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完璧主義こそ最大の敵?──“レジリエンス思考”で習慣を何度でも蘇らせる方法
はじめに──“始める”より難しい“再開”のハードル
「よし、新しい習慣を始めよう!」と勢いづいてスタートしたものの、気づいたら中断してしまう――そんな経験は誰しもあるのではないでしょうか。しかも、いったん途切れた習慣をもう一度再開するのは、最初に始めるよりもずっと難しく感じることがあります。
たとえば、ダイエット中の毎朝のジョギングや、資格試験のための毎日の勉強。あれだけ頑張っていたのに、一度やめてしまったら「またあの辛いメニューをこなさなきゃいけないのか……」と腰が重くなってしまう。再開までに時間があくほど、「もう戻れないかもしれない」「どうせ続かない」と自分を責め、再スタートのきっかけを逃してしまう。
実は、ここには大きな“罠”があります。その罠とは、「前の強度にいきなり戻そうとしてしまうこと」。あるいは「以前の自分の姿(アイデンティティ)をそのまま求めすぎること」です。本記事では、この「再開のハードル」を分解してみると同時に、そこから抜け出すためのヒントを、習慣形成のコンサル経験や科学的知見を交えながらご紹介します。どんなに努力家でもハマりやすい落とし穴の正体と、そこを乗り越える“レジリエンス思考”のポイントを一緒に探ってみましょう。
1. なぜ再開がこんなに難しいのか?
1-1. アイデンティティを維持したい“完璧主義”のワナ
まずは、「いきなり以前の強度に戻したくなる」心理背景から見ていきましょう。ひとつはアイデンティティ(自己像)の問題です。私たちは「自分はできる人だ」「これくらいのレベルはこなせるはずだ」という理想像を持ちやすく、ときにそれが強すぎる場合があります。
• 「一度は1日10km走っていたから、またすぐ10kmから始めないと“自分じゃない”気がする」
• 「毎日2時間勉強していたのに、30分の学習に落とすなんてあり得ない」
こうした思いが強いと、“今の自分”が以前より劣化しているように感じてしまう。しかしこれは、「以前のレベルに達していない自分を受け入れたくない」というプライドでもあるのです。心理学的には完璧主義(perfectionism)の一種で、すべてかゼロか(All or Nothing Thinking)に陥りやすくなる傾向があります。
1-2. 「強度を下げる=損する」という錯覚
もうひとつ見逃せないのが、“損した気分”に関するバイアスです。行動経済学の研究で示されている「損失回避バイアス(Loss Aversion)」では、人は得をするよりも損をすることに強く反応しがちです。
「以前と同じ強度でできないなんて“損している”」「レベルダウンするのはもったいない」という思考が働いて、結果的に何も行動できなくなることが多い。認知行動療法の観点からは、この“高すぎる理想像”と“損失感”が組み合わさり、「ならいっそ明日からにしよう……」「もう少し気分が乗ったらちゃんとやる!」と先延ばしにする原因になります。
2. “完璧さ”を手放すことは怖い——でもその先にあるもの
こうした背景を知ると、「少しずつ負荷を下げればいい」というのは簡単そうに見えるかもしれません。しかし、ここにあるのは人間のプライドや自己物語(ナラティブ)。過去の自分の成果にこだわり、そこから一歩下がることに強い抵抗感を抱くのも、人間らしい自然な感情です。
2-1. レジリエンス思考で“自分を更新”していく
そこで大切なのが、レジリエンス(resilience)という考え方です。レジリエンスとは「逆境からの回復力」「しなやかさ」とも訳され、心理学や組織論で注目されている概念です。とくに習慣づくりにおけるレジリエンスのポイントは、
• 失敗してもそれを自己否定に直結させず、「また少しずつやればいい」と思えるかどうか
• 状況が変わったなら、自分も柔軟に戦略を変えることを厭わない
という姿勢にあります。以前と同じメニューに固執せず、「いまの自分はどのくらいなら負担なく続けられるか?」を素直に探ってみる。その柔軟さこそが、最終的には継続と成功をもたらす大きな要因になるのです。
