Plus, CADDi, 10Xで、それぞれシード投資です)。ただピボットをする中で、10Xもこのバリュープロポジションが明確になったタイミングがあり、それこそ PMFへの一歩手前でした。(10Xのこのタイミングのバリュープロポジションも後述します。)
(10XのCFO、山田さんのコメント)
この記事では、多くのスタートアップが強いバリュープロポジションを見つけられるように、前半では基礎となるバリュープロポジションとは何かとその作り方について、後半ではバリュープロポジションの判断方法を。やや発展編となる後半では、いいバリュープロポジションができたあとに重要になる"再現性"と"カテゴリークリエイション"について、記載したいと思います。内容が多いので、前半部分、後半部分で一息ついていただけたらうれしいです。(↓PMFって何って方はこちら)
1. バリュープロポジションとはなにか
バリュープロポジションとは、「誰が顧客」であり、その顧客の「ペインポイントは何で」、その顧客に対して「どのような価値を提供する」、「何で(製品カテゴリー)」、それは「どのような機能」によって成立しているか。それは「競合製品や既存のソリューションと比べて」どう違うのか、をシンプルに明らかにするものです。
テーマは「フォーカス」、シンプルで、具体的で、どの顧客が見てもわかりやすいものを作りましょう。
言わば、「うちの会社は何をやっていて、競合や代替手段と比べて、どうすごいのか」を具体的に書き下した会社のプロフィールのようなものです。そして後述しますが、「バリュープロポジション」はその後の会社の組織形態や開発ロードマップを決める、重要な地図になってきます。
ジェフリー・ムーアの「キャズム」にポジショニングステートメントが下記のように記載されています。新プロダクトをローンチする投資先や起業家の方にはよくご紹介しています。
「 (1) 」で問題を抱えている
「(2) 」向けの、
「(3) 」の製品であり、
「(4) 」することができる。
そして、「 (5) 」とは違って、
この製品には、「 (6) 」が備わっている。
(1) 現在使われている「代替手段」、
(2) ターゲット・カスタマーセグメント
(3) この製品のカテゴリー
(4) この製品が解決できること
(5) 競合製品
(6) 主な機能
"強い"バリュープロポジションを考えるのは簡単ではありません。セコイア・キャピタルのJim Goetzは「説得力がありユニークなバリュープロポジション」が投資検討時に最も大切と語り、また自身の起業体験を下記のように述べています。
「説得力がありユニークなバリュープロポジション(を考える)。」これがおそらく起業家にとって最も難しいチャレンジになる。Vital Signsを起業したときには90日間もかけて、共同創業者とともに、何が我々の「説得力がありユニークな」バリュープロポジションで、自分たちがその市場の中でどうポジショニングしていくべきか、を考えた。信じられないくらい難しい作業だった。
強いバリュープロポジションは何かしらの課題を解決するB2Bの企業では必須です。ただB2Cで一見課題を解決する企業に見えなくても、Facebookのように実は顕在化していない課題やニーズに訴求している企業が多いので、B2C企業の方も参考になるかと思います。また、スタートアップでなくても、新規事業、新プロダクトにおいては必要な考えになります。
ここから、"強い"バリュープロポジションの作り方、いいバリュープロポジションを判断する視点、バリュープロポジションの実例や大切さ、に触れたいと思います。
2. バリュープロポジションの作り方
2.1. 「ターゲットセグメント」
バリュープロポジションを考えるときは、まずはターゲットセグメントを考えることが大切です。そのときに大切になるのは「フォーカス」です。狭いけど大丈夫かなと思うくらいでいいと思います。
一番多い間違いは、「大きい会社を作りたいから、とにかく大きな市場 = セグメントを狙う」という発想です。大きなセグメントを狙うと、その中でのペインポイントやユースケースが違ったり、営業やマーケティング手法があったりして、結局は複数の「セグメント」が混在していて、実は一つの「セグメント」になっていないことが多くなります。
同じ「セグメント」、というのは、初期においては"同じ"ペインポイントやニーズを持ち、"同じ"機能でそのペインポイントを解決でき、"同じような"マーケティング手法でアクセスでき、口コミが効く集団です。セグメントを絞ることで、ペインポイントが鮮明になるだけでなく、マーケティング手法も研ぎ澄まされます。
大きな事業を作ろうとする起業家にとって、「セグメントを絞る」というのは直感に反する怖い作業かもしれません。でも結果それが成功につながってきているのが昨今のインターネット事業の特徴なのかもしれません。ハーバードの学生が最初のターゲットだったFacebook、レストランのレビューを書く27歳でサンフランシスコに住む人がターゲットだったyelp、米国西海岸のパロアルトという郊外に住む人がターゲットだったDoordash、それぞれ今からは考えられないくらいとても狭いセグメントからスタートしています。
先程のセコイアのJim Goetzの別の言葉です。
"We regularly see entrepreneurs come in and talk about billion-dollar market, its large TAM's and that's just not as interesting to us as the passion that comes from trying to solve a very specific pain point for a very specific customer. Focus, focus, focus."
