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どうか穏やかに、

「飲まなくていいからお散歩しない?」
普段なら絶対に断る時間、21時30分。お風呂も歯磨きも終えたこんな時間に外に出るなんてどうかしてると思った、明日も仕事だし。けど、「お散歩しない?」という言葉だけでなんかいいなと思ってしまって準備を急いでして家を飛び出た21時54分。車窓から見えた夜がなんだか綺麗だった。

初めて会った君はなんだか黒くて、そういう服も着るんだねと少し思ったりした。そして、散歩というのは名ばかりで、結局お店に入って君はご飯を食べたし 私はお酒を飲んだ。お店を出ると、カラオケに行きたい いや 缶買って歩く…寒いか と迷っていてなんだかその姿がいいなと思ったし、結局家で飲もうとなるところも良かった。

あれから、何回か会った気がする。指輪をあげた日もあったし、それのお礼みたいにTシャツをくれることもあったし、掃除を手伝ってみたら それは好きな子が家に来るからだった みたいなこともあった。後日知ったときは なんかなんとも言えない気持ちだったのを覚えてる。

別に何があるわけでもない関係。たまに 来ない?と言われて、会いに行く。会うのは決まって夜だからそのまま君と一緒に眠りにつく。ただそれだけ、それだけなのだけれど、私はその時間がたまらなく大切だった。一緒に眠る君はいつもすやすやしていて、いい香りがして、それでいてその香りは落ち着くもので、体温が心地いい。寝ている間に無意識なのか抱き寄せてくれる瞬間が私はとても好きだった。別に君は私のことを好いてなどいない。そんなことは分かりきってるけど、この瞬間だけは私を少しくらい必要としてくれているんじゃないかって思えた。

一度、この短い期間の間に喧嘩のようなことをしたことがある。少しの間会っていなくて 会いたかった私、けど 残業続きで会うことすら少し難しくてその日は断った。すると君は拗ねてしまった。会いたいと思ってくれていたなんて思ってなかった。いつだって会うのは夜で、いつも唐突で。だから、会いたいと思ってくれていたことがたまらなく嬉しかった。会いたかったと言いながら抱きしめてくれる腕にいつもより力がこもっていて、君はいつもより幾分か嬉しそうで、なんだかそれが愛おしかった。

だから、ちょっとだけ、私のことを好きになってくれていたりしないかなと思っていたんだと思う。会いたいと思うくらいなら、私は少しは大切にされてると思ってた。けど、それは思っていただけだったのかもしれない。

私が大切にしていた様々は君にとってはおそらく当たり前だった。別の子に同じことをしているのを知って、不思議と涙は出なくて、「あ、やっぱりそうだったんだ」みたいな感想というか、風が吹けば消えてしまいそうな言葉だった。

あれからしばらく会わなくなった。会わなくなったのか、会えなくなったのか、会いたくなくなったのかはわからなかったけれど、君が今どうしているのかを私は知らない。きっと全然眠らずに仕事をしたりお酒を飲んだりしているのだと思う。どうせ君のことだから、どんなにつらくてしんどくても 元気に笑いながらくるくる回って生きているのだと思う。それを想像するとき、私は少し微笑んでしまうから、きっと私は君の幸せを今でも祈っているのだなと思う。

どうか君が幸せになりますように、穏やかに笑える瞬間が少しでも多いことを祈ります。

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