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「誰も分かってくれない」苦しみと孤独感からの解放の途

一人で辛さを抱えながら無理をして頑張り続けていると「誰かに気づいてほしい」「分かって欲しい」という欲求が沸いてきます。
辛い状態孤独と結びつきやすいです。普段以上に共感が欲しくなるのは自然なことです。
しかし自分が求めるものが満たされるべきだ、と考えてしまうと、現実との相違に二次的に苦しみます。

誰も分かってくれない、と悲観するよりも、相手との距離と返してくれた反応を受け容れて自分で自分に共感することで解放されましょう。


1.「誰も辛さをわかってくれない」時の心理

①自分の悩みはおかしい?間違っているの?

日常的な会話の中で、相手から「わかるよ」「私も」と言ってもらえると「同じだ」と分かって嬉しいし安心しますよね。
そういう経験があるからこそ、自分の悲しみにはっきりとした同意をもらえないと、自分の抱えている悩みや感情は間違っているものなのでは、他の人とは違うおかしなものなのでは、と考えて不安になってしまいます。

②私は周りの気持ちに共感しているのに

「返報性の法則」という心理の仕組みがありますが、必ずしも同じ形で・自分が想定したように返ってくるとは限りません。
普段から周囲の人の考えや感情に共感を示しているのに、どうして周囲は自分に対して同じことをし返してくれないのか、と考えてしまうことで、不満や孤独感を募らせてしまいます。

③他に分かってくれそうな相手が思いつかない

普段から相談事や愚痴を聞いてくれる相手が、誰にでも一人や二人いるでしょう。
例えば仕事上の悩みをいつも相談している同年代・同性の同僚に家庭での悩みをこぼしたとき、いつもと違う反応が返ってきて戸惑ったりします。
「いつもなら同意してくれるのに、今日はそうじゃなかった」という違和感が、相手への失望に変わることがあります。

2.「誰も分かってくれない」時の心の持ち方 3選

①相手・周囲との距離

中々人には話しづらい、だけど本当は聞いてほしい、分かって欲しい、味方になって慰めてほしい、という欲求が強くなりすぎると、自分と相手との距離感が近くなりすぎることがあります。

特に「この人なら分かってくれる」と強く信頼している相手に対しては、信頼の強さが相手には相手の思考と感情と立場と環境があることを忘れさせてしまいます。

どれだけ仲が良くても、境遇が近くても、今まで気が合って意見も合うことが多かった相手だとしても、自分とは別の思考と判断を持つ「他者」であることは忘れないようにしましょう。

②自分の期待と相手の反応へのズレ

「この人に話せば、きっとこんな風に言ってくれるに違いない」という予想は、自分の「分かって欲しい」欲求が強くなるほど「期待」になり、併せて相手への信頼も高ければ「そうなるべき」という思い込みにまで発展します。

しかし上記でも述べたように、相手には相手の意見も判断もあります。そしてその人が自立した大人であるほど、こちらの信頼も高まる分相手は自分の意見を伝えようとしてくれます。
すると「期待」と「反応」の間ズレが生じます。
ズレ、相違があって当然だ、と分かっていなければ、ガッカリした分相手への失望になり、場合によっては大事な人間関係に影を落とすことになります。

③頼り方が中途半端

「分かって欲しい」と強く望む感情とは、どちらかと言うと自分にとってもネガティブ寄りな感情であることが多いです。
ネガティブな感情は中々他者には見せづらいです。
見せづらいと感じる感情は、自分自身でもちゃんと受け止めきれていなかったりします。

その戸惑いが、自己開示を中途半端にしてしまいます。

聞いた相手からすれば、情報不足(ということも伝わっていない)の中で自分なりに共感や労わりの言葉を伝えているのかもしれません。

分かって欲しい、と強く思うなら、まずは自分で自分の感情を受け止め、理解し、場合によっては批判や反対意見を言われることを覚悟した上で全面的な信頼と自己開示を行いましょう。

3.誰も分かってくれない時の対策①:ズレを受け容れる

①相手にどんな反応を期待しているのか、を自己分析する

自分が他者にどんな反応を求めているか、だけでなく、「この人に話せばきっとこういう反応をしてくれるだろう」というのは何となく予想がつきますよね。
しかし自分の「分かって欲しい」度が強いほど、楽観的で自分の期待に寄せた予想をしがちです。
現実の相手の反応を見た時「あれ?」と思っても、そこで何かしらの判断(良い・悪い、正しい・間違ってる、好き・嫌い)をするのは、一旦止めておきましょう。

②相手の反応をどう解釈するか?

