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【映画】侍タイムスリッパー

口コミで評判が評判を呼び、公開規模がどんどん大きくなっている、あの『カメラを止めるな!』を思わせる人気となっている本作を観ることができました。
江戸時代の武士が現代にタイムスリップするというベタすぎる基本設定で、こんなに笑えて泣けて熱く感動できるいい映画ができるとは、驚きの大傑作でした。
子供からお年寄りまで楽しめる、本当に素晴らしい作品で誰にでもおすすめできます。

なにしろ低予算なので、冒頭の場面などでは特に音響の弱さが目立っており「こんな足音、大学で映画作ってた時につけてたなあ……」とアフレコらしさ丸出しにちょっと微笑ましくもやや不安に。
低予算なのに2時間超の長い映画ですから。
でも主役の高坂新左衛門を演じる山口馬木也が顔つきからして素晴らしく、こんないい役者が引っ張るなら大丈夫だろうとも思える出だしでした。

現代にタイムスリップしてしばらくはカルチャーギャップコメディとなりますが、ここがまず当然にしてベタです。
でも演技や演出がちょうどいい湯加減で、素直に笑える楽しさがありました。
変わり果てた現代に驚きながらも、さすが武家出身と思える教養と知性で世界を受け入れていきます。
これでもう高坂が大好きになってしまい、そんな彼が現代で出会う人々の優しさも魅力的で、なんて愛らしい映画なんだと引き込まれます。

一方で時代劇TVドラマの撮影に使っているカメラはベータカム(プロ用ビデオカメラ)で、こんな機材使うかなあと思ってたら、スマートフォンが出てこないし、「幕府滅亡から140年」なんていうポスターもあるので、現代といっても今から20年ぐらい前に設定されていることがわかります。
TVドラマの制作で最後までビデオに移行しなかったのが時代劇ですが、1990年代についにはビデオ撮りに移行して細々と作られていて、斜陽もいいところだった時期ですね。
終わりつつある江戸時代からタイムスリップして、やはり終わりつつある時代劇の制作現場に入っていく高坂が醸し出す、誇り高さと悲しさの二つの側面が、物語の進行とともにテーマを次第に浮かび上がらせてきます。

後半で登場するあるキャラクターとの葛藤から、「現代の時代劇文化に生きる本物の侍」という存在がもたらす様々なテーマが引き出されていきます。
現代に生きる侍というテーマにしっかり向き合った、重厚さも感じられる素晴らしい後半が待っていました。
ネタバレしたらつまらなくなるような作りでもないのですが、これから観る人もまだまだ多そうなので詳しく述べるのは避けることとします。

本作の優れた点、とりわけ作り手の真摯さや真剣さについては、宇多丸氏が見事に批評をまとめていました。
私は映画を観てからこの批評をPodcastで聴いたのですが、さすがの掘り下げです。

宇多丸氏、アトロク2で前回評している『スオミの話をしよう』を腐しながら、だいぶ前に酷評していた『テルマエ・ロマエ』も念頭にあるんじゃないかなあ…… などとも思いました。
他の映画と比べて褒めるのもよくないですが……コメディ映画って本当に難しいんだと思うばかり。

それにしても、最初から最後まで、高坂が本物の侍だと思えてしまう迫真性には驚かされます。
上記した音響の問題など、完成度が高くない要素も多いです。
それに映画の撮影ってことになってるけど1シーンを一連の芝居で撮ってて、カットを割ったり追加でアップを撮るような描写もなくて、映画メイキングものとしてのリアリティも特にないんです(映画作ってる人が作ってる映画だから、映画の作り方を知らないってこともないです……当たり前)。
それでありながら、山口馬木也の演技だけでなく、物語に引き込んでいく脚本、「時代劇」のファンタジー性を表現する演出などによって、現代に生きる侍が目の前にいるかのようでした。

映画が映画として成功するってこういうことなんだと実感させられます。
より多くの人に観に行ってほしいなあ。

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