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お迎えをやっていく~#気になる敬語21
本日の敬語ブログは、ウクライナからの避難民を受け入れるとの林外務大臣の言葉から。
(受け入れの良しあし、20人という受け入れ人数の多寡について人それぞれ意見もあろうが、今回そこはテーマではない)
上に貼った記事に、以下の発言が林大臣のものとして記載されている。
皆様のために最大限のお迎えをやっていくという趣旨のことを申し上げた。
テレビのニュースでもアナウンサーは同じことを言っていたが、残念ながら林大臣本人が発話している映像を見たわけではない。
したがって、本当に林大臣の言葉なのかどうか私は知らない(日本の大臣の口から出た言葉ではないことを祈る)が、この言い方は気になる。
を入れ言葉
を入れ言葉とは、本来「を」を入れる必要のないところに入れてしまう言葉遣いのことである。
そこで、上に記載した林大臣のものとされる発言を見ていただくと、本来であれば「お迎えする」と言うべきところであるが、をが入っている。
正しい敬語を使ってシンプルに言い換えるならば下記のようになろうか。
皆様を誠心誠意お迎えする旨を申し上げた。
ズレには意味が生じる
基本からのズレには意味が生じる。
ズレは、その方向によって、配慮になったり、嫌味になったりと、特別な意味を持つ。
例えば、敬語は人にしか使えないのが基本だが、息子を亡くした人が息子の名前を付けて可愛がっている犬に対して、軽い敬語を使うなら、それは配慮になるかもしれない。
また別の例を挙げれば、敬語はその対象を立てるために使うのが基本だが、「あんな能無しが出世なさるんだねえ」と言えば嫌味にもなろう。
基本の意味
では、本来であれば不要な「を」が入っているということから、どのような意味が生じるのだろうか。
まずは、基本の意味を押さえておこう。
「お迎えする」と言えば、迎え入れるその対象(=この場合は、ウクライナから来日する避難民)を立てる言い方である。
この基本の意味からずらしているなら、そこにはどういう意味が読み取れるだろうか。
お迎えをやっていく
ここでは「お迎え」という名詞が使われている。
「お迎え」はどのようなときに使われるか。
①「お迎えに上がる」(cf.受け手尊敬)
これは、迎えに行く対象を立てるときに使う敬語なので、今回には当てはまらない。
※念のため補足すると、「お迎えする」は動詞です。
②「社長直々のお迎え」(cf.主体尊敬)
実際にこのような使い方をすることはなさそうだが、考えてみることはできる。
この場合は、「迎える」という行為をしている主体を立てることになるが、今回のケースで言えば林大臣本人を立てることになってしまうので当てはまらない。
③「お迎えが来た」(←ずらした使い方)
この文章だけ読んで、人がイメージするものは、大体2つに分かれるのではないだろうか。
ひとつは、阿弥陀如来が迎えに来た、つまり死ぬという意味。
もうひとつは、保育園に親が迎えに来た、つまりこれでようやくお家に帰れるよということを保育者が子どもに伝えるとき。
これらを見ると分かる通り、阿弥陀如来や親を立てることが目的で「お」を付けているというよりも、ただ単に誰かが誰かを迎えに来たというだけではない特別なことなのだという強調が目的である。加えて言えば、親が会社に「お迎えがあって…」と言うときも、迎えに行く子どもを立てる目的でこのように言っているわけではない。自分の意志に関わらず行かなければならないやんごとなきことなのだと強調している。これもまた、正しい敬語の使い方というよりは、ズレによって生じた意味の例である。
それでは、今回はどのような意味が生じ、それが強調されているのだろうか。
考えられる意味
発話者から見て、遠い事柄である
立てる対象の行為を名詞化することで、その対象と距離を取ることが敬意表現につながる。それが「(お客さまの)ご判断」「(社長の)お考え」という敬語である。
一方で、「迎える」「お迎えする」という動詞であればその主語は発話者(林大臣)を含む日本側の人間になるわけだが、名詞化することによってそこに林大臣が含まれるのかどうかが曖昧になる。
簡単に言えば、あまり自分事とは感じていないようだ、ということだ。
もしくは、自分事にはしたくないということかもしれない。
次回予告
実は、話はここで終わらない。
記事にはもう一つ、別の「を入れ言葉」があった。
日本の大臣が、外国からの避難民を受け入れるにあたり、その避難民への敬意を持ち合わせていないのではないかという疑惑が高まってきて、なんだかこのブログを書きながら陰鬱な気分になってきた。今回のテーマではないと言いつつも、多くのユダヤ人をナチスの手から救った杉原千畝ならこんな言い方はしまいと思うからだ。
が、めげずに次週はそれを取り上げよう。
それでは、また。
「お迎え」など「お」の使い方にはルールがあります。
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