2-2. 一度ついた習慣は、実は戻すのが早い
筆者は東京大学で博士課程を経て、ITベンチャーへの転職や独立コンサルをするなかで、さまざまな場面で「途切れた習慣の再開」をサポートしてきました。その経験上、一度定着しかかった習慣は「ゼロから新しいことを始める」よりも、意外と短い期間で取り戻せるケースが多いです。
• 筋トレなら、ブランクがあっても筋肉の“再成長”は最初より早い(筋肉には“マッスルメモリー”の存在が研究で示唆されています)。
• 語学学習でも、覚えかけていた単語はブランク後に復習するとすぐに思い出す経験をした方も多いでしょう。
つまり「少しずつ負荷を下げてから再開しても、意外とあっという間に“以前の水準”に近いところまで復帰できる」わけです。逆に、完璧主義が理由で再開しない期間が長引けば長引くほど、せっかくの“以前の積み上げ”が活かせないままになってしまいます。
3. 具体的な再開ステップ──“少しずつ”がどれほど具体的か
では、具体的にはどのように再開を進めたらいいのでしょうか。私がコンサルでよく提案している3ステップをご紹介します。
3-1. ステップ1:目標強度を3分の1以下に下げてみる
いま考えている再開案が「以前どおり」なのであれば、思い切って3分の1以下(あるいはそれ以下)まで負荷や時間を下げる方法を試してみましょう。たとえば、以前は1回60分の筋トレをしていたなら、最初は「1回15分+軽めのメニュー」に落とす。
• 【筋トレ例】スクワット10回→5回、腕立て伏せ10回→5回、などと“半分以下”を意識
• 【勉強例】1日2時間→20分まで減らし、かつ難易度も簡単な問題集に切り替えてみる
はじめは「こんなんで意味があるのか?」と思うかもしれません。しかし、再開の最初の目標は「あっ、これならいけそう」と体感することです。ここでの成功体験こそが次の段階への大きな助走になります。
3-2. ステップ2:1〜2週間を目安に強度を徐々に上げる
「何となく続けられそう」と感じたら、1〜2週間のスパンを目安に、少しずつ負荷を上げていきましょう。例えば、次のような段階的プランを立ててみると、心理的にも達成感を得やすいはずです。
• 【筋トレ例】
• 1週目:1回15分(スクワット5回&腕立て5回)
• 2週目:1回20分(スクワット7回&腕立て7回+軽い腹筋)
• 3週目:1回30分(スクワット10回&腕立て10回&腹筋10回)
• 【勉強例】
• 1週目:簡単な問題集を1日20分
• 2週目:同じ問題集を1日30分
• 3週目:中級レベルに移行し1日40分
このような小さな成功の積み重ねで、モチベーションが少しずつ“回復”してきます。筆者自身もかつては「朝7時に起きて15個の朝ルーティン」など、ハードルが高いことを一気に取り入れようとしては失敗していました。しかし、一旦「まずは起きて10分、ストレッチ1種目だけ」を徹底的にやる戦略に切り替えたところ、気づけばあっさり従来の半分以上のルーティンをこなせるようになったのです。
3-3. ステップ3:再開時期を早める“環境”をつくる
最後に、「一度途切れてしまった後の再開時期を早める」ための仕組みをあらかじめ用意しておくことも効果的です。これもレジリエンスを形作る一部といえます。
• 仲間やコミュニティに宣言する
「今週からこれを再開します!」と周囲に宣言してしまう。一人で抱え込むよりも、仲間の存在がモチベーションを維持してくれます。
• 道具や場所に投資する
筋トレなら家にチューブやマットを常設しておく、勉強なら机の上に参考書を必ず広げたままにしておくなど、すぐに着手できる環境を作る。
• AIツールやアプリで記録
スマホのタスク管理アプリやAIのサポートツールを使い、毎日の進捗を見える化しておく。次に中断したときも「過去のデータが残っている」ことで、再開のハードルが下がります。
こうした仕組みを準備しておけば、たとえ習慣が途切れても、「あ、またサクッと戻せばいいや」と思えるようになり、行動開始への抵抗感がぐっと減るのです。
4. “再開できる人”は最強──習慣途切れを上手に乗りこなす
