夢のマイホームが雨で腐った話
長いこと現場をやってきました。
・・・休憩時間になると雑談がてら
「いちばん嫌な現場ってなんスか?」と、
先輩職人に何度か尋ねたことがある。
先輩たちは眉間にシワを寄せ「あん?」と言い、
めんくせーガキだなという態度を見せつつも、
意外とちゃんと話してはくれる。
無精ひげをこすりながら、
先輩がゆっくりと口を開く。
「そりゃぁ~まぁ・・・アレだろ」と。
・・そしてその口から出る話というのは、
大体の場合、大体が同じような話になる。
『アレ』が、あまりも圧倒的だからだ。
■「雨天」
美しい閑静な高級住宅街の一角に、
異臭を放つ腐り果てたゴミ山がある。
このゴミ山も、ほんの数か月前までは、
誰もがうらやむような大豪邸だった。
その先鋭的で個性あふれるデザイン。
建てるのに1億?2億か?・・想像もつかない。
『アレ』の始まりも、ほんの些細なことだった。
大きな問題というのは小さな違和感に隠れているものだ。
「えっ?」
ご婦人がフローリングの片隅で、
小さな小さな『謎のシミ』を見つけた。
「ちょっと!なにこれ!?」
ご婦人は子供たちのイタズラを疑い。
シミの元へ呼んで、彼らを問い詰めた。
「知らない~」
子供たちは声をそろえて首を横に振る。
「えっ・・・じゃあなにこれ?」
ご婦人はシミを見つめ首をかしげる。
そのシミは一体何なのか?
それに『気が付くのだけ』でさえ数か月。
あまりにも膨大な時間を要してしまった。
ひとつき。ふたつき。みつき・・・・・
・・・なぜ・・・そんなにも放置してしまったのか?
それは、もちろん『考えもしないこと』だったからだ。
まさか新築に家で『雨漏り』がするなどとは・・
「そんなまさか」と思ってしまう人が多いのだ。
問題に気づいた家主の奥様は、顔を真っ青にしてから、
顔を真っ赤にして、業者へクレームを入れた。
「あなたたちが建てたばかりの家が、
なぜか雨漏りしているのですが!?」
・・・もちろん筋の通ったクレームである。
だが、どんな会社でも間違いは起きるもの。
と・・・まぁ・・よくあるこういう
『住宅トラブル』があった場合。
理想的な業者の動きとは何だろうか?
その答えはあまりにシンプルである。
①問題が発生したらすぐ駆けつける。
②問題が解決するまで最善を尽くす。
それが地元で信用を失わない唯一の方法である。
・・・そこに難しい理屈などないのだが、
当たり前と思われることは一番難しい。
もちろん業者側は光の速さで飛んできて、
すぐに雨漏りの調査を開始した・・・
そして原因を突き止めた。
当然である。ここは彼らが建てた家。
彼らは熟練のプロの集団なのだから。
彼らが見つけたのは、
外壁のわずかな隙間(ヒビ)
ここから雨が侵入しているに違いない。
業者はそこをシールで穴埋めをして、
補修完了の報告を家主にした。
「もう大丈夫です!」と。
「ご心配おかけして申し訳ありません」と。
これで家主もホッと一安心。
「ありがとうございました」と笑顔で答える。
このような雨漏りトラブルはあったが、さすがプロ。
ミスに対する迅速な対応で、むしろ逆に株を上げたのだ。
このようにたとえ問題が起きたとしても、
こういう態度がとれる業者は決して信頼を失わないものだ。
・・・・そして、その後は『雨漏り』もなく。
何事もなく時間が過ぎ去っていった。
業者の対応は一見すると、
完璧なもののように見えた。
・・・・・・ところが問題は、その翌月。
さらに『大きな問題』が、
最悪の形で露呈することになった。
壁や床に大量のシミ。
結露などが現れたのだ。
・・・・・そう、直ってなどいなかったのだ。
実は直ったように見えていたのは『8月』
たまたま雨が少ないシーズンだっただけのこと。
そりゃ雨が降らなければ、
雨漏りが直ったように錯覚もするだろう。
そして翌月の『9月』は・・・・そう!!!!!
