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BOOKS! ~今夜も魅力が止まらないノンフィクション編~

 小生の趣味をランキング化すると、不動の一位に輝くのは今も昔もやはり読書だ。学術本からバカ本まで、純文学からエロ本まで、何でもござれで活字を吸収しているが、ちとアウトプットが足りてやしないかい?居酒屋で軟骨の唐揚げを箸で摘まみながら、ビブリオバトルしたいんじゃないかい?

 そこで今回は、近年刊行されたノンフィクション本を中心に、みなさまにもぜひ読んでほしい本たちをサクッと紹介していくこととしたい。

 まずはこの一冊。

『2008年6月、太平洋上で漁船が突如として沈没し、17名の犠牲者を出した事件が発生した。数年後、運輸安全委員会は沈没原因を波と結論付けたが、生存者からの聴取や事故状況の検証を独自に勧めていくにつれ矛盾が噴出し、やがて予期せぬ真実が浮かび上がってくる…』

 専門家による英知を結集し、国家機関によってあらゆる資源を集中的に投下して作成した報告書は、本来ならば疑いを挟み込む余地すらない“金科玉条”であるはずだ。そうじゃないと法秩序を保つことができない。しかし、この報告書は根本的な部分において現実を都合よく改ざんしており、科学の視点からも看過できぬほどのパラドックスに満ちていた。

 どんな世界でも都合の悪い事実は心地の良い言葉で糊塗される。でも誰かが声を上げなければ世界は変わらない。運命的なきっかけで本事件を知った著者が、まるでシャーロック・ホームズのように鮮やかに謎を次々と氷解されていく手腕はお見事の一言に尽き、このような調査報道の魂が日本にまだ残っていることを、一人の国民として誇りに思う。

 「僕はこの瞳で嘘をつく」くらいならば許されるかもしれないが、偉い人の嘘は時に核爆弾になり得る。その嘘に対して我々には一体何ができるか。

 社会の出来事を掘り起こして記録に残すという営み、つまり、事実のかけらを拾い集めてつなぎ合わせるという作業には、おそらくタイミングというものがある。どんなに重要な出来事であっても、そのタイミングを逃せば真実には半永遠的にたどり着けない。

伊澤理江『黒い海 船は突然、深海へ消えた』p215

 
 
 

  もう一冊紹介したい。

『2018年6月、東海道新幹線の車内で男女3名が刃物で突然襲われ、うち一名は死亡した。殺人容疑で逮捕されたのは22歳の男性で、動機は「刑務所に入りたい」。死刑ではなく無期懲役をテクニカルに勝ち取った男は法廷で万歳三唱をし、刑務所では糞尿を撒き散らして叫ぶ日々を過ごしていた…』

 20代前半の前科なき若者が刑務所の生活に夢を抱き、その夢を実現するために面識のない人物を殺害するのは、社会通念的に全く理解できないし、何人も許容しないだろう。“おかしい人”と切り捨てるのは容易だが、彼が狂気に目覚め、その狂気を凶器に移し替えて殺人へと至った理由について考察することは、“メンタル・メルトダウン”の社会を繙くヒントになるはずだ。

 一言でいうと、この男は「いかなる場合でも拒否されない場所」へ行きたかった。病院へ入院して問題行動を起こすと、退院させられる。家庭の中だと家から出て行けと言われる。しかし、刑務所の中はいかなる問題行為を起こそうとも、退所させられることはない。たとえ保護房に入れられても、法令上、刑務官は「絶対に」構わなければいけないからだ。

 彼にとって、法律を厳守する刑務所こそが自分を確実に守ってくれる母であり、家庭だった。そこにいれば、助けてくれて当たり前、かまってくれて当たり前、生かしてくれて当たり前。自分はこの世に必要な人間なのか、生きていてもいい存在なのか。彼にとって、それを確認できる場所は、刑務所のシステム以外になかったのである。

インベカヲリ★『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』p285

 動機薄弱な凶悪事件の裏には、拒否・否定されることへの恐怖がある。では社会はどう対処していくべきなのか…答えはまだ誰も見出せていない。

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