相手は相手なりの意見・思考・感情を持って発言したり行動をしている「他者」という存在である、ということはすでに述べました。
そしてその「相手なりの意見」の中には、「相手の中のあなた像」も含まれます。
今まで接してきた経験の中から、相手なりの解釈した「あなた像」に沿って反応を返してくれているのです。

「あなたならこう考えるのでは」「あなたならこれをすることが出来るのでは」「あなたはこういう言い方は嫌いだろうな」のようなものです。
それは相手なりのあなたへの配慮です。
その配慮込みの反応です。

③期待と反応が一致しないのは当たり前

誰かに気持ちを吐露する、ということは、受け止めて共感して慰めてもらう以外にもメリットがあります。
意見をもらえる、ということです。
言い換えれば「自分とは違う視点」を与えられること、自分一人では思い浮かばなかかった選択肢や選択肢へのヒントが得られる、ということです。

自分では思いつけなかったような視点や考え方は実はとても貴重です。
視野が広がれば悩みの持つ意味も変わり、自分が出来ることも増えるからです。

そして自分の期待(予想)と相手の反応がずれていればいるほど、大きなヒントを得られた、と考えることが出来ます。

自分の期待と相手の反応が一致しないのは当然、むしろ異なる意見は歓迎しよう、と考えていると、「分かってもらえない」ではなく「今後の参考」になります。

4.誰も分かってくれない時の対策②:「誰も」とは誰か?

①どのように辛さを伝えたか

誰かに自分の辛さを分かって欲しい、と思うところからコミュニケーションは始まっています。
コミュニケーションとは情報伝達で、情報交換です。
自分も相手も発信者で受信者になります。
自分の辛い気持ちを分かってもらいたい、というなら、「自分の辛い気持ち」がメインテーマです。
それをどのように、どんな方法で、どこまで伝えることが出来たか、で、相手からの反応も変わってきます。

赤ん坊が大泣きするのをお母さんでさえ手を焼いてしまうのは、「何故泣いているのか」の理由が明確ではないからです。
大人でも同じです。泣かないまでも、辛い状態を理解してほしいということは理解できても、「何が、どのように、どれくらい、何故辛いのか」が分からなければ手助けは難しいです。

そして具体的に伝えるためには、まずは自分で十分に理解しておく必要があります。
そしてそれを相手が理解できるような方法で伝えることが前提になります。

②自分と相手の関係性

どれだけ普段から仲が良くても、長い間続いた関係性であっても、何もかも理解して寄り添い合えるとは限りません。
特に自分自身に余裕や余力がない時は、相手の状況に合わせて説明したり相談する方法を変えることは難しいです。
それでも、と無理に理解や共感を求めるコミュニケーションを図ると、期待した結果にならず、相手への失望と孤独を高めてしまいかねません。

自分が望むコミュニケーションと、相手との関係性を理解した上でコミュニケーションを取りましょう。

③「この人なら分かってくれる」と期待した理由を振り返る

中々周囲から理解や十分な反応を得られなかったような問題を、「この人なら分かってくれる」と期待した理由は何でしょうか。

  • 過去の経験(相手との交流)

  • 周囲のその人への(高い)評価

  • 自分がしてあげたことへの見返り

  • 社会的な立場(親・夫婦・上司など)

など、色々あると思います。
もちろんそれは「この人なら分かってくれる」と想定できる根拠かもしれません。
ですが保証はないですよね。
この根拠を「分かってくれるべき」というレベルにまで育ててしまうと、失望感を強めるリスクが高まります。
信頼する根拠にはなりますが、「期待する反応を返してくれる根拠」とはならないことを理解しておきましょう。

5.誰も分かってくれない時の対応③:自立した諦め

①相手との建設的な境界線を引く

相手への信頼+期待感が強くなると、相手と自分との境界線があいまいになります。
上述したように、相手には相手の考えや判断があるのに、それを受け容れることが出来なくなってしまいます。
自分が期待した反応以外を受け容れられないのは何故でしょうか。
それは自分側に余裕が無いからです。
余裕がない理由は、疲労、ストレス、孤独感などが考えられます。
自分が相談相手・吐露相手として選んだ人なのですから、相手に害意があるとは考えにくいです。相手は良かれと思っての反応でしょう。
「自分と相手は同じ人間ではない」と理解し、「尊重」という境界線を引きましょう。

