書評:北村周平著『民主主義の経済学』(経セミ2023年4・5月号より)
評者:福元健太郎(ふくもと・けんたろう)
学習院大学法学部教授
「新しい政治経済学」は新しいか
評者が研究生活を始めた二十数年前頃から、本書の言う「新しい政治経済学」、すなわち「経済学のツールを使って、さまざまな政治的な事象を分析する分野」(12頁)はすでに新しくなかったし、古い政治経済学に触れる機会はほとんどなかった。さらに本書は、「この政治経済学、(中略)日本ではまだあまり知られていません。その意味で本書は、政治経済学の包括的な入門書としては、初めての試みと言えます」(13頁)と主張する。しかしちょっと思いつくものを挙げてみるだけでも、山田真裕・飯田健(編著)『投票行動研究のフロンティア』(おうふう、2009年)、浅古泰史『ゲーム理論で考える政治学――フォーマルモデル入門』(有斐閣、2018年)、田中拓道・近藤正基・矢内勇生・上川龍之進『政治経済学――グローバル化時代の国家と市場』(有斐閣、2020年)など、政治経済学を紹介する試みは(確かに個々の書籍は「包括的」ではないかもしれないが)なされてきた(これらの先行業績には触れられていない)。
では本書のどこが新しいのか。以下の図は、本書の註や参考文献で挙げられた文献の刊行年のヒストグラムである(なお、なぜか邦語文献は刊行年が記されていないので、この図にも含まれない)。2000年に大きな山があり、それより前は数年から1年に1本程度、それより後はほぼ毎年、2年のうち1年は複数の文献が、それぞれ参照されていることがわかる。実は、2000年より前の文献のほとんどは、データを用いた実証がない、理論的なモデルを提示した古典的な文献である。それに対して2000年より後の多くは、データを用い(て理論的なモデルを検証し)た文献である。そして2000年に8回引用されているのが(著者の指導教員であった〔301頁〕)パーションとタベリーニの記念碑的共著(『Political Economics』)である。実際、全10章から成る本書の中心を占める第4章から第9章までは、過去の有名なモデルをパーションとタベリーニが定式化したものを踏襲している。引用された研究で分析に際して用いられているのは、本書の言う「因果推論の四天王」、すなわちランダム化比較実験、回帰不連続デザイン、操作変数法、差の差法、のいずれかである(55頁)。
ここから明らかになるのは、本書には経済学の最新の成果が取り込まれている、ということである。とくに、単に数理的な理論モデルを数学的に証明するだけでなく(これは従来から日本でも知られてきた)、現実のデータと照らし合わせ、かつ欠落変数や逆因果などの内生性(53-54頁)の問題を因果推論の手法によってクリアするという、主として今世紀に進展した信頼性革命以降に英語で書かれた経済学における蓄積を、ここまで「包括的」に日本語で解説した類書は、確かに他にないかもしれない。最新の学説が一般に伝わるのに(高校の先生などを通じて)30年かかる、と聞いたことがあるが、本書がまさにその架け橋となってくれることを期待したい。
■主な目次
*『経済セミナー』2023年4・5月号からの転載
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