『台風シーズン』
最悪の展開である。
・・・つまりもちろん『雨漏り問題』が、より大きく
ハッキリと目に見える形で露呈することになる。
それこそ暴風雨が何日も。何度も。
立て続けにやってくることになるわけだ。
ザーザーゴーゴー。
たまったもんじゃない。
パソコンなどの機器。
ベットなどの家具。
それらすべてが入り込んだ『雨』で
グショグショになってしまったのだ。
■「熟練のミス」
端的に言うと、業者は雨漏りの原因を
そもそも発見できていなかった。
この家を建てた張本人たちであるにも関わらず。
・・・・・彼らが指摘した『外壁の隙間』
いかにも問題の原因であるかのように見える。
「雨漏りはここから発生しているに違いない」と。
それは正解だったかもしれないし、
不正解だったのかもしれない。
・・・・・しかも『外壁のヒビ』は、
家主が指摘した『雨漏りがあった場所』付近の上。
『ヒビから雨が入り込み、下のフローリングに漏れた』
いかにもそれっぽい話である。
原因が雨漏りした箇所の傍や真上にあるハズだと、
そう思ってしまう心情、よく理解できる。
それは正解だったかもしれないし、
不正解だったのかもしれない。
・・・ただ・・一つ言えるのは『漏水が一か所だから』
『その原因も一か所』とは限らないということだ。
雨は自由に形を変え、どこからだって侵入する。
『どこでも原因になりえる』だから恐ろしい。
わかりずらいってことだ。
どのような業界でも見られることだけど、
『熟練したプロ』ほど経験や勘に頼る傾向にある。
過信が学びを疎かにさせ、
慢心が問題解決を遅らせてしまう。
『思い込み』ほど恐ろしいものはない。
まず最初の段階で『散水試験』(雨のように水を撒くこと)や
サーモカメラを用いれば原因も見つけられた・・かもしれない。
少なくとも、無駄な時間や無駄な工事のいくつかは、
確実に減らすことができたハズなのは確かだろう。
なぜなら・・・結論から言うと。
この雨漏り問題は『半年』かかっても、
解決するに至らなかったのだ。
じょぼじょぼ
びちょびちょ
・・・いや、それどころかこの業者は『最後の最後まで』
雨漏りの原因を突き止めることができなかった。
時間だけが刻々と過ぎていく。
■「崩れる家」
新築で建てられた豪邸の外壁や柱はすでに、
塗装が剥げ落ち、まだら模様になっていた。
ダルメシアン。
窓のサッシからは雨がしみ込み滲んでいる。
・・・・それでもまだ、家主は工務店を信じていた。
その理由の一つは『莫大な金』を
業者に支払っていたから、かもしれない。
並みの額ではない。
・・・・・だが、金さえ払えば
人がその金に見合った仕事をするとは限らない。
雨漏りがするたび、家主は業者を呼んだ。
もちろん業者は飛んでやってきて補修工事をする、
そして「もうだいじょうぶですから!!」と言う。
だが・・・・雨漏りが止まることはない。
そしてまた雨が降り。
雨漏りを見て肩を落とす。
そして家主は業者を呼びつける。
業者は補修工事をするのだが・・・
・・・と、この繰り返しである。
これが数か月も続いた。
そもそも『家を建てる』という作業ですら、
家主に莫大な労力がかかっている。
・・・・お金だって数千万、
億かかることだってザラだ。
必死に働いて、貯めてきた金。
莫大なローンを組んだかもしれない。
さらに引っ越しや新しい家具の購入。
もちろん契約やら隣地やら法的問題。
家を一軒建てるための労力は計り知れない。
人生最大の一大事業といっても過言ではない。
・・・そんな苦労の末が・・・・
追い打ちの雨漏りである。
肉体的にも、精神的にも、
家主は疲弊したに違いない。
そして・・・・とうとう、腐食した家に風穴が空き。
ビュービューと風まで吹き込むようになった。
びゅーびゅー
「また雨漏りがしているのですが・・」
それでも人の良い家主たちは、
業者へ全幅の信頼を置いていた。
だからこそ、ここまで我慢・・・してきた。
・・・次こそは、次こそは、
必ず解決してくれるハズだと。
・・・・・しかしまぁ・・・・
なんというか・・・・もう・・・・・
早い段階からどう考えても・・・・
当の業者はとっくに『サジを投げていた』
(何回電話してくんだよ~だりぃ~なぁ~)と。
誠実に対応する気が失せていたのだ。
・・その証拠に厳しい言葉を投げかける家主に対して、
業者側は家主にこのような回答をした。
「それはもう仕方がないことなんですよ、
不満があるならウチが悪いと証明してくださいよ!」
頼りになる仲間から一転。
訣別・・・というか宣戦布告である。
どうして、業者はこんなにも強気というか、
ヤケクソにも思える態度をとったのだろうか?
