キャズムを乗り越えるというプロセスは必ずしも必要ではないかもしれない
自分のライフスタイルにこだわりをもって生きている。そんな人に誰もがなりたいと思っているし、自己実現をしているように見える人は何の世界でもいつの時代も注目されるものだ。
このこだわりというのは人それぞれ違っていて、最先端の電子機器に異常なほどの熱意を燃やす人もいればガラケーで十分という人もいる。新聞を愛読する人からnews picksなどを活用する人まで情報の取り方も多様だ。ipadで完全デジタル化にこだわる人がいる一方で古い手帳と万年筆にこだわる人もいる。
みんなバラバラなこだわりや消費行動をもっているなかで新しいものを普及させるのは本当に難しい。今日はそんなお話について
■ モノがだんだんと売れていく過程
この考え方を最初に説明したのはスタンフォード大のエベレット・ロジャーズさんという教授で著書の「イノベーションの普及(英語でDiffusion of Innovation)」という60年代に書かれた本が最初だ。
知っている人も多いと思うので具体的な説明はしないが、市場におけるお客さんを5つに分類するという分析で「イノベーター(革新者)」、「アーリーアダプター(初期採用者)」、「アーリーマジョリティ(前期追随者)」、「レイトマジョリティ(後期追随者)」、「ラガート(遅滞者)」の5つに分類される。
この理論をいつも考えて画期的だと思ったのはそれぞれ5つのお客さんの分布だとぼくは思っている。新しいものをガンガン使う人は2.5%程度、人よりいち早くとりいれる人は13.5%程度、普及してくる中で早めに取り入れる人は34%、周りをみながら慎重に採用していく人は34%、絶対前のものに固執する人は16%といった一例からわかるように、新しいものが世の中に出るときになぜ一気に広まらず徐々に広まる傾向が強いかということをよく表してくれている。
いつの時代も最初に誰かが恐る恐る試さないと物は普及しない。毒のあるフグや気味悪いタコ、にょろにょろヌメヌメのウナギなどを最初に食べた人はすごいと思うことがあるが、彼らはイノベーターとして最初の数%の人が果敢にチャレンジし、だんだんと「うなぎっていうヤツがうまいらしい」ということが言われるようになり大流行につながっていったと勝手に想像している。
■ いろいろな顔をもつ僕たち消費者
このイノベーター理論に基づいて考えると、人はそれぞれ一つのタイプに固定されているのではないとぼくは思っている。モノが変わればそのモノに対する考え方は一人の人間の中でも変わっていく。
例えばとてもとにかくガジェット好きな人がいてもはやオタクレベルでガジェットを追い続けていて惜しみなく資金も投資して色々なガジェットの先端を行く人がいる。そんな人もガジェット意外についても常に最先端を行ったり、早く新しいものを取り入れているかというと当然そんなことはない。古いバイクに乗るのが好きで「俺はカブ(新聞配達のやつ)に乗り続ける」というこだわりを持っていたり、「万年筆を愛している」といったラガードな強烈な変わらない面をもっていたりするものだ。
一般的に新しい物好きとか、常に流行の最先端をいくという傾向が強い人というのは確かにいるがどちらかというと全方位的に最先端を行く人というのは余り少ない気がするが、比較的流行を追ったり普及する前に新しいものを買って自慢したがるタイプは意外に年配の世代に多いかもしれない。
いろいろな関心が多様化してそれぞれバラバラなものに対する興味や関心を持つことを良しとするようになった40代以下の世代についてはどちらかというと自分の関心や好みによってモノが変わればアーリーアダプターになったりラガードになったりコロコロと変わる傾向があると想像する。
ちなみにぼくはガジェットについては”関心”こそアーリーアダプターだが家庭などを考えて実際は割と古いスマホだったり安いSIM使って高速通信は我慢しているのでタイプとは違う行動をとって折り合いをつけている。そんなタイプとは別の行動をとっている人間というのは一定数いるのでそういったタイプの消費者の我慢を「ニーズ」と捉えてビジネスにしているのはガジェットに限らず様々な物にあるので意識して考えてみると面白い。
一方で仕事道具としては愛用のシステム手帳をずっと使っているし紙に万年筆で書く行為も好きなので続いているがどう考えても重いしインクがめんどくさかったりするので最先端ではないラガードに近い。かなり断捨離をする方なので真っ先に処分してデジタル断捨離をする考えもあるが何となくアナログの良さに固執してここについては圧倒的ラガードな考えを持っていたりする。
ぼくらはそれぞれ何らかのこだわりをもっていて、とにかく最先端を突っ走るモノや、いっぽうで真逆の何等かの絶対に変わらない考えを持っているモノを持っているものだ。
■ キャズムをどう乗り越えるか
個人はこのようにいろいろなタイプがいるわけだが、モノやサービスを提供する側を中心としたビジネスの話になるとなかなか難しいところがある。
冒頭の理論のように「新しいものをガンガン使う人は2.5%程度、人よりいち早くとりいれる人は13.5%程度、普及してくる中で早めに取り入れる人は34%、周りをみながら慎重に採用していく人は34%、絶対前のものに固執する人は16%」という分布は何も個人だけではなくて、B to Bの世界でも同じことがいえる。自分の会社が新しい自動車用の原料を開発したとしてそれを採用してくれる自動車メーカーにもそれぞれスタンスが違っているはずなので、会社でもどういったタイプかが変わってくる。
そういった新しいものやサービスを普及させるのはとっても難しいことで、一部の最先端を追う人がいるいっぽうでラガードのように昔のものに固執するタイプも多いのでなかなか昔の品番のパーツや素材を廃盤にすることができなかったり、新しいものがヒットしなかったりするものだ。