②相手の反応に理解を示す

一番分かりやすいのは、自分と相手の立場を入れ替えて想像することです。

例えば自分が夫婦関係に悩んでいて、その辛さを分かって欲しいと思っている場合。
相手が「夫婦関係に悩んでいる」としたら、自分はどんな反応をするでしょうか。

「彼・彼女なら前向きにとらえることが出来るだろう」
「自分の立場(同僚、友人など)から言えるはここまでかな」
「気晴らしに仕事の後食事に誘ってみようかな」

などかもしれません。
自分だったらどうするだろう、が見えてくると、相手の反応へもその人の善意や思いやりを感じやすくなります。

③「分かってくれる」という期待を諦める

諦める、というと、ガッカリするとか信頼度を下げる、みたいなイメージがあったり、どちらかと言うとネガティブな印象を与えますが、そうではありません。
諦める、とは、現実的な方法や到達点へ「修正する」という意味です。

最初に「分かって欲しい」と思っていたラインを合格点とするから、そこに到達しない時にガッカリしたり「分かってもらえない」と感じて寂しくなってしまうのです。
最初の合格ラインをそこにに設定した根拠が自分の期待値だけだとしたら、満たしてくれる相手や反応がほとんど無くても当然ですよね。

自分と相手の関係性やそれぞれの意見・思考を考慮した上で、現実的な「共感ライン」を見定めましょう。

6.分かってもらえなくて寂しい時にすぐできること 3選

①情報の出し方を工夫する

辛くて寂しくて限界ギリギリのとき、「この人なら分かってくれる」という人を前にすると、辛い気持ちがあふれ出してしまいます。
状況説明も何もないまま感情をぶつけられても、相手も戸惑ってしまって応えようがありません。
どんなに親しい間柄であっても、説明も無しにいきなり「分かるよ」とはなりませんし、言ってもらえても後から「気を遣わせた」と思って逆に落ち込んでしまいます。

相手に聞いてもらいたい内容を100としたら、5ずつ、10ずつくらいから話しましょう。
その分配を出来るようにするためにも、自己理解は重要です。

②コミュニケーションの基本は「アサーション」

アサーション、アサーティブという言葉を聞いたことがあると思います。
アサーション的コミュニケーションとは、「自分もOK、相手もOK」な、相互尊重のわかりやすいコミュニケーションのことです。

コミュニケーションで問題が起きるときはどちらかに偏っています。
「自分はOK、相手はNG」か、「自分はNG、相手はOK」な状態です。

相手にどう思われるか、を気にしすぎるあまり表現が遠回しになってしまい、結果として正しく理解してもらえなければ「分かってもらえる」状態は遠ざかります。

非批判的な姿勢で、自分を表現し相手の反応を受け取りましょう。

③セルフコンパッション

セルフコンパッションとは、自分自身に対する優しさや思いやりを持つことです。つまり、自分自身を受け入れ、理解し、慈愛の心で接することです。
「分かってもらえない」と苦しんでいる人は、優しさや思いやりを他者からもらいたくてあがいています。
しかし優しさや思いやり、理解は、自分で自分へ向けることが可能です。それを先に充実させましょう。

具体的には、

  1. 自分を受け入れる:自分の弱点や不完全さを否定するのではなく、ありのままの自分を受け入れます。

  2. 自分を理解する: 自分の感情や欲求、苦しみの根源を理解することで、自分自身に対する理解が深まります。

  3. 自分に対して優しくする:自分に対して厳しい批判や非難をしないで、自分を励まし、支えるような言葉をかけましょう。

  4. 他者と同じように自分に思いやりを持つ:他人を助けるのと同じように、自分自身も自分を助け、自分を大切にすることが重要です。

の4点です。

7.まとめ

  1. 「誰も分かってくれない」時の心理とは:3パターン

  2. 「誰も分かってくれない」と思う時の原因は「距離の取り方」「自分と相手のズレ」「頼り方」

  3. 対策3つ「ズレを受け容れる」「誰が分かってくれないのか」「自立した諦め」

  4. すぐできること3つ:「情報の出し方」「アサーション」「セルフコンパッション」

誰かに辛さを分かって欲しい、と思う気持ち自体はとても大事です。
その欲求があるからこそ、他者へ手助けを求めることが出来ます。
そして困難な状況にあるときに、他者へ助けを求めるスキルは非常に役に立ちます。

しかし、自分の期待をそのまま他者の役割としてしまうと、期待通りにならない現実に更に苦しむことになります。

自分と他者の間に前向きな境界線を引き、自己受容と自己理解出来た状態で「新しい視点」を与えてもらうつもりで他者と接するとき、その関りは必ず自分の役に立つはずです。


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