「よく数千億円市場とか巨大な市場だとピッチする起業家が来るが、とても具体的に絞り込まれたユーザーのとても具体的に絞り込まれたペインポイントを解こうとする情熱に比べると、興味が湧かない。具体的に絞り込め。」
ただし、正しいターゲットセグメントとは唯一解ではないと思います。
Facebookはハーバードではなくスタンフォードからスタートしていたとしても同じ成功をしていたはずです。まずは正しそうで十分に狭いセグメントを選び、そのセグメントを"独占"するように、とにかく行動していくことが大切だと思います。
2.2 「ペインポイント」と「課題」
ペインポイントや課題はターゲットセグメントとセットで考えます。ペインポイントの深さによって、そのプロダクトがNice to have (まああったらうれしいかな程度)なプロダクトであるか、Must have (ないと本当に困る!)なプロダクトかが決まり、すなわち、売りやすさ、マネタイズのしやすさが変わってきます。
深いペインポイントがあるものはいくつかの特徴があり、その掛け算でペインポイントの深さが決まります。
a. 緊急性/必要性
「避けられない」課題こそペインポイントが強い課題です。緊急性と必要性、この2つがあるります。
緊急性とは"今すぐに"そのペインポイントを解決しないといけない、というものです。例えば昨年よりコロナによって突然リモート化が求められ、オフィスで働く人にとってはビデオ会議やワークフロー、コラボレーションツールが"今すぐ"必要になりました。また、事業者側ではオンラインチャネルの緊急性が急激に高まりました。その緊急性は例えば10Xが解決しているネットスーパーがいい例かと思います。
必要性は、法的に"必ず"行わないといけないことや、法制度が変わったことで"必ず"行わないといけなくなることです。freeeの会計、SmartHRの労務などは、「うちはやらなくてもいいかな」という会社はないはずです。
b. 経済インパクト
一度の課題による経済的な損失/利益もペインポイントの深さをよく表すということはわかりやすいかと思います。製造業への調達を行っているCADDiは一度のオーダーが大きく、CADDiを使うことの経済的なインパクトが大きいと言えます。
その他、採用なども成功/失敗した時のインパクトが大きい領域と言えると思います。
c. 頻度
また、頻度が高く訪れる悩みもペインポイントが深くなります。経済的なインパクトが大きくても、冠婚葬祭、不動産、金融機関の選択、個人の転職など人生で何度かしかないライフイベントはいくら面倒でもその面倒さは忘れてしまうかもしれません。一方で、freeeやLayerXのような毎日行う経理作業、CADDiが解決する毎日の調達業務は、頻度が高くペインポイントが深いと言えます。
このa.緊急性/必要性 x b.経済インパクト x c.頻度が、ペインポイントの深さを表現していると思っています。セグメントを絞ると"市場"が小さくなる感覚があるかもしれませんが、市場の大きさとは、ユーザー数だけでなく、ペインポイントの深さも重要になります。このペインポイントの深さを是非追求していただけたらうれしいです。
(↓マーケットサイズとは何かはこちらのnoteで)
ペインポイントを洗い出すときに、「XXしたい」というユーザーからの声をベースにすることは多いと思いますが、ユーザーが「あれがあるといいなあ」と言っていても、その裏側には大きな必要性がないケースも多いです。(大企業で一時的に特定のトレンドに予算がついているもの等)
その判断のためにも、ペインポイントも具体的に書ききりましょう。「DXしたい」は具体的とは言えないかもしれません。DXしたいとはそのセグメント、その業務にとっては何を意味しているのか、それは本当にmust-haveなのか。果たしてその「あるといい」はmust-haveなのか、nice-to-haveなのか、厳しく判断しましょう。
