雑誌『教育と医学』(2025年1・2月号)「特集にあたって」「編集後記」公開
雑誌『教育と医学』の最新号、2025年1・2月号が、12月26日に発売されました。今号の特集は「少子化時代の世代間交流」です。コロナ禍では制約があった子ども・若者と高齢者の世代間交流を意図したイベントが再開されてきました。少子高齢化社会のいま、その意義を再考するとともに、どのような世代間交流が可能か、魅力的な実践から学びたいと思います。(責任編集:古賀 聡[九州大学大学院人間環境学研究院])
「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。
●特集にあたって
社会的包摂としての世代間交流
古賀 聡
ここ数年、コロナ禍では制約が生じていた高齢者と子ども・若者との世代間交流を意図したイベントが再開されています。本号の特集では、地域や学校等で企画されている様々な実践を含め、世代間交流の現状をご紹介します。
世代間交流は、社会的背景、生活スタイルなど生きてきた時代のあり方が異なる人同士が交わる行為をさします。現在、社会的包摂や共生社会の実現に向けた試みが行われています。世代間交流の機会を設けることは、社会的包摂にとって大切なことですが、異世代の人たちがただ一緒にそこにいるだけではなく、語り合ったり、相互に協力したり、学び合ったりと、アクティブに関わり合おうとする「仕掛け」が必要だと思います。そして、その経験を通して、参加した人それぞれのウェルビーイングが発展することが重要だと考えます。
阿部彩は『弱者の居場所がない社会││貧困・格差と社会的包摂』(講談社現代新書、二〇一一年)で、社会的包摂とは「つながり」、「役割」、「居場所」がある「小さな社会」が存在することと論じています。そして、社会的包摂を実現させる取り組みにおいては、物理的機能だけでない社会的承認を与えるような居場所が重要だと述べています。
子ども・若者と中高年・高齢者との世代間交流は、両世代間の異なる価値観や感性への理解を深めることになりますが、異世代への理解や尊重だけでなく、自分が生きてきた時代、そして、いま生きているこの時代の意義を振り返る機会にもなります。
高齢者は、経験や知識・技術などを子どもや若者に伝えることによって、自己役割を再認識し、心の張りや生きがいといった精神的な豊かさを高めることができるでしょう。一方、子どもや若者にとっては、普段関わりのある世代とは異なる人との交流のなかで、承認される体験を通して心理的成長が促され、他者への思いやりや共感を深めることができるでしょう。
私は臨床動作法という身体動作を媒介とする心理療法の研究に取り組んでいます。臨床動作法を学ぶ大学院生たちと近隣の公民館に出向いて、地域の高齢者を対象として「健康動作法の会」を実施しています。椅子に座って、ゆっくりと慎重に上体を前屈したり、背中を伸ばしたり、身体の緊張感や弛緩感を味わいながらゆっくりと肩を挙げたり、下ろしたりします。学生たちとワイワイと語り合いながら、ご近所さんでもある参加者同士で冗談を言い合い、「あんた、しゃんとなったよ。若返ったよ」と褒め合ったりしながら動作法の課題に取り組みます。
この取り組みは、高齢者に対する臨床動作法の効果を明らかにする研究としてはじめました。しかし、学生の拙い説明にもウンウンと頷きながら温かく接してくださる参加者の様子や、冗談が達者な参加者と学生たちとのやり取りを見守りながら、私は次のように考えました。この活動の意義は、単に心理療法の効果の検証ではなく、身体を媒介にして、青年期にあたる大学院生と高齢者の世代間交流の機会であり、居場所づくりとしての意義があるのだと。学生たちは援助者としての役割を与えられての参加となりますが、中年期の私も含めて多くのことを学ばせて頂いています。
私たちは、これからも社会的断絶の危機に遭遇することがあるのかもしれません。しかし、世代間交流がアクティブに、そして自然に展開する地域や社会は、それをしなやかに乗り越え、豊かに発展していくと信じています。
●編集後記
本号を担当することとなり、老人ホームが近くにあって世代間交流を盛んに進めている小学校の子どもに、交流活動を終えての感想を尋ねてみました。すると、良かった面として「これまで生きてきた経験が豊かですごいと思った」「とてもあたたかで、やさしい感じがした」といった言葉が返ってきました。執筆された先生方が述べておられるとおり、お年寄りの経験や知恵から学ぶこと、そして、上の世代の方たちに深い敬意を抱くことなど、世代間交流を通してでないと得られない大切なことに改めて気づかされました。
世界の教育ならびに日本の教育では、現在、ウェルビーイングの向上が強く求められています。ウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的に良い状態にあることであり、短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義などの生涯に亘る持続的な幸福を含む大きな概念です。中教審部会によると、ウェルビーイングには2 つのものがあるとされています。1 つは、自己肯定感や自己実現をもとにした「獲得的ウェルビーイング」で、もう1 つは、思いやりや利他性、社会貢献意識をもとにした「協調的ウェルビーイング」です。前者は、北米社会に見られるように、自らの力を高め、自己の目標を達成していくこと、すなわち、個人が獲得をめざす要素に幸福を求めるあり方を表しています。後者は、周りの人たちの幸せが自分の幸せでもあり、人とのつがなりを不可欠な基盤とし、日本文化に深く根差したものだとされています。
持続可能な社会を形成し、次の世代に継承していくためには、人々が協調的に物事を成し遂げていくあり方が肝要であり、国際的にも重要な理念とされてきています。信頼に基づき、あたたかで豊かな世代間交流は、多様な世代の人たちが、お互いに幸せを願い、よりよくあろうとすることにつながるものといえます。これは、まさに協調的ウェルビーイングの実現を後押ししていくものになると思います。
伊藤崇達(九州大学大学院人間環境学研究院准教授)
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