こういった現象を分析したのが「キャズム」という90年代初期の本で、ガンガン新しいものを採用する人と割とはやくから採用する人を合わせた16%と、それ以降の比較的新しいものを採用する人と遅れて採用する68%+ラガードの間には大きな溝があるとしている。キャズムというのは「みぞ」という意味なのでその16%とそれ以外の人の間には大きな谷があって、そこを乗り越えられるかどうかで普及するかどうかが決まる。
■ モノやサービスをヒットさせるために
新しいものを採用する16%に該当するイノベーター(革新者)、アーリーアダプター(初期採用者)の特徴というのはリスクを好んで「誰もやっていない」ことに魅力を感じるタイプで、こういったタイプは何か問題が起きても自分で調べて自分で修理したり課題を解決する傾向がとてもつよい。
一方でキャズムの反対側にいるアーリーマジョリティ(どっちかというと早めに取り入れる)、レイトマジョリティ(遅めに取り入れる)、ラガート(頑固もの)という残る3つのタイプというのはとにかく「リスクを嫌うこと、自分でやろうとは思わない」という特徴がある。
そういった溝があることを前提に考えると、マジョリティを構成する多数の人達を抑えないとモノを普及させることはできないとしたら、彼らが気にしている点を解決する以外に方法ない。
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例えばその消費者が必要なすべてのサービスを提供するというのが一つ。アーリーアダプターたちは新しいものを採用する際に、足りないものを自分で探したり問題が起きても自分で何とかするが、普及させるために抑えないといけないマジョリティの人たちはそういったことはめんどくさいと思っている。
なので「~が一切不要」とか「~というサービスもあるのでご自身でやらなくても大丈夫」とか「何かあってもいつでも~へお電話を」といった至れり尽くせりのサービスを付与することで、普及させるというのが王道の考えとしてある。
他にも「隣の山田さんが使っている」というような形で他の人が採用しているという事実を伝えることで人に影響されやすいマジョリティの人たちの心をとらえるというもの重要な方法だ。新しいコスメを口コミで広げたり、インフルエンサーやYouTuberに商品を紹介してもらったりするのも一つのモノを売るための手段として使われている。
会社でも最先端をいくひとが使っているのを見て自分も買ってみようと思う人は年齢にかかわらずいるものでそういった状態を企業として作り上げることで普及を狙える。胡散臭いチラシとかでもAさん、Bさんといった形で体験談や成功例がかかれているのもこういったマジョリティの人を狙った広告だといえる。
■ 普及することで離反する人たちもいるから難しい
無事に自分の会社の製品やサービスを普及させられたとしても僕らの悩みは尽きない。
新しいものを採用する16%を構成するイノベーターやアーリーアダプターが離反する可能性が高いからだ。
これは何も難しいビジネスの話ではなくて、誰でも経験したことがある話。他の人が使っているとそれが嫌になってしまうということはだれでもある話だ。例えばイケてると思っていたリュックを使っていたが、徐々に普及してしまっておばちゃんから子供までそのリュックを街で使っているのを見て使うのをやめてしまうような例が挙げられる(ぼくは町で見ていてこの数年Anelloというリュックにそれを感じている)。
iphoneがクールだと思っていたアーリーアダプターは徐々に誰でも使える普及機になることで他の選択肢を探すこともある。服やブランド品も誰でも使っているものを安心して使う人もいれば、人と同じは嫌だと思う人も多いということだ。
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こう考えると、企業というのは新しいものやサービスを常に出すことを狙って日々イノベーションを起こそうとしているわけだが、連続してそれを行っていかないといけないということになってとても大変な思いをする。
何らかの製品を普及させてはまたアーリーアダプターたちが満足するような新しいものを作っていくということをゼロから始めなければならないというとても大変なサイクルを日々作っていかなければならない。最近流行や技術革新が速いので新しいものを作ったとしてもすぐに流行からはずれてしまうケースも多くさらにこのプロセスを難しくしている。
■ キャズムを乗り越えなくてもいいかもしれないという考え
個人的に時々思うことだが、実はまったく真逆の発想というのもアリではないかと思っている。
例えばラガードで頑固者で昔のものに固執した人たちをターゲットに伝統の技術でがっちり抑えていくという戦略もありうる。こういった固定ファンをがっちり抑えていくもの戦略の一つで、「世の中変わっていくけど、やっぱり~っていいよね」とか、「~といったらこれ」というメッセージを伝えることでロイヤリティの高いお客さんを抑えている商売もいくつもある。
こう考えると、キャズム(みぞ)というのは乗り越えて、16%の新しいものを採用するひと→普及層の人→頑固者の人という流れで普及させていくという考えではなくても色々なビジネスが世の中にはあるといえる。
2番手で入り込んで普及層だけを狙って価格を安くして取り込む戦略もあるし、上記に書いたように頑固者に昔ながらのサービスを提供することで余計な最先端の競争はせず昔ながらのものを作りこんでいくという考え方も通じる世界がある。
こうしてぼくらは何かにおいては新しいものを取り入れるし、全く変えようとしなかったりする。実に人それぞれが複雑で個性があるんだなあと感じるものだ。そういった好き・嫌いやこだわり、そういったものが個性として人それぞれの人生を彩っている。
5つのタイプに便宜的に分けないとビジネスでは理論的に考えられないので仕方ないが、本当のぼくたちは簡単に分けられないほど色々な個性をもっている。そういう人たちの集まりがぼくたちが生きている社会だとしたら、自分の気持ちに従ってみんなそれぞれ素直に生きればいい。きっと一人ひとりに響くビジネスというのはまた現れるのだ。
Keiky.