2.3. 価値と機能
そのペインポイントを解決することで提供できる価値、それを可能とする"機能"もバリュープロポジションのとても大切な要素です。
そしてそのプロダクトのコアになる"機能"は絞り込まれている必要があります。ユーザーの声を聞いていると、あれもあったほうがいい、これもあったほうがいい、という声がたくさん聞こえてきて、全て「改善要望」として開発しようとすることもあるかもしれません。ただ、豊富な機能が80点で作られているものより、一番大切な機能が120点である方がスタートアップにとって勝率が高いです(特にSMBやto C向けのプロダクトでは。)
何より大切なのは、その機能によって今までより10倍の価値が出せるか。そのためには絞り込みましょう。
Instagramの元になったプロダクト(Burbn)は写真編集だけでなく、チェックイン機能、将来どこに行くかの計画する機能、ポイント獲得機能、など多くの機能が盛り込まれていましたが、ピボット時に「写真編集」だけに絞り込みました。Airbnbも、当然いつかは必要になるはずの、決済機能も、日付指定機能も、地図もなくローンチしました。
ここでも重要なのは「フォーカス」。「ペインポイントを解決するために何が一番重要な機能」になるのか。「その機能が代替手段よりも"10倍の価値"」を提供できているか。その機能によって今までより10倍の価値を出すために、思い切って絞り込みましょう。
(↓機能やプロダクトについての記事)
2.4. 競合と代替手段
上述したペインポイントや、機能によって提供する"価値"は、現在どのようなツールを使っているかという相対的なものです。ペインポイントは今使っている(ないしはこれから競合が出す)プロダクトの改善で、一気になくなってしまったりします。
なので、競合製品、現在の代替手段は「絶対に甘く見ない」。とくに今使っている方法は、ユーザーが何年もかけて慣れて、企業向け製品では投資を行い、組織に浸透しているものです。それをさまざまな方面からの反対を押しのけて導入できるか。
例えば、「いまだにエクセルを使っている」という言葉をよくピッチデックで聞きますが、エクセルは最強です。全世界で最も使われているソフトウェアで、ほとんどのコンピューターにインストールされ、何億人もの人が何年もかけて使い方をマスターしています。一体どの機能があるからエクセルより便利で、エクセルに何年もかけて自分のスキルを習熟させ、業務を適応させてきた人たちを説得できるか、これが重要かと思います。
例えばエクセルのバリュープロポジションを書いてみますが、エクセルが起こしたイノベーションは言葉にはしづらいほど大きいです。
ターゲットセグメント: オフィスワーカーで計算を行う人
ペインポイント: 計算ミスが多く気づきづらくダブルチェックに多大なコスト。データ数が増加することで、必要な計算量も増加。
競合/代替製品: 紙と計算機
機能と価値: 「自動関数計算」、「コピーアンドペースト」、「やり直し」機能によって、一部の関数を複数セルに貼り付けandやり直しできるため、大量の計算と修正を瞬時にできる
カテゴリ: 表計算ソフト
2.5. (シード時の事例)CADDiのバリュープロポジション
ここからは実際の事例を記載します。そしてこちらがCADDiの”プロダクト開発前”のシードラウンドの資料で記載されているバリュープロポジションです。セグメントが絞り込まれ、価値と機能が具体的に書かれている好例だと思います。
↑「金属加工を専業としない」とターゲットにしない顧客を明らかにしている
↑「最初期は」とそれが今後そのセグメントが広がることを明示している
↑とてもシンプルなペインポイント
↑「CADの分解アルゴリズム」と「各加工会社のコスト計算」という2つの機能による自動見積りと事業者選定という価値。noteの最初に添付した通りこのページは80億円を調達した今でも変わらない。
