雑誌『教育と医学』(2023年11・12月号)「特集にあたって」「編集後記」公開
雑誌『教育と医学』の最新号、2023年11・12号が、10月27日に発売されました。今号の特集は、「子どもたちの生命を守るために──自死予防を中心に」です。
こども家庭庁が23年4月に発足、子どもや家庭の問題が横断的・総合的に対応できるようになりました。また文部科学省の小・中学校学習指導要領改訂では、生きる力を醸成し、変化の激しい現代社会を生き抜くために必要な資質や能力を培うことが掲げられています。一方で、子どもの自死は年々増加し、2022年度には初めて500人を超えて過去最多となりました。その要因は家庭の不和・進路の悩み・いじめなど多様です。本号では、子どもの生命を守るために、大人は家庭や学校で何ができるのか、自死予防の観点を中心に論じていただきます。(責任編集:増田健太郎・古賀 聡[九州大学大学院人間環境学研究院])
「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。
●特集にあたって
今、生きている子どもたちの生命をどう守るか
増田健太郎
こども家庭庁が2023年4月に発足し、子どもや家庭の問題に横断的かつ総合的に対応できるようになりました。子どもの問題は、家庭で考えれば、少子化・虐待・子育ての不安、障害児の育児等多岐にわたり、学校では、不登校・いじめ・特別支援教育・教員不足など多種多様です。同庁には「こどもまんなか政策」を掲げ、従来の縦割り行政からの脱却が期待されているところです。
文部科学省が小・中学校の学習指導要領を改訂する際には、生きる力を醸成し、変化の激しい現代社会を生き抜くために必要な資質や能力を培うことを重要な理念として掲げられています。学校現場では、教員不足や多忙化が叫ばれる中、子どもたちのために、総合的な学習や特別活動・道徳の時間等を使い、子どもたちの生きる力を育むために懸命に努力されていることと思います。その一方、コロナ禍の影響もあり、不登校児童生徒数は299,048人(前年度244,940人)で、児童生徒1000人当たりの不登校児童生徒数は32.7人(前年度25.7人)と10年連続で増加し、過去最多となりました。いじめの認知件数は若干減少傾向をしめしましたが、それにはコロナ禍の休校期間が長かったことも影響があると思われます。また、コロナ禍の影響で、子どもたちのコミュニケーションの機会が阻害され、修学旅行や運動会などの子どもたちが楽しみにしていた学校行事も変更や中止などかなりの影響をうけました。同様に給食時間に黙食の措置をとった学校も多く、子どもたちはストレスをため込んだものと思われます。
コロナ禍の影響での子どもたちの問題もいろいろと取りあげられてきましたが、その中でも、とりわけ深刻なのは、子どもの自死が年々増加していることです。2022年度には初めて500人を超えて過去最多となり、このうち、高校生が前年より38人多い352人、中学生が5人少ない143人、小学生が6人多い17人となりました。その要因は家庭の不和・進路の悩み・いじめなど多様です。少子化対策と同時に、今、生きている子どもたちの生命をどう守っていくのかを真剣に考えるときだと思います。
この事態に対し、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー等の派遣、LINE相談などの対策が取られていますが、生きづらさを抱えている児童・生徒の完全なる支援にはつながっていないのが現状だと思われます。自死をどう防いでいくのか、学校や家庭では何ができるのか、また、専門家に求められていることは何かを、子どもの生命力を育むことと自死予防の二つの視点から考えていくことが求められます。子どもが自死したとき、家族の悲哀はもとより周りの子どもたちに与える影響等は計り知れないものがあります。不登校・いじめ・自死は早期発見と予防が何よりも大切です。
学校や家庭が安全・安心な場所であること、「生きていることは楽しい」と思えるような環境をどのように作っていくのか、また、「生きていたくない」と子どもが考えたときに、私たち大人はどのような対応を取れるのか、子どもの小さな変化に気付くためには、何が必要なのかを考える特集とします。
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●編集後記
今号では、子どもの生命を守るための予防教育について考えた。学校における自殺予防教育の重要性は理解していたが、その実現となると、カリキュラムの整備、適切な教材の開発、講師の育成という大きな課題があることに気づかされた。また、SOS の出し方、受け止め方については、教師、親が子どもと一緒に本音を語り合い、より良い方法を探索する必要を感じた。
せっかくの SOS が発信されても、周囲がそれを受信できなければ悲劇は防げない。また、SOS を発しない子どもに対して、SOS を出すことを呼びかけるだけでは効果がない。それは、今号で嶋根卓也先生が論じた薬物予防における「おどし教育」の限界にも通じる。怒り、悲しみ、絶望をどう処理してよいのか分からず、自分を傷つけることによって、耐え難い「痛み」から逃れようとしている子どもは、大人の自己防衛を鋭く看破してしまうため、どのような脅し、懇願も効果的ではない。
『教育と医学』では、2019年 2 月号で「SOS が出せない子どもの理解」という特集を組んだ。心理学では SOS を援助要請と呼び、援助要請の促進・阻害について、個人特性からの影響と、環境との相互作用による影響に分けて考える。援助要請が難しい子どもの心理を多角的に理解する必要があるからだ。
言葉にできない SOS を汲み取る大人側の想像力も必要だ。不登校によって、身体症状によって、食事や睡眠などの生活リズムの乱れによって示されたSOS。過剰な自己犠牲や痛々しい笑顔で示されたSOS。それらの子どもの SOS に気づき、より理解しようと寄り添うことが最悪の事態を防ぐ第一歩だ。
一方で、髙橋聡美先生や阪中順子先生がご指摘された、子どもの SOS を抑制させる「ダブルバインド」的状況は、大人自身が素直に SOS を出せない歴史的・社会的背景に起因している。大人同士が、場合によっては、教師と生徒、親と子が、適度に自己開示しながら、自分の抱える「しんどさ」について語り合う機会の構築が必要だと思う。
古賀 聡(九州大学大学院人間環境学研究院准教授)
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