雑誌『教育と医学』(2021年11・12月号)「特集にあたって」「編集後記」公開
雑誌『教育と医学』の最新号、2021年11・12月号が、10月27日に発売されました。今号の特集は、「発達特性としての『こだわり』と『くせ』を理解する」です。
子どもの「こだわり」「くせ」について考えます。子どもが持つさまざまなこだわりやくせに対して、保護者や学校現場はどう対応すればいいのでしょうか。理論的な背景から、実践的な支援法までをご紹介します。
「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。
●特集にあたって
子どもの「こだわり」と「くせ」──発達の視点から見た評価と支援
黒木俊秀
今から百年ほど前に後に「森田療法」と呼ばれる独創的な心理療法を創始した精神医学者、森田正馬(まさたけ)は、過剰な「こだわり」や「くせ」によって特徴付けられる「強迫症」の臨床像をわが国で最初に詳しく報告した一人である。彼が、強迫観念症と呼ぶ疾患では、縁起恐怖、不潔恐怖、毒物恐怖、疾病恐怖、犯罪恐怖等々、特定の考えが繰り返し脳裏に浮かんでは不安を感じる。不安を払うことにこだわり、確認や動作を繰り返すくせを伴うこともある。一方、森田は子どものこだわりやくせにも注目しており、成長過程において、それらがどのように変化してゆくかを注意深く観察した。そして、こだわりやくせをあってはならないもの(かくあるべし)と考えること自体がさらにそれらにとらわれてしまうという悪循環を生じると考えた。こうした自然のあるがままに従うという彼の治療観は、従来、東洋的と言われてきたが、現代にもなお通用する一面の真実を示唆しているように思われる。
今日、自閉スペクトラム症(ASD)をはじめとする発達障害の子どもたちに、様々なこだわりやくせがみられることが知られているが、定型発達の子どもにもしばしばそれは認められる。今回の特集では、発達の視点から見た子どものこだわりとくせをどのように理解し、こだわりやくせの目立つ子どもたちをいかに支援するのかを考えてみたい。
児童精神科医の金生由紀子によれば、発達段階に従って子どもには様々なこだわりがみられる。とくに幼児期の反復的・儀式的行動は、食事や排泄といった子どもの自己コントロール能力の獲得と密接に関連している。また、思春期には強迫症状が高率に認められるが、うち強迫症を発症するのは一部である。思春期以降の強迫症状に低年齢時の完璧主義が関連することもあるという。
また臨床心理学者の稲田尚子は、ASDのこだわり行動は、低次の反復的感覚運動行動と高次の同一性保持の質的に異なる二つの要素からなるという。包括的なアセスメントツール等を使用して、それぞれを的確に評価することがより有効な支援に寄与するといえよう。
続いて白石雅一は、こだわり行動への対処法と支援において、こだわりは困った行動であると同時にASD児の「強み」にもなると指摘する。パニックや自傷など、困った状態に陥らせない対策も必要である。特別支援教育の現場でASD児のこだわり行動に向き合ってきた奥住秀之も、子どもの「強み」、かけがえのない個性とみなす視点の大切さを強調する。一方、人の行動はかくあるべきとする守旧的な価値観に私たちがこだわっていないかと問いかける。
指しゃぶりや爪かみのような子どものくせ、あるいは盗癖のような困ったくせも、昔からしつけや教育上の問題として議論されてきた。金子一史と大久保智生・金澤潤一郎の論点は、それぞれ子どものくせに対する読者の視野を広げてくれるだろう。くせの背後で子どもが抱えている本当の困難を見逃してはならない。
黒木俊秀(くろき・としひで)
九州大学大学院人間環境学研究院教授。精神科医、臨床心理士。医学博士。専門は臨床精神医学、臨床心理学。九州大学医学部卒業。著書に『発達障害の疑問に答える』(編著、慶應義塾大学出版会、二〇一五年)など。
▼特集の内容はこちら
●特集●「発達特性としての『こだわり』と『くせ』を理解する」
「子どもの発達とこだわり」
金生由紀子(東京大学医学部附属病院こころの発達診療部長。専門は児童精神医学)
「発達特性としての『こだわり』行動」
稲田尚子(帝京大学文学部心理学科准教授。専門は臨床心理学)
「こだわり行動への対処法と支援」
白石雅一(宮城学院女子大学教育学部教育学科教授。専門は臨床心理学の立場からの療育相談とこだわり行動へのトータルケア)
「こだわりについての支援者の理解──主に自閉スペクトラム症に焦点をあてて」
奥住秀之(東京学芸大学教育学部特別支援科学講座教授。専門は特別支援教育学)
「習癖の問題と周囲の関わり方」
金子一史(名古屋大学心の発達支援研究実践センター教授。専門は臨床心理学)
「窃盗癖について考える──子どもの万引きの特徴と対応および課題」
大久保智生(香川大学教育学部准教授。専門は教育心理学)・金澤潤一郎(北海道医療大学心理科学部准教授。専門は臨床心理学)
●編集後記
今号の特集は、「発達特性としての『こだわり』と『くせ』を理解する」である。発達障害について社会的にも知られるようになり、「活動と関心の限局」という表現を聞くことが増えた。学術的用語の理解は重要だ。しかし、「私(の子)は活動の限局があって……」、「反復的な行動が……」と語る人は少ない。日常生活で馴染んだ表現による臨床対話の有効性は周知のことであり、当事者、家族の視点を大切にしたいと考え、このタイトルを考えた。
大学で発達支援の専門家をめざす学生を指導しているが、レポートに、「こだわりが強くパニックを起こす」のみの簡潔な記載を見つけると、どうしてもその詳細をしつこく問うてしまう。「こだわりが強い」から「パニックを起こす」、という構図は理に適っているように思えるが、この一文だけでは実際の支援においてはあまり役に立たない。
「こだわり」の対象についての詳細な理解は当然であるが、対象の共通性は何か、いくつかのカテゴリーに分けることができるか、「こだわり」の対象が子どもにとってどのような意味づけがなされているかについての分析が必要だろう。「こだわり」の様式についても仮説検証的な関与観察と分析が必要になる。「こだわり」の様式とは、どのように執着するかであり、「こだわり」に伴う感情も理解する必要がある。パニックに至るまでに介在する小さな事象にもアンテナを張り巡らせる必要がある。
パニック行動が頻発しているとしても、個別的で、様々な要因が絡んだプロセスがあり、「こだわり」やパニック行動の収束の仕方にもその時々によって違いがあると思う。子どもの「言い分」や子どもなりに場を収めようとする努力もきっとあるはずだ。そして、もう一点大切なことは、我が子の「こだわり」に対して、母親、父親がどのような感情を抱いているかについて思いを巡らせることだろう。
発達支援に関わる援助職や教員、発達支援を学ぶ学生にぜひ読んで欲しい特集となったことを責任編集として嬉しく思う。(古賀 聡)
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