ここまでプロダクト開発前にバリュープロポジションがクリアに表現され、今でもコアな部分が変わらないことは稀だと思います。ただこれが企業としてのCADDi、経営者としての加藤さんのすごさです。(この資料を作ったときCADDiは創業前で、加藤さんと小橋さんの2人だけでした。)
まとめるとこうなります。
ターゲットセグメント: 多品種少量業界メーカーで、金属加工を専業としない企業 (最初期は、シンプルな板金製品のみを対象とする)
ペインポイント: (顧客)高止まりするコスト、長いリードタイム、大きな調達管理工数。(サプライヤー)収益依存と赤字体質、長い非稼働時間、見積もり工数大
機能と価値: 「CADの分解アルゴリズム」と「加工会社のコスト計算プログラム」による、自動見積りと最適事業者選定
競合/代替製品: Faxとemailによる直接発注と、手計算による見積もり
カテゴリ: 受発注プラットフォーム
2.6. (ピボット時の事例)10Xのバリュープロポジション
10Xはピボットする中で"強い"バリュープロポジションを見つけた企業です。はじめはTabelyという献立提案からネットスーパーへの自動オーダーB2Cアプリを提供していたのですが、大手ネットスーパーから自社の独自製品としての展開の提案を受けるようになりました。そのときにB2CからターゲットセグメントをB2Bに変えて、既存の「機能」を使ってバリュープロポジションを書き直しました。それを記載すると以下のようになります。
ターゲットセグメント: オンラインECをはじめるスーパーマーケット
ペインポイント: ネットスーパー立ち上げにおける既存システムとデータベースとの連携や、スーパーの15000SKUというSKU多さによるUXの複雑さ
機能: 既存ネットスーパーシステムとデータベースのサイトコントローラーと連携API、商品を選びやすいモバイルアプリ
競合: SIer
カテゴリ: ネットスーパーシステム
これがクリアに明記できたとき、10Xは事業の成功への"確信"が一気に持てました。これこそPMFへの第一歩でした。
10Xのように、「ピボット(事業転換)」をした後に大きく成功する企業は少なくないです。10Xがそのピボットの好例だと思うのは「ピボット前における事業のバリュープロポジションを活用」しているからです。10Xが「Stailer」にピボットする前のコンシューマー向けアプリ「タベリー」は下記のとおりです。
ターゲットセグメント: 子育て、仕事等日々忙しい中で毎日自炊をするユーザー
ペインポイント: 献立を毎日考えることのストレス。買い物に行く手間の多さと、ネットスーパーで買い物をする際のSKUの多さとモバイルUXの悪さからくる買いづらさ。
機能: 既存ネットスーパーシステムとデータベースのサイトコントローラーと連携API、商品を選びやすいモバイルアプリ
競合: レシピ動画アプリ、スーパーでの買い物
カテゴリ: 献立アプリ
ピボット前のタベリーと、ピボット直後のStailerでは、顧客が全く異なりますが、ベースになる機能は同じです。このようにいいピボットとは、前の事業からの知識や開発した機能などの資産をうまく活用したものです。バスケットボールのピボットと同様、何かを軸足にして、転換するのがピボットです。
10Xは「機能」を軸足にしました。顧客を軸足にして別のペインポイントにピボットすることもあるかもしれませんし、同じ顧客とペンポイントを軸足にして違う機能、プロダクトへピボットすることもあるかもしれません。ただ、バリュープロポジションの全てを書き換えるというのは、ピボットとはまた異なり、再起業に近い意識で臨まないといけないかと思います。
ここで一息。
前半部を読んで頂きありがとうございます。DCMでは、毎月オフィスアワー(2021後半は毎週)行っています。CADDiや10Xなどバリュープロポジションを一緒に投資前から考えていくのがDCMのシード投資の特徴だと思います。