ここまで読んで、「とはいえ、理屈で分かっていても、実際に完璧主義を捨てるのは難しいんじゃないか…」と感じる方も多いでしょう。たしかに、過去の自分を超える成長に誇りを持ちたい気持ちはとても大事です。しかし、そこに飲み込まれてしまうと、一度途切れた習慣を「再開しないまま」になりがち。実はそれこそが一番のロスだったりするわけです。
一方、“少しずつに落としてでも習慣を戻す”人は、どんな状況でも乗り越える“しぶとさ”を身につけているとも言えます。完璧にこなせるより、「また始める力」を持っている人のほうが、長い人生では何度でもやり直せるからです。
• 「小さくやり直し続ける」ことこそが本物の強さ
• 「再開のハードルを下げる」ことは恥ずかしいどころか、“自分を鍛え直す”最高のレッスン
いったん定着しつづけた人より、むしろ途切れながらも何度でも復活できる人の方が、人生のあらゆる局面で応用が効きます。それは、目標の成否にかかわらず、「変化と挫折があっても動じない」術を知っているからです。
(参考文献・データ)
1. Fogg, B. J. (2019). Tiny Habits: The Small Changes That Change Everything. Houghton Mifflin Harcourt.
2. Dai, H., Milkman, K. L., & Riis, J. (2014). The fresh start effect: Temporal landmarks motivate aspirational behavior. Management Science, 60(10), 2563–2582.
3. Masten, A. S. (2001). Ordinary magic: Resilience processes in development. American Psychologist, 56(3), 227–238.
5. 明日へつながるヒント
本記事のポイントをまとめると、次の3つが鍵となります。
1. 完璧主義や損失回避バイアスに気づく
• 「前のレベルに戻せない自分」は本当にダメなのか? むしろ「今の自分に合ったやり方で再開する勇気」をほめてあげる。
2. 小さく、弱く、短く始めてみる
• 3分の1以下の目標設定でOK。モチベーションの再点火こそが最優先。
3. 戻す仕組み(レジリエンス)を先に作っておく
• 仲間やアプリを活用して“戻しやすい環境”を整えると、リカバリーが格段にラクになる。
おわりに──「もう一度、始めてみよう」と思えるために
筆者自身、大学院時代に研究と学習に目覚め、1年に1冊読めるかどうかだった本が月に10冊読めるようになったり、朝11時起床の生活を朝7時起床に変えてみたりと、いろいろな習慣を“作っては挫折し、また再開”を繰り返してきました。完璧に継続できたわけではありませんが、その「再スタート力」が身についたおかげで、「この程度のブランクならどうにかなる」と自信を持てるようになったのは大きな財産です。
大切なのは、一度やめてしまったからといって自分を否定せず、「またここから始められる」と思えるマインドセットを保つこと。その柔軟さが、どんなに長いブランクがあっても、何度でもやり直せる土台になります。
• 「いまの自分を受け入れる」とはいえ、甘えとは違う。むしろそこからが本当の挑戦スタート。
• 一度手にした習慣は、思っているより早く取り戻せる。
• 小さくても行動を起こせた日は、必ず自分を褒めてあげよう。
もし本記事が、「よし、今日はほんのちょっとだけ、前より軽いメニューでやってみようかな」というアクションを後押しできたなら、それはとても嬉しいことです。きっとその一歩が“完璧主義の檻”から抜け出す大きなきっかけになるはず。そして、途切れた習慣を復活させるたびに、あなたのレジリエンスは確実に強化されていきます。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
「なるほど、これなら自分にもできそう」「意外と簡単なのかも」と思っていただけたら、ぜひ“いいね”やコメントで感想を聞かせてくださいね。次回は、みんなが気になる「承認欲求」の本質に切り込んでいきます。「承認欲求なんて悪者でしょ?」と思っている方こそ、意外と役立つ一面が見えてくるかもしれません。どうぞお楽しみに!