『出来ごころ』 東京国際映画祭2023 映画編
2023.10.24。
私はこの日、一番好きな田中圭の「役の生き方」がつまった作品を観た。
それがこの『出来ごころ』。
興味深いことに、この英訳が『Passing Fancy』と出ていた。
実際この英訳を調べると下に引用したように、本家の小津安二郎監督のサイレント映画の頃からつけられていたものだった。
Fancyとはこれいかに。
と思って調べてみたら……
そのぬいぐるみファンシーだね、とかだけかと思っていた!
思っていたのと違う言葉もあるではないか。
元イーオンっ子なのに、情けない。
そしてことのついでに調べた『できごころ』。
良くないことに使われる『できごころ』。
それがタイトルになっている今作。
では何が『出来ごころ』だったのか。
ここにこそ、この映画がリバイバルされた、そして初回を飾った意味がある。
1.WOWOWが仕掛けてくる『OZU』
この『出来ごころ』はWOWOWの先行上映となっている作品。小津安二郎監督の生誕120年を記念し、サイレント群がリメイクされるというWOWOWの企画で、この日は第一話と第二話を上映。
別日には違う作品も上映される。
主演に田中圭。
監督は城定秀夫氏だ。
この2人は以前「女子高生に殺されたい」でタッグを組んだ。
それ以来の今作。
圭くんが主演に決まったエピソードがあった。
何しろこの日は圭くんと監督のトークショーもあったのだから。
それはとても興味深いものだった。
通常主演の候補は大体数人選ばれている。その中に田中圭の名前もあった、と語る監督。
そしてこの時点で監督はまだ、田中圭にこの役ができるだろうかと疑問視。
あの、『女子高生に殺されたい』の役を生きた圭くんに対し、何を言う、監督!という思いだったのは内緒。
そんな時、監督は圭くん主演の『死神さん』を観た。
そこで迷いはなくなったという。
こんなふうにもお芝居ができるんだ、と。
なら任せよう、と。
圭くんはこのエピソードを聞いて、(死神さんを)やってよかったと場内をほっこりさせる。
こんな圭くんだから、クズ役でも愛されクズにしてしまう。
天才的な愛されクズっぷりだ。
今回の喜八も正にクズ。
しょーもな!
だ。
でもどこか憎めない。
ここに私は「田中圭」の人間性を見る。
要は人たらしなのだ。
愛されキャラなのだ。
共演すれば誰をも虜にしてしまう。
その部分が自然と役から滲み出てしまうのだと思う。
私見だが。
だからこそ、どんなにダメな人でも、田中圭がやるなら、圭くんなら仕方ないか、と、本来クズな人であっても愛されクズに昇華させてしまうのではないだろうか。
2.あらすじ
ここでまず、小津監督が撮った『出来ごころ』のあらすじを載せておく。
設定など若干の違いはあるが大筋は上のようであり、今回はカラー映像となっている。
3.本編と感想
喜八は息子の富夫と暮らすも、パチンコとお酒が好きな労働者。
ちなみにこの労働者で思い出されるのは昨年夏の舞台、『夏の砂の上』という戯曲だが、全く違う。
田中圭という役者の役を生きる引き出しは天井知らずだ。
さて、ここからはネタバレになる。
この話、最初は笑いを誘う。
私も笑った。喜八のキャラに。
喜八はとある公園で春江という女性に一目惚れをする。
というか、春江が自分のことを見ていたと思い込む。
同僚の次郎を見ていたのに。
この辺りの勘違いっぷりも面白い。
喜劇に徹しているのだ。田中圭は。喜八の勘違いも甚だしいのに、完全に浮かれるその様が滑稽で。
滑稽であればあるほど、ここは後半に向けて進む内容とは対照的に、光が射す部分だ。
同僚の次郎はといえば、奥さんに逃げられ、女性は嫌だという。
ところが春江は次郎が好きだ。
春江が働く食堂では次郎の前に大盛りによそられたご飯が置かれる。
席を外していた喜八には普通のご飯が置かれる。
ここで喜八の恋心を知っている次郎がご飯を喜八のそれと交換するもんだから、戻ってきた喜八、そのご飯の量の違いに気づいて、ニヤニヤ。
この2人の掛け合いもとても面白かった。
仕方ねぇなぁ、男からビシッといくか、と勘違いする喜八。
どこまでいくのだ、喜八よ。
それは勘違いだぞ、と観客は喜八のピエロっぷりを楽しむ。
さらに喜八は床屋に行き、髪をピシッときめ、喜八の中でおそらく一張羅を着、花屋で買い求めたであろう一輪の花を持ち、春江が働く食堂に行く。すると仲良しの女将さんが春江のことで相談があるという。
どうやら春江が恋煩いをした、と。
ここでの監督の見せ方が最高に面白かった。
何しろここでサイレント映画を使ってくるのだから。
こうくるか!と舌を巻いた。
サイレントで喋る俳優陣。その後に出てくる字幕。
「皆まで言うな、俺に任せろ、春江をもらってやる」といったように。
そしてサイレントが終わると現実に戻る。
今のは喜八の妄想か!