これから起業する方、バリュープロポジションを考えるタイミングにある起業家の方はぜひオフィスアワーでご相談下さい。
応募フォームはこちら。
3. 再現性(コンサル、受託、PoCからのプロダクト化)
ここでバリュープロポジションの「再現性」について触れたいと思います。セグメント、ペインポイント、すべて「フォーカス」することが大切と書きました。
もう一つバリュープロポジションで大切なテーマは「再現性」です。狭く絞りこみ、深く深く刺した価値と機能は、果たしてほかのセグメントや顧客でも「再現が可能」なものか。事業がスケールするかどうかの最初のテストになります。
Facebookはハーバードの学生から、全国の大学生、そして全世界の全セグメントへと拡大されました。Facebookの価値はすべての人に「再現可能」だったのです。
前述したCADDiは「最初期に」狙った板金から、加工種類を増加させていきました。それを示したグラフ(右側)がCADDi CFO芳賀さんのnoteに書かれています。
シード期に企んだ「最初期は、板金にフォーカス。そこから拡大」はきちんと実現され、CADDiの価値は板金以外でも再現可能だったのです。
10Xの例は、多くの大企業向けB2Bのスタートアップの参考になります。タベリーからStailerへのピボットのきっかけとなったのは、一つの超大企業からの受注でした。そこではもしかすると、「受託」で終わってしていたかもしれません。
ただ、10Xの矢本さんは見事に、それを「受託」で終わらせず、他の顧客のペインポイントにも再現可能な「プロダクト」に落とし込みました。その結果、新しい顧客への、営業にかかる期間も、システムのデプロイ期間も、時間を減るに連れ大幅に短くなりました。この「営業期間」「デプロイ期間」が「再現化」の一つの指標です。再現可能であれば、新たな顧客にアタックしても、本来はどんどん売りやすくなるはずなのです(過去事例による信頼が増えているから)。
コンサル、受託、PoCをやっていると当然顧客から強いニーズを感じます(そもそも特定の顧客のニーズに合わせているから)。ただそれがN=1からのニーズなのか、他社で再現可能なペインポイントなのか、そもそもプロダクト化できるのか。PMF(product market fit)のPは「プロダクト」です。ソリューションや提案が刺さっていることではなく、「プロダクト」が刺さっていることが大切です。
4. バリュープロポジションの評価方法/視点
さて、ここから後半戦です。僕が個人的にバリュープロポジションが強いかどうかを評価している複数の視点の一部を紹介します。おそらくこれが一番奥深いですし、常にアップデートしています。
4.1. ユーザーの視点
これは一番シンプルです。ユーザーの視点に立ち、どれだけ必要か、どれだけ自分の生活、業務が変わりそうか。自分がユーザーとして欲しいプロダクトを作る起業家はここの感度が高いです。どの機能が必要かがリアルにわかります。自分がユーザーでないならば、ユーザーの生活をリアルに理解し自分で再現できるため、とにかくユーザーインタビューを重ねることが大切かと思います。
4.2. 決裁者の視点
プロダクトを選ぶのは、実際に使うユーザーではなく、決裁者であることはB2Bではよくあります。そのときにはユーザーである担当者が決裁者に説明することになります。そのときに決裁者として"実際にプロダクトを触らないにしても"、ユーザーのペインポイントの深さが伝わるか、このプロダクトの解決のすごさがわかりやすいか、競合との違いが明確か、この視点で客観的に考えてみてください。
決裁者は概ね否定的です。「これ別に今使ってるXXでよくない?」これを跳ね返せるくらいの説得力が今のバリュープロポジションにはあるでしょうか?
