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2 はじめての電池切れ 2/3

あまりのフランス語まみれなので、ロバンの昔使っていた部屋を見せてもらうと称してベットに倒れこんだ。頭が痛い。本棚にはバンデシネ、その上に料理の本や外国の写真集が並んでいる。大きな机はなくなったお父さんが組み立てたと聞いた。

ここが彼の大きくなった部屋なんだ。この部屋から夜な夜な彼女の家に通ったんだ、兄弟の多い家で、音も筒抜けみたいな家だけど、このベットでもきっと。

ウォークインクローゼットはもう義理母の服が詰まっている。プラスチックケース、お菓子の缶、ていのいい物置だ。三月に家を出て、まだ気温は寒いままだというのにもう女性の部屋という感じがある。料理の本も義理母のものだろう。

日本語の本なんてない。春画とかあったらびっくりだな、思いつつ下の方に押しこまれているロバンの本らしきものの背表紙をながめる。ペーパーバックの見るからにミステリ。ハーラン・コーベン、ジョー・ネスボ、ハリー・ポッター。ヘニング・マンケル、ユッシーなんちゃら、昔っから怖いもの好きだったのね。

バンデシネの中に子供の童話集みたいな本があった。これなら読めるか。ぱらぱらとめくってみる。真ん中あたりに「牧師と悪魔と宿屋の話」ロバンも何度か読んだのだろうか、本に読みグセがついている。

あるところに貧しい家族が森の中に住んでいました。おとうさんと、おかあさんは男の子をひとり授かりました。

ふむふむ、これくらいはわかる。

男の子の名前はハンス。ハンスは大きくなると牧師になりたいと学校に通うことになりました。学校は遠くの町にあります。行ったらなかなか帰って来れません。お金もかかります。けれどおとうさんとおかあさんはなんとかして、ハンスの夢をかなえてやりました。

ロバンの語る自分語りみたいだ。
牧師じゃなくて生物学だけど。
それにしても昔の学校の学費っていくらくらいだったんだろう。

学校のある町へと向かう途中、日が暮れたので知らない村の宿屋の門をたたきました。
「お金がないんです。馬小屋にでも泊めてください」
中は食堂になっていました。大声で話しながら飲んでいる男たちでいっぱいです。奥におじいさんが座っています。おじいさんは身動きもせず床をじっと見ていました。どこかで見たような、と思っていると台所から男の人が出てきました。奥のおじいさんと似た人です。「今日はもう部屋がない、他を当たってくれ」宿の主人と名乗った男はハンスを外に押し出しました。
他の宿といっても辺りに灯りはありません。戸口で呆然としていると呼びかける声がしました。
「牛小屋を使いなさい。お金のない人が他に二人泊ってるわ。朝早くでてくれるなら気が付かれないから」
宿屋の主人のおかみさんでした。
おかみさんはおなかをすかせたハンスに黒いパンとソーセージ、それからワインも分けてくれました。

学生にワイン、まだ子供イメージがあったけど、さすがフランス、ヨーロッパ。酔った勢いでたいへんなはなしにならないといいんだけど。
ページをめくってあとどのくらい続くか確認してみる。
あと7ページ、7ページもあるのかよ。ハッピーエンドになりますように。

牛小屋にいた男ふたりもワインをもらったようでもう酔っぱらって騒いでいました。牛たちは慣れているのかそれぞれの牛舎で静かに草を食べています。
「この宿屋、えらく景気がいいじゃないか、こんな旨えワインをぽんとくれるなんて」
「知らねえのか、このアーデンヌは水の代わりにワインを飲むんだぞ」
「なるほど舌が肥えてるってわけか」
「すきっ腹にワインは極上だぜ」
ハンスはまずパンを先に食べ、それからワインを開けました。

分けるとかそういう話じゃないんだ。
このまま強盗とかにならないといいんだけど。
思いながら、わたしもなんだかお腹がいっぱい、うとうとうとと寝てしまった。横文字と昼下がりのワインは効く。

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KeiMIT
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