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新たなテクノロジーは人類の脅威となるのか? 『The Work of the Future』訳者あとがき試し読み

2023年に入り、ChatGPTをはじめとする生成AIが大きな話題を呼んでいます。メリットが大きい一方で「人間の仕事が奪われるのではないか」という危機感をもつ人もいるようです。
しかし、技術進歩と労働市場は本当に相反するものなのでしょうか?
本書The Work of the Futureでは、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者チームによる「未来の仕事」プロジェクトが、テクノロジーと労働の行く末を精査します。急速に進む技術進歩の恩恵を生かし、労働者に機会と経済的保障をもたらす仕事の未来を築くには何が必要なのでしょうか。
このnoteでは、特別に「訳者あとがき」を公開します。ぜひご一読ください。

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2013年にオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーンとカール・ベネディクト・フレイが「雇用の未来」と題した論文で、機械に代替される可能性のある職業がどれだけあるかを試算し、世界に大きな衝撃を与えた。日本についても野村総合研究所がオズボーンおよびフレイと共同研究を行い、10
〜20年後に日本の労働人口の約49%が就いている職業において、人工知能やロボットへの代替が可能と推計している(野村総合研究所2015年12月2日のニュースリリース)。オズボーンとフレイの論文をきっかけに「AI /ロボットは仕事を奪うのか?」をめぐり、マーティン・フォード『ロボットの脅威――人の仕事がなくなる日』(松本剛史訳、日経BP)など、未来の仕事をテーマとした多数の本が出版された。

2021年に刊行された本書『The Work of the Future:Building in an Age of Intelligent Machines』は、2018年からマサチューセッツ工科大学(MIT)が総勢50名余りのチームでこのテーマに取り組んだ調査報告書である。タスクフォース・メンバーには経済学、経営学、政治学、機械工学、電子工学ほかさまざまな分野の研究者が名を連ね、その中には日本でも『機械との競争』(村井章子訳、日経BP)などの著書で名を知られるエリック・ブリニョルフソンや、MITコンピュータ科学・人工知能研究所所長でロボット工学の権威ダニエラ・ルスも入っている。

チームの研究者らは機械化の最先端をいく業界である保険、医療、物流・倉庫、製造業に的を絞って、労働者の代替がどの程度進んでいるかを調査し、それをもとに将来を予測した。それが第Ⅰ部である。第Ⅱ部では、機械化によって加速した仕事の二極化――高学歴・高技能の労働者に富が集中し、それ以外の労働者にとっては仕事が低賃金で雇用保障がないものになりつつある趨勢を止め、軌道修正するための方法を提言している。

未来の仕事を考えるときはつい「AI /ロボットに奪われない仕事は何か? 自分はどんな能力を身につけて、どんな職業を選択すればいいのか?」と個人の能力、個々の仕事に目が向きがちだ。しかし本書では、機械化の進展によって労働者が不利益を被らないために、国がどのような技術投資を行うべきか、労働法や税制をどのように変えるべきか、教育システムをどのように整備すべきか、というマクロの観点から未来の仕事を論じている。未来の仕事のあり方を社会の中で大きくとらえ、政治や官民の働きかけによって方向づけが可能であるとする姿勢が本書の特徴といえる。

そのため、本書は読者として政策担当者が意識されているが、そうではない一般の私たちにとっても読む意義は大きい。自分の未来や将来世代の人生は限りある個人の努力だけにかかっているのではなく、政策によって変えられると教えてくれるからだ。そして政策には微力でも国民として影響を及ぼせる可能性がある。労働者として以外の立場から未来の仕事を考える、という気づきを本書は与えてくれる。

とはいえ、個人が直接的にできることは何かもやはり気になるところだ。これについては全編を通じて繰り返し、特に第4章で、学び直しであるとされている。実は本書の共著者で労働経済学を専門としMITを代表する経済学者、デヴィッド・オーターがそれを地で行くような経歴の持ち主なので、最後にご紹介させていただきたい。オーターは最初に入った大学を中退した後、病院で事務員になり、その後ソフトウェア開発の仕事に就き、大学に再入学して心理学を専攻し、教育ボランティアを経て、公共政策を学ぶつもりで入った大学院で「これだ」と思える学問、経済学に出合い、経済学者になった。経済学ひとすじできた人よりスタートは遅れたが、心理学を学んだことは研究にプラスに働いているとい。学び直しといっても、時代の変化に合わせて常に正解を選びながら効率よく自分の進路を決める必要はない。そんな心強い例だと思う。

なお、日本語版の翻訳は原著の出版社より提供されたPDF版にもとづいて行った。

月谷真紀

*国際通貨基金『ファイナンス&ディベロップメント』誌2017年12月号

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【訳者略歴】
月谷真紀(つきたに・まき)
翻訳家。訳書にアイケングリーン他『国家の債務を擁護する』(日本経済新聞出版)、スコット『性差別の損失』(柏書房)、ゴットシャル『ストーリーが世界を滅ぼす』(東洋経済新報社)、ブランシャール/ロドリック『格差と闘え』(慶應義塾大学出版会)などがある。

【目次】
序文(ロバート・M・ソロー)
第Ⅰ部
 第1章 イントロダクション
 第2章 労働市場と経済成長
 第3章 テクノロジーとイノベーション

第Ⅱ部
 第4章 「よい仕事」のための教育と訓練
 第5章 雇用の質をどう改善するか
 第6章 イノベーションを生む制度
 第7章 結論と政策提言

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