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【試し読み】『僕の大統領は黒人だった』上・下

 先日行われた、2020年のアメリカ大統領選はジョー・バイデン前副大統領の勝利が確実となり、「分断ではなく団結を目指す」宣言が出されましたが、一方でドナルド・トランプ大統領が7000万票以上を集めたという事実も残り、依然としてアメリカ社会の「分断」を示す結果となりました。

 弊社より今月(11月)刊行されましたタナハシ・コーツ著『僕の大統領は黒人だった』上下は、この「分断」の象徴ともいうべきトランプ大統領を誕生させたのは、その前の8年間のバラク・オバマ政権への反動であったことを指摘します。

 本書は、オバマ政権時代に著者が発表した8本の記事から構成され、その当時の時評であることはもちろん、アフリカ系アメリカ人(黒人)が辿った歴史を記述しながら、現代アメリカを生きる黒人社会を描写する書籍ですが、つねに通底しているのはアメリカでの根強い「白人至上主義」です。
今回は、本書の刊行の目的や著者の問題意識が端的に記述されている、「序章 黒人による良き統治について」(池田年穂氏訳)から抜粋して紹介します。


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序 章 黒人による良き統治について

池田年穂訳

 1895年、サウスカロライナ州が「リコンストラクション」(1863年または1865年から1877年まで)の平等主義的な革新から抑圧的な「リデンプション」に移行して20年経って、サウスカロライナ州議会下院議員であるアフリカ系アメリカ人のトマス・ミラーは州修正憲法の制定会議で訴えた。

 われわれは8年間政権の座にあった。われわれは学校を建て、慈善施設を設立し、刑務所を建設してそれを維持し、聾唖者に教育を施し、船着き場を建て直した。つまるところ、われわれがこの州を再建し、繁栄への軌道に乗せたのだ。

 1890年代ともなると、リコンストラクションは「黒人支配」の基本的に腐敗した時代と見なされるようになっていた。サウスカロライナ州は「アフリカ化」され、野蛮や不法に引きずり込まれる危険に晒されているといわれた。ミラーの願いは、黒人が政権にあってあげた成果を強調し、黒人の道徳性について信頼するに足る擁護論を展開することで、そのような場に集うたからには明らかに公正なはずのサウスカロライナ州の人びとに、アフリカ系アメリカ人たちに市民権を維持させるよう納得させることだった。だが彼の嘆願は無視された。一八九五年に採択された州修正憲法は、参政権を獲得する資格に、識字試験と資産所有を付け加えた。こうした法律が白人至上を強化するには不充分であることがわかると、黒人たちは撃たれ、拷問され、叩きのめされ、不具にされた。

 W・E・B・デュボイスは、ミラーの反論と1895年の会議を評価するにあたって、冷徹な見解を述べている。デュボイスから見ると、1895年の州修正憲法制定会議は、道徳的改革の実施でも、政治腐敗の横行する州を浄化しようとする努力でもなかった。たんに、会議の真の目的である専制的な白人至上の復活を覆い隠すものだったのだ。問題は、リコンストラクション時代のサウスカロライナの州政府が、前代未聞の汚職によって荒廃させられていたことではなかった。それどころか事実はまったく逆だった。ミラーが強調した成果そのものが、そしてサウスカロライナ州のリコンストラクション期の実際の記録が、白人至上を空洞化させていたのだ。よって、白人至上を復活させるために、その記録は捻じ曲げられ、嘲られ、茶化され、サウスカロライナ州の白人たちの偏見に都合の良いものにされた。W・E・B・デュボイスはこう記している。「サウスカロライナが黒人による悪しき統治以上に恐れていたものがあったとしたら、それは黒人による良き統治だった」。

 このような恐れは初めてのことではなかった。南北戦争も終わろうとする頃、北軍の「黒人部隊」の優秀さを目の当たりにした敗色濃い南部連合は、自軍に黒人を採用してみることを検討し始めた。だが一九世紀には、兵士という概念は男らしさ、そして市民権という概念と分かちがたく結びついていた。黒人が劣っているという確たる前提に基づいている奴隷制を擁護するために組織された軍隊が、どうすればその方針を転換し、黒人にも南部連合軍の隊列に加わる資格があると宣言できるだろうか。実際に、できようはずもなかった。「黒人を兵士にするときがきたなら、それはわれわれの独立革命、われわれの共和制の終わりの始まりだ」とジョージア州の政治家ハウエル・コブは述べた。「そして奴隷たちが優れた兵士ということになれば、奴隷制に関するわれわれの理論が根底からひっくり返ることになる」。この表現を辿れば、白人至上に勝ち目はない。「奴隷制についての理論そのもの」が描き出すように、黒人がやはり臆病者なら、南軍は個々の戦闘に文字どおり敗北することになる。だがいっそう悪いのは、黒人たちが優秀な戦闘能力を発揮してしまえば――ひいては彼らが「黒人による良き統治」が可能であることを証明するなら――そうなったら、南軍はより大きな戦争に絶対に勝てなくなってしまう。

