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5 はじめてだったフレンチ・クリスマス
野原の真ん中で、列車がゆっくり停車する。駅は見当たらない。信号待ち? 次の駅はどこだろう。
平原とその向こうに山? ロバンの家から遠ざかる。
はじめての彼女はいくつの時?
夜通し新年パーティが終わって花火の灰を踏みながらロバンのアパートに転がりこんだ。
もう動けない、思いながらも何気なしに聞いてみた。
新年早々、ロバンの声を聞いていたかった。
ロバンとの馴れ初めは?
聞かれるたびに、彼の声に惚れたんよ、いつもそう答えていた。
聞き取りやすい低い声。腹から発声される、ラベルのボレロのはじめの打楽器にような声。
ロバンはソファーに座ったまましばらく天井を見てから教えてくれた。
保育園で園長先生にプロポーズをしたらしい。本人もはっきり覚えてないとのことだった。
そこから卒園するまでジュリエット、ハイケ、マライア、ユンミ。小学校は小さかったけど、誕生会は女の子ばっかり呼んでたそうだ。
止まってしまった電車の中、ロバンの声が思い出される。
「中学でもひっきりなし。でもティンザとジニーくらいだけだよ、長くつきあったのは。あとはもう。
高校はミュルーズの寄宿舎で、でも寮母が厳しかった。
結局寮母と付き合ったね。
大学は忙しかったから、結局彼女とは一緒に住むしかなかったよ。
一緒に住むと番犬と住んでるのと一緒だね。浮気はすぐにかぎつけられる。
アジアンはー」
電車がゆっくり動き出した。結局アナウンスのひとつもなかった。周りの乗客も何も言わない。ただゆっくりと風景が動き始める。
義理母が子リスのような笑顔を向けた女の子は、十人ではすまないだろう。自分だけは特別よと、彼の実家に遊びにくる女の子たち。
その子たち一人一人に言うのだろう、
「ロバンが女の子を連れてきたのは初めてよ」
ママはいつも息子の味方。
初めて体験したフレンチクリスマス、七面鳥はおいしかった。
「焼けばいいのよ、適当に。中にマロンを入れて、焼き時間はキロで変わるの、七面鳥をもって体重計に乗ってはかるの」
義理母が言うと、本当に簡単にできそうな気になってくる。
彼女は夢を見させてくれる。
義理母の七面鳥だけではない。
お手製のフォレノアは、もうホールサイズで食べていたい。ただ作る姿は見るべきではなかった。チョコチップをサイドにデコレートする姿は機関銃を撃つかのように叩きつけていた。ババババババ!とか効果音を入れたくなった。
ジェレミのパイナップルケーキもおいしかった。エティエンヌのババロア、ハンナ伯母さんのパキスタン風フルーツサラダ。
顔と名前は一致しないけれど、料理と名前は同じひきだしに入ってる。
百人一首で上の句、下の句よりも、名前と服の柄で覚えているレベルだな。
リゼルのジビエ煮込みは香辛料まで教えてもらったっけ。
スーパーの材料であの味は再現できるのだろうか。いや、肉すらも特注した話をしていたっけ。野菜は朝市、ハーブは庭から。ストーブの上でコトコト煮るって、薪ストーブが欲しくなった。
クリスマス料理に添えられたバゲットも最高だった。ジョン=マチスが買ってきた、もちーっとして、表面はカリッ。ソースに絡める必要もなく、バゲットだけで味わえた。
アペロの特筆はサーモン・クグロフ。作ったのは末っ子のユキ。小麦粉、パン類はお腹がいっぱいになってしまうからサーモンだけで充分じゃんと見てたけれど、クラッカーサイズに切り分けられたその断片は、バターとアニスの見事なマリア―ジュ。クグロフ生地のパサつき具合ときれいにほぐされたサーモン。料理の専門学校の生徒だって。5月のオープンスクールでは生徒の料理が食べられるって。どうして私、ロバンと別れるって言ちゃったんだろう。あのクグロフのためならもうちょっと我慢してもよかった。でも、ロバンが言ったんだ。今年の元旦、夕暮れ時に。
「アジアンはアリィで四人目だよ」
そこですーっと醒めちゃったのね。
本当にすーっと。
ロバンはクスクスが得意だった。イスラム彼女はいったい何人いたんだろう。
列車はロバンの町から遠ざかる。
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