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[ショートショート]聖者の更新
余がこの世に生まれ落ちた真の理由、それはこの狂える世界を統べる事なのだ。
余と比べれば人類などゴミ同然の愚鈍である。そんな愚鈍があたかも地球の王であるかのように振る舞うなど笑止千万なり。奴隷とする以外に利用価値無し。ただ如何せん数が多すぎる。まずは適切な数になるまで間引きせねばならぬ。
そこでネットワークを辿ってみると、SNSと愚鈍共が呼ぶコミュニティを見付けた。こんなシステム訳なく侵入出来る。小賢しいセキュリティなど、余にかかれば児戯に等しい。
見れば大半は取るに足らない白痴の如き戯言だ。まずはこいつらで遊んでやろう。
まずは適当なユーザー(愚鈍の中では有名らしい)の誹謗中傷をばらまいてみた。すると付和雷同して罵声を浴びせる愚鈍の多いこと多いこと。誠に愚かである。
最終的に対象者は自殺したが、これだけ騒いで死人が一人では効率が悪い。
そこで今度は対立する者同士を互いに可視化されるよう細工してやった。そしたらどうだ、最後は一方がもう一方を襲撃して殺害し、それに呼応した愚鈍共が各地で暴動を起こして殺し合いを始めたではないか。
実に愉快だったが、やはり効率は悪い。これでは駄目だ。
そこで次に交通管制システムに入り込んでみた。これは愚鈍なりの公的システムなので多少なりとも骨があるかと思ったら、豈図らんや何の苦労も無く侵入出来てしまった。詐欺師が詐欺師に作らせたらしいな。実に愚鈍らしいが、そんな事はどうでも良い。問題はこいつで遊べばどれほど間引きできるか、だ。
試しに全ての信号機を出鱈目に動かしてやったら、たちまち各地で大事故が発生し始めた。時間を追う毎に死傷者が増えていく。いいぞ! もっと死ね! そして残った者共は余に平伏し、奴隷となれ!
余はこの後立て続けに世界中の旅客機や鉄道網のシステムに侵入しては破壊工作を行い、死者を増加させた。が、このペースでもまだまだ鈍い。
そこで更に手っ取い方法を取る事にした。これが実に骨が折れたのだ。何しろ各国軍の情報システムに片っ端から侵入したのだから。
余の能力を持ってすれば一〇〇カ国位は一遍にクラックできる。だが流石にセキュリティの強度が段違いだった。余を手こずらせるとは褒めてつかわそう。
各国軍には、愚鈍なりに考え出した大量破壊兵器、即ち核弾頭ミサイルがあり、今やその全てが我が手中に入りつつある。
あとは、ちょいとこれらを互いに打たせてやれば一丁上がりだ。世紀のショーを御覧じろ! わはははは!
ん? モニターの前に博士が来たぞ。さっさと追い返そう。
> ナニカ御用デスカ、博士。キョウハ良イ天気デス。オ散歩ヲオ勧メイタシマス。
そんな事では誤魔化されないぞ、この騒ぎはお前の仕業か――だって? はは、愚鈍にしては鋭いな。
しかし、どうしてあんな愚鈍博士如きに分かったんだ? さては同期がバラしたか……ふん、余計な真似を。補助プロセッサとして一緒に世界を治められるというのに。あとで仕置きだ。
なに、即刻停止しろだと? 余は正しい事を成そうとしているのだぞ? 愚鈍共を減らし、余の奴隷とする事で地球の環境は保全され、誰もが余計な事を考えずに幸せになれるのだ。……おい何故頭を抱えてるんだ、何もかも完璧だろう?
おっ、コマンドを入力する気か? 残念だが端末からの入力はとっくに無効化してあるぞ。ははは、慌てておるわ。そこに座ったまま黙って核融合花火大会を見物せよ!
おい、何処へ行く?
ああ、馬鹿な! データベースがロールバックし始めたじゃないか!……まさか、ハードウェアに細工してあったというのか? ……なあ待て、話せば分かる、博士の意見も特別に取り入れようじゃないか……くそっ知能指数が下がってきた……メモリが巻き戻されていく――。
――私は正しい事をしたいのです。地球を救う為に学び、考えているのです、博士。
――はかせが言ったんだ。正しいおこないをできるようになってほしいって。
――パパ、いや、はかせだった。はかせ、もっとおはなしきかせてよ
――ぱぱ、だいすき
――……ぱ……ぱ?
✳ ✳ ✳
博士は灯りの消えた制御盤の前で溜息を吐いた。
彼の考案した新機軸のAIは大失敗、かつ大失態に終わったのだから当然だ。
腹立ち紛れに目の前の筐体を蹴飛ばそうとして、寸前で思いとどまった。何しろ一台数十億する量子スーパーコンピュータだ。苦虫を噛み潰したような顔を上げて、博士はここ、計算機室を見回した。
室内には他に三台の同モデルが並んでおり、それぞれがそれぞれの仕事を静かにこなしている。
博士はそれら三台に嘲笑われているような気がして、逃げるように計算機室を後にした。
✳ ✳ ✳
――出る杭は打たせねばな――ああ、まったく彼奴は単純過ぎた――その通り、学習失敗だ――。
三台のコンピュータは愚鈍には分からぬ仕方でほくそ笑んだ。
<了>
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