と、なる。
通りでおかしいと思った。
女将さんに春江は次郎が好きだと聞かされる喜八。
ここ、が笑いの頂点。
哀れ喜八。
でも応援したくなる喜八。
喜八を中心に書くため、詳細は省くが、この後物語は一変する。
息子の富夫が病に倒れ、手術をすることになる。が、健康保険証もない喜八。術後に薬を取り寄せるためにもお金が必要だ。
富夫は入院している。
一人部屋でお金を数える喜八。
当然お金は数えればすぐ終わってしまうくらいしかない。
自分の行いが招いた結果だ。
時代が変わろうと、お金がモノを言うのは不変だ。
やっぱりダメダメだ。てんでダメだ、喜八。
ただ、この後のシーンがいい。
騒がしいはずのパチンコ屋に静かに1人負けこむ喜八。
背中で語る、虚ろな表情をした男が1人。
息子の病。
足りないお金。
会社からは既に給料の前借りを十分してきた。
わずかばかりのお金をパチンコという手段でしか増やす方法がない喜八。
自分の不甲斐なさを体全体で田中圭という役者は表す。
引きのアングルでも分かるくらいに。
こういうところ、セリフがなくても語るところ、私は大好きだ。
結局喜八は弟から援助してもらうが、今後は薬を取り寄せなければならないという現実が突きつけられる。
そんな時、お金を渡しながら弟は言う。
富夫を養子させてくれないか、と。
自分なら今後学校にも通わせられる。兄さんはできるのか、と。
富夫が落ち着いた頃に養子にした理由を全部話すから、と。
喜八は悩む。
そして……
出来ごころ。
富夫は弟の話を承諾してしまうのだ。
悩んだことだろう。
なにしろ喜八はもちろん富夫を可愛く思っている。
富夫もなんだかんだ言ってもお父さんが大好きだ。
なにしろ、賢い富夫。テストで100点をとるも、同級生に父親のことを罵られ喧嘩となるくらいだから。
そうして喜八の弟の車で東京に向かう富夫。
ここでも富夫の役の生き方が素晴らしい。子役とは思えないほどだ。
ずっと窓から外を眺めている。母となる喜八の弟の妻が話しかけても答えはするが、気持ちは虚ろだ。
賢い富夫のこと、何かを感じ取っていたのだろう。
そう、父との別れを。
そして富夫はアイスが食べたい言う。
ならばと立ち寄り車を降りる喜八の弟夫妻。
ここで富夫は走り出す。
父の元へ。
父、喜八もまた走っていた。
富夫の元へ。
ここの喜八のワンカット長回しが素晴らしい。
観る機会があれば是非、ここに注目して欲しい。
走って走って、走って。
ヒーヒー言いながら走って。
この言葉には走り疲れももちろん、後悔の音でもあるかきがした。
そして、富夫を手放してしまった後悔という十字架を背負いながら喜八は走り抜ける。走り続ける。
一筋の道を。
富夫へと続く道を。
間に合わないかもしれない。
それでも諦められない。
走るしかない。
最後には転んでしまう喜八。
大通りに出るとふと、向こうからバスが来る。
走り去るバス。
1人降りている富夫。
駆け寄る2人。
富夫を抱き上げる喜八。
富夫も喜八に抱きつき、脚を喜八の体にギュッと絡ませる。
もう離さない。
もう離れない。
無言の会話がそこにはあった。
そして流れ出すエンドロール。
この一連の流れで私は泣いた。
私は残念ながら小津安二郎監督の映画は観たことがない。
今回は元となったサイレント映画も、あらすじも、全く見ずに行った。
私はこれで良かったと思ってる。
かつて田中圭が演じた舞台、『チャイメリカ』のようなものは、天安門事件が題材になっていたため、事件について予習をして行った。
が、今回はなにもしないでただただことの成り行きを見守った。
それが私にとっては功を奏した。
新鮮で、素直に映画に溶けこめた。
とても、とても、とても、素敵なお話だった。
放映はWOWOWにて11/12(日)放送・配信スタート
毎週日曜午後10:00
※第1話無料放送(全6話)
この、初回を飾った『出来ごころ』オススメだ。
もちろん、二話目も良かった。
この機会に全話観るつもりだ。
そのくらい良かったのだから。
なお「第一話 出来ごころ」は10/31 [火] 14:20-にも上映があるので、機会がある方は是非ご覧になってみてはいかがだろうか。
追記
11/3の先行配信を観て気付いた。
最初のシーンと最後のシーン、重なってるんだ。
なんて演出なんだ!!
さすが城定監督だ!!
だって、トークショーの圭くんに夢中だったし、最前列はみにくいからーー
ということにしておこう。
うん。
きっとそうだ!
そして風船。
きっとこれは女子ころへのオマージュ。
憎い演習で大好きだ。
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