雑誌『教育と医学』(2024年1・2月号)「特集にあたって」「編集後記」公開
雑誌『教育と医学』の最新号、2024年1・2号が、12月27日に発売されました。今号の特集は、特集「生きる力を育む子育て──『令和の子育て』を考える」です。
新学習指導要領では、「生きる力」の理念の実現のため、学校現場における指導面などで、具体的な方策の確立が謳われています。では、その「生きる力」を育むために、いま家庭ではどのような「子育て」が求められ、実践されているのでしょうか。本号は、少子化やICT技術の進展が急速に進み、また「VUCA」と呼ばれる時代における「令和の子育て」について、さまざまな観点から模索する機会とします。(責任編集:藤田雄飛・古賀聡[九州大学大学院人間環境学研究院])
「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。
●特集にあたって
令和の子育ての可能性──子育ての責任を分有するということ
藤田雄飛
子育ては親にとっての最大の関心事です。悩み、立ち止まり、振り返り、誰もが正解のない問いを前にして試行錯誤をしています。それは教育の常として、自分とは異なる人格を有する子どもに関わる営為であるがゆえに、思い通りにいくわけがないという単純な事実に起因するものであり、その成果がそのまま現れるものではなくて時間をおいてすこしずつ形成されてくるということに因るのでしょう。悩みながらも常に一歩を踏み出さなければならないことこそが子育ての本質であるのかもしれません。
かつて、教育は地域共同体に緩やかに広がるネットワークのもとで取り組まれていました。共同体において生きるなかで、子どもは大人たちと多様に関わり、彼らから規範を教えられ、自らも様々なことを学んでいきました。それらは聖俗を超えたり、合理的な判断を超えるものであったりしたはずです。このように、共同体に広がり、多様な人々によって支えられた教育システムがそこにはありました。
しかし、時代の変化のなかでこのような集合的な教育システムは終焉を迎え、子育てはすくなくとも心情のレベルにおいては家族という小さな集団の内部に閉じてきました。親が、そして親のみが子育ての責任主体となりました。家族という枠組みのなかで、親が教育の責任を一手に引き受けるようになった時代として、現代という時代は教育上の大きな変化を引き受けた時代なのかもしれません。学校や幼稚園・保育園の先生たちの何気ない一言やメッセージに親たちが一喜一憂し、自らの教育に不安を抱いたり救われたりするというのも、孤独な子育てを生き抜いている親たちの現状を照らし出しています。子育てに漠然とした不安を抱えながら、それでも待ったなしのこの日常を生きる子どもたちを育てなければならないという、自覚されることのない余裕の無さが教育を巡る様々な現象として現れているかのようです。自分だけが、自分こそが、子育てに責任を持ち、自ら考えて常に正解を掴み続けなければならないという思いの強さが余裕を無くしているようです。
ただし、子育てを巡る親たちの孤独は、もしかしたら責任感ゆえの思い込みの側面を持っているのかもしれません。本特集にある論考・知見は、むしろ子育ての責任を「分有」するような多様なネットワークが存在している可能性をあらためて示してくれるものです。学校は単純な知識教授の機関であるよりも、子育てを含めた教育という正解のない営為を親とパートナーとなって支えてくれる人間形成のアクターとしての側面を有しています。また、子育て支援のサークルやネット上のコミュニティサイトなども、子育てを巡って不安に陥りがちな親たちを救い出す機能を原理的に持つものといえ ます。
もちろん、インターネットやSNSなどのデジタル世界の言葉が子育てをする親たちを惑わせたり、悩ませたりすることもあるでしょう。それでも、共同体が縮小した、あるいは消滅したとされる現代においてなお、共同体的な機能がいろいろな場所に生起することに期待することができるのではないでしょうか。それらと関わりながら、悩める子育てをともに考える場所を大事にしていくことが令和の子育ての一つのあり方なのではないかと思います。これからへの期待を込めて特集をお読み頂けたらと思います。
↓ 特集はこちら
●編集後記
今回は、「生きる力を育む子育て」をテーマに「令和の子育て」についての特集を組みました。私たちの生活と切っても切れないツールになったスマートフォンをはじめ、新型コロナウイルスのパンデミックというグローバルな感染症がICT の普及を後押しし、仕事にも教育現場にも欠かせないツールとなりました。
文部科学省はGIGA スクール構想として、初等教育からSociety 5.0時代に生きる子どもたち一人ひとりに個別最適化されたICT 環境の導入と活用をめ ざしています。一方で中央教育審議会は、幼児期から五感を通じた実体験で非認知能力を育むことの重要性を掲げ、家庭、園、学校、地域が連携して、幼保小の架け橋的連携だけでなく、乳児期から18歳までの継続的な連携が、子どもたちの認知能力と非認知能力の発達を促進することを提言しています。そのためには、保育や幼児教育、教員などに関わる人たちの質の担保も重要です。
子どもたちの生きる力を育むには、幼児期の遊びの中で自分のやりたいことを見つけ、目標に向かって友達と協力したり対立したりしながら、必要なときには助けを求め最後までやり遂げる喜びを実体験することが大切です。この現実空間での実体験は、将来、サイバー空間でのバーチャル体験を安全に学びや仕事に活用できることにつながります。
ICT が発達し現代社会で最も生きづらさを抱えているのは、私たち大人のほうかもしれません。家庭や保育園、幼稚園での日常生活で子どもたちに正面から向き合い、一緒に遊び、食卓やお風呂で語りあい、眠る前に身体を寄せ合い絵本を読み合う時間は、子どもたちだけでなく大人の心身にも共鳴します。
両親ともに社会の働き手として期待される超小子高齢化社会では、子育ては家庭だけの問題として捉えるのではなく、日本の社会全体が優しいまなざしで子育てに参加することをめざすことが必要です。それが平和な日本の未来を築くことにつながることを信じて、私も小児科医として「令和の子育て」の役に立ちたいと思います。
安元佐和(福岡大学医学部医学教育推進講座主任教授)
▼最新号の目次、ご購入は以下から
また、「教育と医学」では毎月末にメルマガを発行しています。奇数月末の号では、最新号に掲載した連載の冒頭部を立ち読みすることができます。ぜひご登録ください。
#教育と医学 #雑誌 #教育 #子ども #慶應義塾大学出版会
#生きる力 #子育て #子育て支援 #令和の子育て
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?