4.3. 投資家の視点
スタートアップは事業、すなわち利益を生み出すビジネスを作るものです。そのため、お金になる。エコノミクスが成立するかは当然ですが事業成功の必要条件になります。わかりやすい例では、ペインポイントが深い課題に対する解決策を、"無料"で提供するなら、当然誰でも喜ぶでしょう。競合など気にする必要もないです。
ただ、それでは事業は成立しません。投資家の視点で"儲かりそうかどうか"を考えてみてください。(Googleのように実際に使うユーザーには無料でも、事業者という別のステークホルダーのマーケティングのリーチというペインポイントという価値を提供していて利益を得ているケースも多いです)。
4.4. 作り手、問題解決の視点
次にプロダクトを作る作り手の視点があります。どれだけ深いペインポイントで、この「機能」があれば、10倍の価値が出せると思っていても、作れなければ意味がありません。たとえば、出張が多く忙しいビジネスパーソンに対して、一瞬で移動ができる「どこでもドア」を作るといっても、そんなもの今は作れないことは明確です。いくらバリュープロポジション的には優れていても、開発できなれば当然意味がないのです。当たり前に聞こえますが、多くのプロダクト開発前の(特にエンジニアではない)起業家が陥る罠です。
また上記のように実現可能であることも重要ですが、「適度に難しい」ことも大切になります。なぜならば開発が簡単な機能はすぐに競合にコピーされるからです。開発に必要となる工数や難易度、開発期間は、まさに企業にとっての参入障壁になります。
10XはサイトコントローラーやAPIの開発に1.5年をかけました。CADDiも1年かけて自動見積り機能を開発しました。その1-1.5年の開発期間(さらにかなり優れたエンジニアがいないと作れない)を知っているからこそ、類似製品をローンチするとPRしている競合が出てきてもとくに慌てる必要はありませんでした。
4.5. 競合の視点
ここで想定するのは大手競合です。まず顧客に提供する「機能」が大手企業にとっては開発しづらいものがあります。それは大手企業には知見がない最新技術かもしれません。または、大手競合企業の組織的ないしは大規模投資をしたシステム対してコンフリクトになる機能かもしれません。大手企業はスタートアップに比べ開発予算も人的リソースも甚大なものがあります。その中で、スタートアップが「優れた」機能を提供できるためには、それなりの理由が必要になります。これ作られたら面倒くさいなと思えるかどうか。この視点が競合の視点の1つ目です。
また、2つ目の競合の視点として、前述したとおり"強い"バリュープロポジションのターゲットセグメントは狭すぎるのではないかというくらい絞り込まれています。大手企業がそれを見たとき、「大手である我が社には市場が小さすぎる」と思われたなら、大チャンスです。
そしてこの「技術」、「狭すぎるセグメント」が重なり合ったときに、イノベーションのジレンマでいう「最初はおもちゃだとして無視された市場」が生み出されるのだと思います。
4.6. 戦略の視点
優れたバリュープロポジションは具体的に絞り込まれています。逆の言い方をすると、「何をしないか」が明示されています。誰を狙わないか(CADDiの初期セグメントのように)、どのペインポイントは解決しないか、どの機能は作らないか、どの価値は提供しないか。
すなわち、事業と組織のリソース配分が明確になっています。リソースの配分とはまさに戦略。バリュープロポジションから戦略を考えたときに、どれだけ「何をしないか」がクリアになっているかは重要な観点だと思います。戦略とはすなわちトレードオフなのです。
これもよくあるバリュープロポジションの落とし穴ですが、それを実現するためには、あれもこれも開発もCSも何でもかんでも全部やらないといけないというケースがあります。プロダクト開発前のスタートアップにそんなリソースはありません。
4.7. 文章の視点
これはわかりづらいかもしれませんが、"強い"バリュープロポジションというのはビジネス文書として極めて具体的で、それがビジネス文書の優秀さを表します。これこそ僕が実は一番重要視していることだと思っています。誰が読んでも「解釈の余地がない」、具体的でシンプルな文章。顧客が読んだら瞬時に理解され、ペインポイントに共感を生み、機能に興味を持たれる、説得力のある内容。
