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脳表に未知の層が存在!!! (Science, 2023)
1. 概要
2023年の年明け早々にScienceから驚きの論文が発表されました!
脳表は脳表は硬膜・くも膜・軟膜の3層からなると言われてきましたが、なんと、その間に第4の膜(SLYM)が存在するというのです。
脳外科医として手術で何度も見てきましたが、そこで見えていなかったものが存在したとは驚きです。
未来の教科書に掲載されるかもしれませんし、臨床応用や創薬の可能性についても大きなインパクトを持つかもしれません。
Twitterでの反響も大きかったため、論文を読んでまとめてみました。
Møllgård et al. ” A mesothelium divides the subarachnoid space into functional compartments” Science. 2023 Jan 6;379(6627):84-88. doi: 10.1126/science.adc8810.
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adc8810
凄い!!!
— 河野 健一 世界初の脳手術支援AI開発 CEO 脳外科医 (@CeoImed) January 9, 2023
「脳表に今まで知られていなかった層が存在!!!」
(Science、2023)
・ 脳表は硬膜・くも膜・軟膜の3層からなる(今までの常識)
・ SLYMという新たな層があることを発見
・ 免疫細胞が存在し、髄液と静脈の交通がある
手術で必ず見ていた場所だけに驚きですhttps://t.co/cKrG1sabYm pic.twitter.com/1l95AK5673
私は基礎研究の知識・経験は乏しいため、臨床医の立場からざっと読んだまとめとなります。
間違いなどあれば、noteもしくはTwitterのDMなどでお知らせ頂けると嬉しいです。
2. 本論文の要旨
3つのポイント
・ 脳表は硬膜・くも膜・軟膜の3層からなる(今までの常識)
・ SLYMという新たな層があることを発見
・ 免疫細胞が存在し、髄液と静脈の交通がある
臨床応用の可能性
・ 中枢神経系感染症、アルツハイマー病(認知症、脳の老化)、多発性硬化症などの多様な疾患が、SLYM 機能の異常によって引き起こされるか悪化する可能性がある
・ 脳への薬物および遺伝子治療薬の送達がSLYM機能によって影響を受ける可能性がある
3. 脳表の構造
脳表の基本的な構造についてお伝えします。
![](https://assets.st-note.com/img/1673275809878-DwYgli07d7.png?width=1200)
今までの解剖学的知識として、頭蓋骨と脳の間に3つの膜があります。
・ 硬膜(Dura mater)
・ くも膜(Arachnoid mater)
・ 軟膜(Pia mater)
硬膜はその名の通り、硬い膜で1mm弱の厚さがあり、手術でもメスを使わないと切ることができません。
くも膜と軟膜は硬膜よりずっと薄く、細いセッシ(ピンセット)で簡単に破れてしまいます。
くも膜と軟膜の間に脳脊髄液(CSF)と言われる水のような液体があります。
臨床でこれに関連した事例を出すと、例えば頭蓋内出血は3つの膜で分けられた部位によって、以下のように分類することができます。
硬膜外 血腫
硬膜下 血腫
くも膜下 血腫
脳内 出血
3つの膜で4つの領域に分割されるので、4つのタイプの出血に分類されます。
4. 論文概要
a. 著者
12人の著者で、筆頭著者はKjeld Møllgårdさん(コペンハーゲン大学、デンマーク)です。11人はコペンハーゲン大学所属で、last authorはロチェスター大学(US)のMaiken Nedergaardさんです。
筆頭著者でcorresponding authorでもあるMøllgårdさんは何と80歳でした!
医師でも80歳で活躍されている方はいますが、このように最先端で活躍されている方(脳科学者)は凄いですね。
![](https://assets.st-note.com/img/1673367402493-yGBR9GwUBb.png?width=1200)
b. 新たに発見されたSLYMとは
Subarachnoid lymphatic-like membraneの頭文字を取ってSLYMです。
直訳すると、「くも膜下リンパ様膜」でしょうか。上図のようにくも膜と軟膜の間にある薄い膜です。厚みは細胞1個〜数個分ということでとても薄いです。平均約14 μm(0.014 mm)です。
(→ SLYMがどれくらい薄いのか、なぜ今まで見えなかったのか?について、次のnoteで検討していきたいと思います)
![](https://assets.st-note.com/img/1673282819188-j5FAmVFnzn.png?width=1200)
このSLYMによってくも膜下腔が綺麗に2分されているのが論文の図2Aで分かります(図はここに掲載できませんので、興味のある方は原著を参照して下さい)。
マウスで機能を含め色々と調べられていますが、人間にも存在することを示されています。
機能としては、免疫系、脳脊髄液流路、老廃物除去などのプロセスに関わっていることが示唆されました。
c. SLYMの発音
脱線しますが、SLYMを何と発音するか気になっています。
普通に考えるとスリムとなりそうですが、スライムと発音したくもなります。4文字なのでエス・エル・ワイ・エムはなさそうです。
この論文の著者の1人 Moriさんから「スリム」と呼んでいるという連絡を頂きました!
関心を持っていただきありがとうございます。共著者のひとりです。私たちは「スリム」と呼んでいます。
— Yuki Mori PhD (@YukimoriUCPH) January 10, 2023
d. SLYMの臨床における重要性
SLYMは「きれいな」脳脊髄液と「汚れた」脳脊髄液を分離しているようです。この観察結果は、中枢神経系からアルツハイマー病やその他の神経疾患に関連する有毒タンパク質を洗い流すことに関与し、SLYMの機能不全により、疾患が進行する可能性を示唆しています。
SLYMには免疫細胞が集まっており、中枢神経系の感染防御にも寄与している可能性があります。
因みに脳にはBlood Brain Barrier(BBB)と呼ばれる血液脳関門があり、循環血液と脳神経系の物質輸送を選択的に制御する機構があります。これにより、髄膜炎などの感染症に対しては、BBBを通過しやすい抗菌薬を選んで使用する必要があります(「髄液移行性の良い薬」などと言ったりします)。
e. 今後の研究
この基礎研究を継続してSLYMについてより多くの情報を得ていくと同時に、臨床応用への研究も色々と出てくることが期待されます。
脳の手術ではこのSLYMを自然に通るため、倫理委員会や同意書など正しい手続きの下、SLYMを採取することができ、機能評価や免疫細胞の定量評価などができれば(細胞数個分の厚みなので難易度は高いかもしれません)、将来の患者さんを助けるための手がかりになるかもしれません。
f. 最後に
改めて凄い発見と思います。脳外科医として何度も見てきた場所にこのようなものがあるとは驚きました。
続報や派生・応用研究に期待したいと思います。
まだ論文の細かい部分は読めていませんので、適宜、補足していきます。
コメントなどありましたら、お気軽にお願いします。
間違いや補足事項などありましたら、DMなどでお知らせ頂けましたら幸いです。
お読み頂き、ありがとうございました。
5. 出典
原著論文
Møllgård et al. ” A mesothelium divides the subarachnoid space into functional compartments” Science. 2023 Jan 6;379(6627):84-88. doi: 10.1126/science.adc8810.
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adc8810原著論文に対するScience News
"Newly discovered anatomy shields and monitors brain"
https://www.sciencedaily.com/releases/2023/01/230105151355.htm原著論文の紹介1(脳表の図はこの公開サイトから取ってきています)
https://bigthink.com/neuropsych/shield-around-the-brain/