それはおそらく・・・もう『手遅れ』だったから。
行きつくところまで来てしまったからかもしれない。
・・・そしてとうとう・・・いや、
やっと家主はブチ切れた。
「ふざけるな!!!」と。
ブッチブチ。
■「腐った家」
・・・・そして業者の不備を証明するため、
第三者である、調査会社に雨漏り調査を依頼。
疑わしいと思われる箇所に散水試験を開始。
そして雨水の侵入経路を特定した。
つまり・・・・・業者が指摘してきた箇所とは、
『まったく別の箇所から』問題が『いくつも』発覚したのだ。
新たなクラック(割れ)や
ドレン(配管)の隙間。
特にひどかったのは『剥がし』を行ったときにだ。
原因調査のため、作業員が外壁を剥がす。
すると・・・作業員の一人が叫んだ。
「ここ!防水シートが入っていません!」と。
つまり基礎的なことすら、
なっていなかったのだ。
・・・だ・・・・・が・・・・
その住宅は先鋭的なデザイン住宅。
なんでもそうだけど、複雑だったり個性を出すほど、
壊れやすくなったり、不備が出てしまうものである。
「このデザインをしてしまうと、雨仕舞いが悪くなる」
頭ではわかっていても、顧客が求めるから仕方なく・・
顧客に押されて、ついつい・・・・
作り手には、そういう苦悩もある。
その結果が、雨漏りだ。
・・・だが『このような経緯』を業者側の上役は
まったく把握していなかったと・・・弁解した。
あくまで『現場の独断』
「現場の責任者や担当が自らの失敗が
露呈することを恐れ隠ぺいしていたんです!!!」
と・・・・弁解していたのだが・・・
実際のところはわからない。
そもそも雨漏りの原因は見つけられなかったのか?
・・・それとも見つけたくなかったのか?
『真相が明るみに出る』なんてことは、稀である。
・・・とにかく第三者である
調査会社が雨漏りの原因を確認、
補修工事をして、雨漏りは、止んだ。
で、もちろん責任の所在は誰なのか?
・・・・・は・・・明らかなのだが・・
設計士は「施工業者が悪い」と言い逃れ、
施工業者は「設計通りだ」と言い逃れた。
やいのやいの!
当然のごとくはじまる、罪の擦り付け合い。
そして、もちろん裁判になった。
そして、もちろん勝訴になった。
めでたし。めでたし。
・・・・・・・・とはならなかった。
雨によって腐朽した家の補修工事費は、
裁判で得た賠償金額を軽く上回ってしまったのだ。
後に残るはゴミの山。
家主の家は・・・もうとっくに腐りきっていたのだ。
実は住宅トラブルの『85%が雨漏りトラブル』
つまり『住宅トラブルとは、ほぼ雨漏りのこと』
このようなことが頻繁にあるくせに、
その原因がとてもわかりずらい。
現場の人間からすれば、嫌なことこの上ない。
家の天敵。人の天敵。たかが雨。
たかが『雨』が
木を腐らせ、鉄を錆びさせ。
塗装を剥がし、床や壁を割る。
そしてシロアリがやってくる。
・・・たった数か月で、ただの雨が、
数億の豪邸をいとも簡単に朽ち果てさせたのだ。
雨は見逃してはくれない。
人の些細な怠慢も。
人の僅かな気の緩みも。
きっと今日もどこかで、
雨が人を家をわらってる。
おわり