DXの推進、コミュニティの熱量など、聞こえがいい顧客への価値やペインポイントはあると思います。ただ「価値/ペインポイント」と「機能」は表裏一体。はたしてその「価値/ペインポイント」を聞いたときに、誰でもクリアにどの「機能」を作るべきかが想像できるか。バリュープロポジションを極限まで"具体的に"、"成否が客観的に計測可能なレベル(これが重要)"で言語化できているスタートアップはかなり少ないと思っていますし、これこそ成功への重要なステップだと思います。(なので僕は個人的にビジネス文書に対して経営者が敏感になること、そのトレーニングを追求することを推奨しています。Amazonや有名投資ファンドなどはそれを研ぎ澄ませている企業たちです。)
以上いくつかの視点を書きましたが、その他にもバリュープロポジションの質を判断する方法があります。もしバリュープロポジションの判断に悩んでいる方がいたら、ぜひ毎月行っているDCMオフィスアワーにご応募ください!応募はこちら!
5. 書き換え続けるバリュープロポジション
PMFは一度見つけても終わりじゃないように、バリュープロポジションも一度策定したら終わりではありません。新たな顧客セグメントに行ったとき、新たな機能を開発するとき、それぞれ新たなPMF、バリュープロポジションが必要になります。異なる顧客セグメントは、異なるペインポイントを持ち、したがって異なる機能が必要になります。セグメントを変えると競合も変わります。中小企業に刺さっていた機能だけで、大企業の要件を満たすことを多くはないです。
例えば、10Xは特徴として、最初の顧客から同じセグメント、業界の別の大手企業へと展開していっています。顧客が大手企業になると、細かいニーズや要件、使っている既存システムが変わってきます。そのため"ホールプロダクト(一部の機能ではなく、業務で必要になる全ての機能を提供する)"であることが求められます。10Xもいつからかバリュープロポジションが"all-in-oneソリューション (1つで何でも対応するソフトウェア)"と書き換えられ、ホールプロダクトに進化することで、さらに強いバリュープロポジション、強いPMFを得ることができました。これはエンタープライズ(大企業)向けの特徴かと思います。10XだけでなくCADDiも、大企業向けに再現性を増やすために、徐々にall-in-oneへと進化しています。
それでは最初からホールプロダクト、all-in-oneを作ればいいのでは、という考えも出てくるかもしれません。ただし、すなわちそれは開発が必要になるシステムの数が激増することになり、開発可能なのはそれなりに資金力と開発人員がいるタイミング。起業時点でホールプロダクトを目指すのは難易度は高いのではと思います。
そして、バリュープロポジションは「相対的なもの」です。新しい競合がでてきたとき、新しい技術が出てきたときなど、環境が変わると顧客が持っているペインポイントや、必要となる機能も変わります。FacebookはPCベースでスタートしましたが、グローバル化の中で多言語展開と競合変化、PCからモバイル化、というセグメント増加、環境変化の中で、鍵となる機能を変えていきました。
バリュープロポジションの書き換えとは、まさに競合に対するmoat(競合優位性)を築く作業です。今出てきている競合に対しても、これから出てくるからしれない競合に対しても、常に「XX(競合)に対してXX(機能、価値)があるからうちのプロダクトがいい」と言える状態を作っていくように、書き換えていく必要があるのだと思います。
6. (value propの進化の先)カテゴリークリエイション
そのようにバリュープロポジションの説得力と独自性を極限まで強め、競合と比べて唯一無二なポジショニングを築いた企業はどのようになるでしょうか。
最初に書いたバリュープロポジションの要素の中に「カテゴリ」があります。そのカテゴリは、例えばCADDiでは受発注プラットフォームだったり、その他企業では会計ソフトだったり、ワークフローだったり、SNSだったりします。