 本書を貫いている太い糸は、アメリカ史上初の黒人大統領が政権の座にあった、すなわち「黒人による良き統治」が行われた8年間(2009年1月20日から2017年1月20日まで)に著者が発表した8本の記事である〔発表年次は正確に対応していない。よって「第一年」「第二年」……という原書の章題は避けた〕。オバマは、アメリカ社会が恐慌をきたすなかで大統領に選出され、8年の任期中、調停者、そして綿密な立案者としての側面を見せた。彼は保守的なモデルを発展させて、国民健康保険制度の枠組みは作り上げた。経済破綻を防いだが、その破綻に重大な責任を持つ者たちの訴追は怠った。国家が認めた拷問は廃止したが、世代をまたいで続く中東での戦争は継続した。オバマの家族――魅力的で美しい妻、愛らしい娘たち、飼い犬たち――はブルックス・ブラザーズのカタログから切り取ったように見えた。彼は革命家ではなかった。大きなスキャンダルや汚職、贈収賄は避けて通った。度が過ぎるほど慎重で、自らをアメリカの聖なる伝統の守護者と自任していた。アメリカの犯した罪に悩んだとしても、最終的には、アメリカは世界のために役立つ力なのだと信じた。つまるところ、オバマと彼の家族、彼の行政府は、黒人たちがアメリカの文化、政治、神話の(脅威となりようのない)メインストリームに完璧に同化することが容易であるということの、重宝な歩く広告塔だった。

 そしてそれこそがつねに問題だったのだ。

 アメリカの白人に究極的な恐怖を与えるのは、黒人のギャング、黒人の暴徒といったような暴力的な黒人の向こう見ずな行為だ――これは、アフリカ系アメリカ人について、脈々と受け継がれてきた考え方である。一人ひとりの恐怖という意味ではそのとおりかもしれない。だが集合的に見れば、この国が真に恐れているのは、黒人の高い社会的地位、「黒人による良き統治」なのだ。たとえば「ザ・コスビー・ショー」のように抽象化されていて脅威をもたらさないものであれば、「黒人による良き統治」も白人から喝采を浴び、褒めたたえられさえする。だが「黒人による良き統治」が何らかの形で生身の黒人に生身の白人を凌駕する力を与えることが明らかになると、恐怖が生まれ、アファーマティブ・アクション(端的にいえば、マイノリティ優遇措置)への非難が始まり、バーサリズム〔とりわけバラク・オバマに対して、アメリカ生まれではないから――根も葉もないことだったが――大統領になる資格がないとする態度〕が誕生する。なぜかといえば、アメリカの神話は、その核心において、けっして肌の色と無縁ではなかったからだ。アメリカの神話は、ある階級に属する人間は誰にでもピオン(隷属的な労働力)の血が流れているとする「奴隷制についての理論そのもの」から切り離すことはできないのだ。このピオンの階級こそが、アメリカの神話や観念にその基礎を提供したのだ。そして、この国の白人たちは、アメリカの神話に黒人が円滑に同化してゆくことを頭の中では想像できても、実際はこの神話が着想されたときのままのかたちで胸にとどめている。

 僕は、「黒人による良き統治」に対する昔からの恐怖こそが、ドナルド・トランプの大統領選出という一見衝撃的な方向転換について多くを説明してくれると考える。アメリカ史上初の黒人大統領は、たいていは「象徴的」だったと表現されているが、この言葉で片付けては象徴の力をひどく過小評価することになる。象徴は、現実を表象するばかりでなく、現実を変える道具ともなりうるのだから。バラク・オバマの大統領就任が象徴すること――つまり「白いということ」がピオンが城(ホワイトハウス)に住むのをとどめるほどの力はもはや持っていなかったという事実――は、骨の髄までしみこんだ白人至上という観念に衝撃を与え、その観念の信奉者や受益者に恐怖を吹き込んだ。しかり、その恐怖こそ、こんどは人種主義という象徴に力を与え、これを巧みに利用したドナルド・トランプは大統領の座に就き、その結果世界に害をなす地位を手に入れたのだ。

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【目次】
(上巻)
序 章 黒人による良き統治について
第1章 2008年
ノート
「これだから俺たちは白人に負けたんだ」 ――ビル・コスビーの大胆な黒人保守主義
第2章 2009年
ノート
アメリカの娘
第3章 2010年
ノート
南北戦争を研究する黒人がほとんどいないのはなぜか?
第4章 2011年
ノート
マルコムXの遺産――なぜ彼のヴィジョンがバラク・オバマのなかで生き続けているのか
第5章 2012年
ノート
黒人大統領の恐怖
第6章 2014年
ノート
賠償請求訴訟
(下巻)
第7章 2015年
ノート
大量投獄時代の黒人家庭
第8章 2017年
ノート
僕の大統領は黒人だった
エピローグ アメリカ史上初の白人大統領
訳者解説 長岡真吾
訳者あとがき 池田年穂

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