Blog_アイキャッチ_from_PC__37_

ぼくらは沈まない。ふらついたとしても。たゆたえども沈まず。

昨年を振り返ってみると、結構きつい一年だった気がする。私生活は順風満帆で楽しい時間が多かったが仕事については悩み多き一年だった。

色々会社を変えようという機運こと高まり、経営者もそれを後押しするような感じだったので全社を挙げていろいろな階層でアイディアを出し合いながらいざ変革の提案をしようとしたらそこまで大きく変えるつもりはなかったようですべて降り出しに戻されたこと。

経営から足元の業績を細かく言われるようになったので、現場の事業もすべて短期志向になってしまい中長期の施策は全然なくなってしまったこと。立場の弱いものの経費カットなどが先行し上層部は前と変わらない行動をとっていたこと。

などなどいろいろがっかりさせられることが重なったこともあって、はじめて転職活動をしてみた一年でもあった。結果的に会社が変わるような一筋の光が見えてきた気もするので今は会社に残りつつ、時々リサーチしてじっくり構えて転職してもよいと思える会社があれば飛び乗るくらいの緩めの転職活動を平行してやるくらいのスタンスで今年はいこうと思っている。

—— 〻 ——

仕事をしているとへこまされることってよく起きる。頑張っていたプロジェクトがなくなったり、上司が最悪な人に変わったり、やりたくもない部署に異動させられたり。上司の指示が実はとてもつまらない保身からきていたことを知ってしまったり、現場の大変さを理解していない発言を偉い人がしていたりいろいろがっかりすることが多い。

「自分は自分の仕事だけをして後は関係ない」と思えればこういった心理的なストレスというのは感じずに済む。だけど志があったり会社を良くしたいともともと思っている人にとってはなかなかそうは思えないところがあったりする。

「それはうちの部門の責任ではない」といえるのは事業のラインや業務が特定されている財務や人事などのスタッフ部門はまだ言ってもいいかもしれないが、経営企画部門にいると仕事の範囲は全社に係るのでそういった発言はできない。

僕はへこみやすい性格も手伝って、常にがっかりしたり前向きになったりして結構疲れやすい性格なのでもっと自分を安定させたいと思うことばかりだ。

—— 〻 ——

これは性格なのか生き方なのかよくわからないが、チャレンジはしたいと思っている。いったんへこんでも、しばらく回復に時間がかかったとしてもまたやろうと思って頑張ってしまう。

もう一度頑張るとき、僕はある言葉を思い出して自分を勇気づけている。

「たゆたえども沈まず」

ぼくはこの言葉を手帳の端っこにメモしている。


あまりに有名なこの言葉はパリの紋章に書いてある言葉の日本語訳。日本でも有名な言葉として取り上げられることも多いので多くの人が知っている。目新しさはないので申し訳ないが、ぼくはこの9文字という短い字数、「たゆたえる」という普段は使わない日本語を使っていることなど、言葉の響きがとても好きな言葉だ。

ラテン語でFluctuat nec mergiturと紋章に書いてあるがぼくには読み方すらわからない。僕の頭にあるのは「たゆたえども沈まず」という日本語の方で、16世紀から存在するといわれているパリの標語として親しまれている。

ぼくが元気がないときにこの言葉を聞くと不思議と踏ん張れる気がしてくるのはパリの今までの厳しい歴史背景などがあるからかもしれない。

—— 〻 ——

パリといえば華やかなイメージが多く日本の女の子もかなり憧れや好意的な思いを抱いている。ファッションやお菓子やおしゃれなものがとにかく多いイメージだし日本人でパリで住んでいる人の本などよく売れる。

そんなパリには僕自身複数回いったことがあるが毎回あまり華やかな印象は受けない。歴史的な建造物はとても雄大で歴史を感じるが冬にいくと町は寒いしシャンゼリゼ通りもそんなに華やかな感じはない。歴史が割と好きな僕としては歴史を感じる。そんな印象を受ける町だ。

フランスに拠点があるのでフランス拠点と仕事をすることがあるなかなかやりづらい国として有名だ。とにかく労働者に手厚いので自由が利かないこと、個人主義が強くてかなり自己中で完全に仕事とプライベートを分けるようなフランス人は仕事をするうえであまり人気がない。何よりしゃべるのが好きで永遠にしゃべってられる彼らとどちらかというとしゃべりたくない僕は相性が悪い。

そんなフランスのパリでも歴史的な建造物と、この「たゆたえども沈まず」という言葉はとても好きなものとしてぼくは感じているので、もし今度パリにいく機会(そうそう無いと思うけど)があったらまたそういった歴史には触れたいと思っている。

—— 〻 ——

この「たゆたえども沈まず」というのは船乗りの言葉だったが、歴史的につらいことが起きやすかったパリの紋章に刻まれるまでの言葉になった。

どんなに強い風が吹いても、揺れるだけで沈みはしない。そんな力のこもった船乗りたちの言葉がパリの歴史に重なる。

パリは長く戦乱や革命などめちゃくちゃにされては復活するということを繰り返してきている。ローマ帝国によるパリの征服、ノルマン人による破壊、パリ市民の反発を受けたアンリ4世によるパリ攻撃など様々な事件が17世紀から18世紀を中心に勃発している。18世紀末には「パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない」といったマリー・アントワネットが登場する。その後プロセイン軍によるパリ攻略未遂などもあった。

あの有名なコンコルド広場ではルイ16世やマリー・アントワネットをはじめて1000人以上がギロチンで処刑されている。

このようにコロコロと権力者が変わって争いだらけの中で、パリはときには栄え廃れたりすることを繰り返してきた。第二次世界大戦でもナチス政権率いるドイツ軍がパリを4年間占領している。

—— 〻 ——

パリの歴史というのは華やかさとは無縁だ。そんな中でも芸術が生まれ、多くの文化が育まれた。動乱に巻き込まれるたびに人々は「ぼくはまけない」そういう思いで立ち上がったに違いない。そんな中で「たゆたえども沈まず」という言葉がパリ市民の心に刻まれていったとぼくは想像している。

2015年のパリ同時多発テロ事件の時にもこの言葉は大きく掲げられた。

ノートルダム大聖堂が火災で燃えたときにもこの言葉をよく見かけた。

パリのはじまりは紀元前250年ごろと言われていて、ノートルダム寺院が経っている小さなシテ島という島がすべてのはじまりだった。この始まりの地にたつノートルダム寺院が崩れ去るのは自分たちの精神の拠り所がなくなる思いだとフランス人の知り合いは語った。

—— 〻 ——

自分の心の拠り所が崩れ去った時、頑張ってきたことが無駄になったとき、人にひどい言葉をかけられたとき、ぼくらはへこんでしまう。

それでも沈まずまた浮上する力がある。

そんなことを伝えてくれる言葉に出会えてぼくは幸せだ。

今年もたゆたえることはたくさんありそうだが沈まない。

ぼくらは沈まないのだ。

keiky.

いただいたサポートは、今後のnoteの記事作成に活かさせていただきます。ますます良い記事を書いて、いただいた暖かいお気持ちにお返ししていきたいと思います☆