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1 はじめての顔合わせ

はじめて彼の実家を訪れた時、初対面の義理母はそれはそれは喜んでくれた。

「ロバンが女の子を連れてくるなんて初めてなのよ、あなた遠くの国から来たのね、私のこと実のお母さんと思ってなんでも相談してちょうだいよ、言葉わかるの、私たちの言ってること聞きとれるわよね、私ドイツ語も話せるのよ、あらあなたはフランス語だけなのね。英語? 英語は私全然よ。私たちの時代はドイツ語ができればよかったの。ホテルの客はドイツ人が多いしね。それにしてもあなた、なにしゃべってるかよくわからないわ、ロバンとは何語で話してるの? 言葉なんていらないのかしら、ロバンは昔からよくわからない子が好きだったわ。まあなんて可愛らしいワンピースなの! 私の夫もこういう木の葉みたいなワンピースが好きだったわ。職場の若い娘も着てるし。このデザイン最近よく見るわね、流行ってるんでしょ」
次から次へと話しつづける。

てろてろレーヨンのワンピース、今日のためにあわてて昨日買ったところだけど、第一関門は通れたか。

義理母は駅前ホテルのレセプショニストとして働いている。ドアマンまでいる一流ホテルで、各国の皇室の人が宿泊した歴史もある。

一度こっそりのぞいたことがある。まず建物が豪華だった。13世紀の石造りでホテルの門の横に市役所が出した建物紹介のプレートが貼ってあった。
観光客がひっきりなしにホテルの前で写真を撮る。その波に紛れてこっそり私ものぞいてみた。
前にロバンに写真で見せてもらったことはあった。その人がレセプションテーブルの前の椅子に座っていた。ああこの人だ。吸い寄せられるように姿が目に入る。高級ホテルにはそぐわない人懐っこい笑顔で旅行客らしき男性を見上げていた。満面の笑顔だ。男性の目を見つめている。彼女の瞳孔は大きく開いていた。ホールの奥まで距離があるのに、なぜだかそんなことまで気気づいてしまった。

その時とまったく変わらない。いるだけで周りの空気がキラキラする人が前にいる。こんな明るいお母さんからよくもオタクな息子ができたものだ。それに女手一つで息子四人を育てたなんて。結構放置されていたとロバンはぶうぶう言っていたけれど。ロバンもママにぞっこんなんだろう。

見聞きした情報を頭の中で総検索してわたしも頑張って笑ってみる。大事な長男を歴史的建造物の並ぶ村から連れだし、遠くの都会にさらっていった女、今日は私の村デビュー。そんなイメージは持たせない。

「まずはお茶を入れるわね。コーヒー? 紅茶? 日本のお茶はここにはないのよ、ホテルから持ってくればよかったわ」
いえいえ、それは窃盗です。つっこみたかったがそこから話を広げるのは私のフランス語では無理無理無理。「コーヒー、シルブプレ」ちょっとひっくり返った声が出た。

「シルトゥプレ」いきなりフランス語を直してきた。「あなたは家族よ、敬語は駄目よ」
いや、ミシュランホテルのレセプショニストにため口は百年早いです、言いたかったけれどとりあえずここは「ウィ」。言いながら「君のウィはウエで品がない若者言葉だ」同僚の日本人から言われたことを思い出す。口から出た言葉は戻らない。
「わたし、手伝う」
敬語表現を避けて話すとけったいなフランス語がもっとけったいに変形した。

フランス語、フランス語、今日は一日フランス語。周りに日本人ゼロなんてひさしぶり。頭の中が大混乱。
どうせ御対面ファーストディなんて、誰も一切覚えてない、何の根拠もない考えを自分に言い聞かせて笑顔を作る。

「大丈夫よ、今朝夜明け前に出てきたんでしょ、何時間かかったの? ゆっくりして」
義理母はナチュラルな笑顔で台所に消えていった。数秒後、がらがらと窓が開く音と、戸棚や冷蔵庫らしきドアを叩きつける音が家中に響き渡った。

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KeiMIT
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