その業界での圧倒的な存在感がある企業/製品はそれがそれ自体でカテゴリとなり、他と比べられることがなくなります。LINEのことをメッセンジャーと呼ぶ人はいないでしょうし、メルカリをフリマアプリと呼ぶことももうないと思います。どちらも、LINE、メルカリです。Facebook、Uber、Airbnb、SmartHR、なども同じだと思います。 テクノロジー企業だけではありません。コカ・コーラ、カップヌードル、レッドブルも同じです。製品でなくても同様に、誰もディズニーランドをアミューズメントパークとは、M-1の事をお笑い賞レースとは言わないし、オリンピックのことをスポーツの世界大会とも言いません。
ここで「新たな唯一無二のカテゴリ」となるまで認知されると、サービスやプロダクトが「動詞化」したりします。Googleのググる、Zoomのzoomする、メルカリする。検索する、ビデオ動画する、ネットで売る、それぞれもう動詞化しています。
また、唯一無二の存在になると他のサービスの説明をするときに、「XX版」「XX向け」という言葉で語られたりします。「オフィス向けLINE」、「企業向けFacebook」、「XX業版ラクスル」。CADDiの初期は「製造業版ラクスル」と呼ぶ人もいましたが、今では逆に「XX業版のCADDi」というサービスが多く出てくるようになりました。
ここ注意したいのは、この「カテゴリ」は会社が決めるマーケティングメッセージではなく、ユーザーが決めることということです。ググる、zoomすると言い始めるのもユーザー。Uberが他社に御社のサービスをXX版Uberって呼んでくださいと啓蒙しているわけでもないです。その説得力がある唯一無二のポジショニングがそうさせているのです。
7. 企業/事業の地図としてのバリュープロポジション
ミッション、ビション、バリューが組織の地図、だとしたら、バリュープロポジションは企業と事業にとっての地図です。
ここまで読んでいただいた通り、まず、必要な機能によって開発のロードマップは変わります。また、ターゲットセグメントによって必要となるセールスやマーケティングが変わります。例えば大企業をターゲットにしたときに必要になる営業チームと、SMBをターゲットにしたときの営業/マーケチームは全く異なってきます。そして提供する価値によって、プロダクト型の企業になるのか、セールス/Biz dev型の企業になるのかが大きく変わってきます。
それによって、バリュープロポジションを変えることで、採用方針や採用ターゲットが変わり、資金のリソース配分が変わり、経営陣に求められるスキルと組織のDNAも変わり、事業の優先順位を変えることになります。だからこそバリュープロポジションを自信を持って策定しておくことは重要だと感じていますし、それによって組織をアップデートしていくことが大切になります。
8. まとめ
ここまで書いてきたとおり、バリュープロポジションは、まずは思い切ってフォーカスして絞り込む。それが将来的なPMFの強さと成功に繋がります。それはシード期であろうと、ピボット時であろうと、同じ作業になり、ユーザーの本当のペインポイントを洗い出してバリュープロポジションを修正していきます。
PMF後も、新たな顧客開拓、環境の変化、競合状況に応じて、書き換え続けていくことが企業の競合優位性を生むことになり、バリュープロポジションの書き換えとは組織のアップデート、戦略の優先順位の変更を伴います。
もしバリュープロポジションの策定で悩んでいる起業家の方がいたらぜひDCMのオフィスアワー、壁打ちセッションでお会いしましょう!お気軽にお申し込み下さい。(応募フォームはこちら)
また、今回ご紹介したCADDi, 10X, Atama Plusは見事に強いバリュープロポジションを見つけた企業です。スタートアップの転職先としては本当におすすめです。その他にも、DCMの投資先は以上の観点でバリュープロポジションを厳しく判断し、投資後も磨き続けていますので、ぜひ転職にご興味ある方はコンタクトいただけると幸いです。
それでは日本から強いバリュープロポジションを元に永続する企業が出てくることを祈っています。