雑誌『教育と医学』(2024年7・8月号)「特集にあたって」「編集後記」公開
雑誌『教育と医学』の最新号、2024年7・8月号が、6月27日に発売されました。今号の特集は、特集「子どもを危険から守る──犯罪・非行・事故への対応と支援」です。
夏休み期間は、野外・水辺などでの子どもの事故への懸念が高まる時期であるとともに、SNS を介した犯罪や非行が生じる機会も多くなります。子どもたちを取り巻くこうしたリスクに関して、学校や家庭でどう取り組むべきか、具体的・実践的な対策を示す特集とします。 (責任編集:蓮澤 優・小澤永治[九州大学])
「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。
●特集にあたって
「危険」から「自律」へ
蓮澤 優
本号では「子どもを危険から守る」ことを主題として、多様な専門領域の論者の方々にご寄稿いただきました。
子どもが遭遇する危険には実にさまざまなものがあります。
人口動態調査によれば、不慮の事故による子どもの死亡数は近年微増しています。2022年の統計では、14歳以下での死亡総数は2,584人、そのうち不慮の事故による死亡数は181人でした。なかでも溺水による死亡は上位を占めており、特に水辺で遊ぶ機会が増えるこれからの季節、最も注意すべきものになります。本号所収の山中龍宏氏の論文では、実践的な助言も含めわかりやすく論じていただきました。 事故に遭うことと並んで、子どもが犯罪に巻き込まれるリスクも考えられます。そうしたリスクから子どもを守るため、まずは実際に起こっている犯罪の実像を正確に認識しておく必要があります(越智啓太氏論文)。また、子どもが関与する犯罪類型のなかでも近年目立つのはインターネットやSNSを介したものです。今日の子どもは0歳の時点からすでにインターネットに触れていると想定して、適切なペアレンタルコントロールを行ってゆく必要があるといいます(池辺正典氏論文)。
子どもを狙った性犯罪もあとを絶ちません。2024年5月23日には、いわゆる「日本版DBS法案」が衆議院本会議で可決されました。同法案は、教員や保育従事者の性犯罪歴の確認を事業者に義務づけ、前科がある場合には業務に従事させない措置を講じるよう求めるものです。同法案については、性加害を行った人の社会復帰を妨げるとの批判もあり、この点で慎重な議論の継続が求められますが、子どもの性被害低減のうえで一定の効果が見込めることは確かだと思われます。野坂祐子氏の論文では、子どもの性被害の実態からケアのありかたに至るまで、多面的に、わかりやすく論じていただきました。
他方、卯月由佳氏の論文では子どもの非行が論じられています。非行の構造的背景として貧困問題があります。その意味で非行は、当該の子どもの個人的資質の問題には決して還元しえず、むしろ社会的セーフティネットの問題です。非行の要因を生み出している社会の側が、非行に関わった子どもに対する責任を負うという視点からの教育的支援が重要である、と卯月氏は論じています。
以上、挙げてきたように、子どもはきわめて多様なリスクに取り巻かれていますが、それらすべてを、ひたすら遠ざけ遮断しようとしても限界にぶつかります。子ども自身に、リスクを見抜き回避する能力を身につけていってもらう必要があります。そのためには、例えば防災訓練においても、正解が決まっている問題を一問一答式に暗記してゆくようなやり方ではだめで、むしろ正解がない問題に対して想像力を働かせながら対処してゆくような訓練こそが必要である、と杉山高志氏は論じています。そしてまた、こうした学習過程で子どもたちが試行錯誤し、ときに失敗しつつも成長してゆけるためには、心理的な安全性が守られる環境が確保されていることが大前提になる、という樋掛尚文氏/佐久間寛之氏の指摘はこのうえなく重要なものだと思います。
子どもをリスクゼロの空間に庇護しようとするのではなく、心理的安全性が確保された環境のなかで、子どもがある程度リスクを冒しつつ徐々に自律的となってゆけるよう後押しすること──それが、本当の意味で子どもを危険から「守る」ことになるのだと思います。
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●編集後記
本号は「子どもを危険から守る」というテーマでの特集でした。大学で担当している授業の中で、子どものトラウマなどの危機的状況について触れる機会があります。授業では、アメリカの大規模調査による「16歳になるまでに 6割を超える子どもが何らかのトラウマ経験をしている」というデータや、日本においてもいわゆる小児期逆境的体験(ACEs)を一般人口の 2~4割程度が経験しているというデ ータを紹介しています。日頃から災害や事件、事故のニュースは後を絶ちませんし、ゲームや SNS といった最近になって新しく生じた「危険」も数多くあります。このようなことを踏まえると、子どもの「危険」というのは思ったよりもありふれていて、普段あたりまえのように感じている「子どもが大人になる」というプロセスを特段の問題なく進むことは、とても幸運な奇跡が連続した結果であるようにも思われてきます。
不幸にも子どもの事件や事故が生じた際には、時に保護者に対して「なぜ見守っていなかったのか」、「配慮していなかったのか」といった詰問するような意見を耳にすることがあります。その一方で、子どもの「危険」が多様化する現代社会において、周囲の大人が気に掛けておかねばならない事柄も多岐にわたります。今を生きる子どもの世界の流動はとても速く、ゲームやインターネットを介したグローバルな規模での人間関係や、「トー横」などにみられる子ども・若者独自の強固なコミュニティの発生など、大人がこれまで経験していない、あるいは立ち入ることのできない領域は確かに存在し、現実的に保護者の目が行き届かない場所も広がっています。
子育てに関する責任を保護者だけに帰するのではなく、「社会全体で子どもを育む」とは、社会的養護の領域で古くから唱えられてきた理念ですが、全ての子どもを「危険」から守り、のびのびとした成長を支えるために現代にあっても重要な観点なのではないでしょうか。
小澤永治(九州大学大学院人間環境学研究院准教授)
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