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3分とお友達
瑞から引き継ぎました2年の杉森星彦です。年末なので1年の振り返りをしようと思いましたが、今年は1試合しか出れておらず断念しました。故障のループにはまった前半シーズン、心の中に迷いがあった後半シーズン。また年中学業との両立に苦しみ、試合前など大事な時期に何度も体調を崩してしまいました。本当に情けないです。今年はどん底まで沈むとこまで沈みました。あとは上昇していくのみです。来年度予想を超える活躍をします。
最近昔のような心持ちで陸上に向き合えていない気がします。かつての気持ちを思い出すべく、今回のブログでは自分の陸上人生について振り返ってみました。僕の陸上人生は3分という時間とともにあります。これまでの陸上人生については、最初の自己紹介ブログでも書かせていただきましたが、また違った視点から詳しく書いたので読んでいただけると幸いです。
Stage1小学生
たまたま近隣の方に誘われて陸上クラブに入りました。小学6年のころは周りのメンバーにも恵まれて全国大会で上位を目指していました。学校が終わった放課後、毎週1000mのタイムトライアルをしていて、3分で走るよう言われていました。初めのころは、走るたびにタイムが伸びていきましたが、3分5秒あたりでタイムが止まってしまいました。ただ、最後の駅伝(距離は少し短かった?)の1000 m で3分を切れて、とても嬉しかった覚えがあります。ちょうどその冬、箱根駅伝の1区を現地に観戦しにいきました。大学生のランナーが1キロ3分を切るペースで目の前を駆け抜けていくのを見て、このペースで20キロ最後まで走るなんてすごいなと憧れました。今はこのペースで1 キロも走れないけど、大学生まで陸上を続けていれば20キロ続けて走れるようになるのかな、なんて思いました。
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ここでも3分との縁を感じる。
Stage3中学生
同じ県に3000m を9分切るような強力なライバルが複数人いました。彼らにはかなわないなと思い、中学3年の夏までは800mと1500m をメインにやっていました。中学3年の夏に全中に出場できたものの、大舞台の雰囲気にのまれ全く自分の実力を発揮できず、予選落ちで終わってしまいました。そんな中、彼らはみな全中で入賞していて、すごいなと尊敬していました。中学3年の秋、駅伝で3000 m を走るので、一度でも一人でもいいから彼らに勝ちたいなと思いました。当時僕の3000 m のベストは9分20秒、彼らのベストは8分40秒くらいでした。少しでも近づくためにまずは3000 m で9分を切る、1キロ3分で3キロ走ることを目標にしました。朝練を継続してほぼ毎日やり、毎週のように記録会に出てペースをつかみました。その後、彼らと直接対決した都道府県対抗駅伝の代表を決める3000mのレース。彼らがつくったハイペースに最後までついていくことができ、彼らのうちの1人に勝つことができました。それと同時に自己ベストを30秒ほど一気に更新して、9分も切ることができました。一度でもいいから勝ちたいという気持ち、格上の相手に挑んでいくわくわく感、最後までついていけるのではないかという根拠のない自信、これらの要因が重なり、あの日は特別な力を発揮できました。
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Stage5高校生
5000 m を走る機会が増え、目標は5000 m で15分を切る、1キロ3分で5キロ走ることでした。ただ、試練の連続で達成するのに1年半かかりました。初めて大きな怪我をしたり、コロナで大会が次々となくなったり、勉強との両立に苦しんだり。中学時代のライバルが次々と活躍する中で、僕は全く結果を残すことができませんでした。とても悔しくてこのままではだめだと思い、全てを変えました。今まで時間がないことを言い訳にして練習の質を重視していましたが、徹底的に走行距離を増やしました。また、強豪校や陸上の本を参考にして、練習のメニューを自分で考えたものをベースに先生と相談して決めるようになりました。その結果、高2の秋の関東新人大会で5000 m で15分を切り、さらには入賞もすることができました。駅伝の強豪校が出ていないというからくりはありますが、高校で唯一大きな実績を残せました。この結果、慶應の方に声をかけていただき、今に至っています。
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Stage10大学1年
大学1年時の冬、チームの全日本予選会出場のために、少しでも10000mでいいタイムを残したい、自分の大きな目標は10000 m 29分台、1キロ3分で10キロ走ることでした。ポイント練習で1キロ3分を切るペースでやり続け、ペースを体にしみこませました。その結果、11月の記録会で29分台を出すことができました。高校の時、1キロ3分で5000 m しか走れなかった自分が入部して半年でその倍の10000 mも走れるようになるとは思いませんでした。
ただ、前述したとおり、その後は故障が続いたり、前向きに競技に向き合えない時期が続いたりして、3分との闘いは去年の11月から進展がありません。陸上を始めた時の絶対に負けたくないという気持ち。小学生の時の走ることを楽しむ気持ち。中学生の時の自分の限界を決めずに格上の相手に勝負を挑む気持ち。高校の時の速くなるために考えて競技に取り込む気持ち。これらの気持ちを今持てているだろうか?今の環境を言い訳にして負けても仕方ないと思ったり、走ることに意義を見出せなかったり、持ちタイムに差があるから無理だと勝負する前から弱気になったり、与えられたメニューをこなすだけになっていたり。今回のブログを機に、かつての純粋な気持ちを取り戻し、今後の競技人生に向き合いたいと思います。
FinalStageお友達へ
これからの陸上人生も1キロ3分とともに歩んでいきます。まずは、次のハーフマラソンで15キロまで1キロ3分で走る。最終的には、ハーフマラソンを1キロ3分ペースで最後まで走りきることが僕の陸上人生の一番の目標です。箱根駅伝予選会で1キロ3分でハーフマラソンを走る、そして小学生の頃現地で観戦して憧れた箱根駅伝の舞台に今度は自分が立つ。今まで闘ってきた1キロ3分とは最後お友達になって、陸上人生を締めくくります。
次は成沢です。成沢は1キロ3分を切るペースでも脱力していてとても楽そうです。3分とはお友達以上の関係なのでしょう。よろしく!
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